喫煙者の国
ついにタバコ一箱の価格が二十万円になった。
と、言っても急にこれほどの高値になったわけではない。
ある時、馬鹿な政治家が馬鹿なりに知恵を絞った結果
タバコの税率を上げた分だけ支持率が上がると気づいた。
なので税率と価格はガンガン上がっていったのだ。
当然、喫煙者たちは安いうちに買い溜めしたが、それにもいつか終わりが来る。
野良で粗悪品が出回り、それをたっぷり吸って死んだ奴もいる。
年々、まさに煙たがられることを苦にし
喫煙者である周りの知人友人は徐々に脱落、非喫煙者となっていった。
そう、何より腹立たしいのが、タバコを辞めた奴の態度だ。
まるで聖人になったかのように上から説教してきやがった。
不良が更生したからなんだ。普通になっただけじゃないか
今までの被害者はどうなる……
なんてもう使い古されたような事を言うつもりはないが情けない連中だ。
ああ、本当に情けない連中だ。
今の連中の顔を思い浮かべると笑みが零れる。
そういう俺はというと、道を歩きながら堂々とタバコを吸う。
周りの視線が快感だ。
と言ってもマゾヒストじゃないぞ。なぜなら……。
「あ、あいつ吸ってるぞ!」
「く、お、おええええええ!」
「俺には無理だぁ」
「ああ、キツすぎる……」
「素敵……」
「愛国者だ!」
そう、愛国者。俺たち喫煙者から搾り取った金は
いつごろからか激しくなった隣国との摩擦。国の防衛費につぎ込まれている。
喫煙者が減り続ければ防衛費が減り、国を守れなくなる。
そう考えたのか近年、政府の奴らがこんなキャンペーンを打ち出した。
吸って応援、培おう愛国心。
政治家もカメラの前で愛国アピールするために吸いだした。
プロバガンダの一環でまた映画やドラマで俳優がタバコを吸うようになった。
乗せられやすい国民性だ。
民衆はすぐに喫煙者を羨望の眼差しを向けるようになった。
しかし価格が価格だ。中々、手が出ない。
ゆえにちびちび吸わずに堂々と吸う、俺のその様は
自分で言うのも何だが王者の風格だ。
連中の口から漏れるのは感嘆の息。
ああ、気分がいいことこの上なし。女にだってモテる。
無論、それに憧れて今から喫煙者になろうとする奴もいるにはいるが
価格の話だけじゃなく、肺が受けつかず、涙ぐんで咳き込み断念する。
価格だけが変わったのではない。
さすがにいい値段がするだけあってタバコの味も以前よりもさらに濃くなったのだ。
タバコも俺も年季が違うというわけ。
尤も、俺は金持ちじゃない。最近の高価格のタバコには手を出さず
借金までして安いうちに大量に買い溜めしておいた分を吸っているだけだ。
しかし、それと知らずあの眼差し。はははは、空気が旨い。
ストックが切れたらスッパリとやめてやるさ。
愛国心なんざあるか馬鹿野郎。勝手やりやがって。
ま、それまではこの優越感を存分に味わうのだ。と、言ってもまだまだあるがな。
ああ、まるで王様気分だ。
ここは喫煙者の王国なのさ。