9話 説明
フェイン様が突然来訪してきたその日の夕食時、
私達はまた、フェイン様を食事に誘った。
昼は父とリッツが不在だったので、
2人に私がフェイン様の弟子になることを伝えなければならない。
そのために夕食にも誘ったのだ。
フェイン様が自己紹介した時、父とリッツはとても興奮していた。
なんでも、フェイン様は色々な童話のモデルになるくらい、
王国では知らない人がいない有名人らしい。私は知らなかったが。
夕食の話に戻ろう。
今日の夕食はパン、サラダ、シチューだ。
今日は豪華にお肉がゴロゴロと入ったシチューだった。
弟子になる。
つまり…この家を離れる日が多くなるということ。
そう思うと、胸の辺りがギュッとなる。
全員が席に着くと、母が笑顔で切り出した。
「では、いただきましょうか」
母がそう言うと、みんな笑顔で食事に手をつけた。
…今日の食事の違和感に最初に気付いたのはリッツだった。
「わぁ〜今日お肉がいっぱい入ってる!どうしたの?」
スプーンに乗った大きな肉を見せながらそう言ったリッツ。
その顔はとても嬉しそうで、私の顔は綻んだ。
そんなリッツに母は微笑みながら言った。
「今日はね、お祝いなの」
「お祝い?」
「……それは、そこのフェイン様に関係することか?」
父の真剣な声が聞こえた。
思わず父を見れば彼は食事に手をつけておらず、
今まで見たことないくらいの真剣な顔付きをしていた。
それを見た母も、シチューを掬っていたスプーンを再度シチューの皿に沈め、そして置いた。
「…そうよ。実はね、今日のお昼、
リリスをフェイン様の弟子にしようって話になったの。
夕食にフェイン様を誘ったのは、そのことを貴方とリッツに説明するため。
そのためにお呼びしたのよ」
そう母は穏やかに言った。
すると、父は俯いた。…一言も言葉を発することなく。
え、お父さん、もしかして反対なの?
不安になった私は「お父さん…?」と恐る恐る声をかけた。
「…………………す」
「す…?
「…すごいじゃないかリリスゥ〜!!」
父がバッと顔を上げ叫んだ。
その瞳は、昼食を食べている時のフェイン様同様キラキラとしていて。
え、反対してるのではなく?と思った私は父に言う。
「は、反対しないの?お父さん」
「反対なんてするわけないだろう!
フェイン様と言えば、誰もが知る大魔術師様!
そんな方の弟子にうちのリリスがなるなんて…
いやぁうちのリリスちゃんがもっと天才になってしまうなぁ!」
ハッハッハと笑いながら上機嫌に父は言う。
そんな父を見て嬉しくなったのだろう、
多分話を分かっていないであろうリッツも「お姉ちゃんすごーい!」と嬉しそうだ。
そんな2人を見てほっこりした私だったが、
隣に座っている母はため息を吐いた。
「…貴方、本当に分かっているの?
フェイン様のお弟子になるということは、うちから出ていくということなのよ?
貴方にそれが耐えられるの?」
母が呆れたように言った。
すると父は笑顔のままピシャリと固まる。
…え、もしかして気付いてなかったの!?
「…………………リリスが、家を出ていく?」
「ええ、そうよ」
母がキッパリ言い放つ。
すると父は俯き始めた。…一言も発することなく。
私は、あれ、デジャブ?と思いつつ「お父さん…?」と声をかけた。
「…………………そ」
「そ?」
「…そんなのダメだぁーーー!!!」
キーン。耳鳴りがするほどの大声で父が叫んだ
そんな父を見逃すほど母は甘くない。
すかさず「貴方、うるさいわよ」と冷たく言い放った。
だが今日の父には効かなかった。
まるで駄々っ子のように涙目で騒ぎ出したのである。
「だってだって!うちのかわいいリリスちゃんが!
家を出ていくなんて!まだ10歳だぞ!?まだ!!10歳だぞ!?」
「完全に家を出て行くなんて一言も言ってないわよ」
「まだこんな小さな子を追い出すなんて俺が許さ…え?今なんて?」
やっと父の勢いが止まった。
母の言葉に、まるで子供のようにキョトンとしている。
そんな父に、まるで父の母親かのように優しく説明し始めた母。
「貴方とリッツが帰ってくる前に、フェイン様と契約を交わしたの。
1、リリスがフェイン様のお宅にお邪魔するのは、
7日の5日だけ、2日は家に帰すこと。
2、フェイン様のお宅にお邪魔した際にかかった費用は、
全てフェイン様が持つこと。
3、修行以外で何かリリスに手伝わせるような事があれば、
そこに賃金を発生させること。
4、リリスに手を出さないこと。
…どうかしら。これだったら、貴方も我慢できるでしょ?」
そこまで言うと母はにっこりと微笑んだ。
説明を聞いた父は「うーん」と唸っている。
…まあ、ツッコミどころはあるよね。特に4番目のやつとか。
そう思っていると、父が腕組みをして唸りながら母に言う。
「4は分かるんだが、2と3は、その。フェイン様に失礼じゃないか?」
「え」
いや普通に4が1番失礼だろ!!
そう思いつつも、そんなこと言えるような雰囲気でもないのでグッと堪えた。偉い。
そんな私に気付いていない父に、母はにっこりと微笑んだ。
…微笑んでいるはずなのに、背後に氷のお城が見える。
「貴方、何を言っているの?うちにそんな余裕があると思って?
うちにはまだまだ育ち盛りのリッツもいるのよ?貴方それを分かって言っているのかしら」
段々と声のトーンを低くしながら言う母に、父がハッとなる。
母がお怒りなことにやっと気付いたらしい。いつもの様にしゅんとなる。
そんな父を見て、母は怒りを収め、はぁとため息を吐いた。
「…もちろん私も遠慮させていただいたのよ?
でも、フェイン様が気にすることはないと仰ってくださったの」
「そうそう、私は特にお金を使う趣味がなくってね。
金銭的な問題なら僕に任せてくれて大丈夫だよ」
「なんなら僕の方が得してるし毎日でもお金を出したいくらいさ!」
というフェイン様に母がすかさず「やめてくださらない?」と冷たい笑みを返した。
私もそれはやめていただきたい。
その後も話し合いは続いた。
明日は新しき日(元の世界でいう月曜日)ということで、
早速明日出発することになった。
それが決まった時のフェイン様と父の顔は正反対で。
この世の絶望を詰め込んだかの様な父と、
この世の希望を詰め込んだかの様なフェイン様がいた。
それを見て、私はクスリと笑った。
星評価・ブックマークありがとうございます!
娘が大好きなお父さんって多いですよね。
見てて癒されます。