4話 天星の儀
ついに天星の儀の日になった。
いま私は儀式が行われる教会へ向かっている。
一緒に手を繋ぎながら歩く母の顔を見上げれば、
どこか神妙な面持ちで真っ直ぐ前を見ている。
父と弟はというと、まるでピクニックにでも行くかのようにウキウキしていた。
「教会の屋台で焼き串食べような〜」なんて言葉が聞こえる。
昨日は読み聞かせをしてくれた時の母の様子を思い出し、
不安な気持ちでいっぱいのまま眠りについた。
だからだろうか。夜遅くに寝たはずなのに、日の出とともに起きてしまい、
朝早くから母に朝食の手伝いを申し出ると驚いた顔をされてしまった。
「どうしたの」
母が心配そうに近づいてそう言った。
「今日が、楽しみだったの」
そう言って笑って見せたが、私はちゃんと笑えていただろうか。
「着いたぞ!」
そんな父の大きな声で現実に引き戻された。
パッと前を見ると、こじんまりとした教会と、その前に群がる同世代の子供達が見えた。
みんながみんな綺麗な洋服を着ていて、女の子は髪も綺麗に結ってある。
実は私も今日は少し小綺麗にしている。
いつもは着ないような鮮やかなブルーのドレスに、髪はハーフアップに結っている。
自分で言うのはあれかもしれないが、中々に可愛らしく仕上がっている。
儀式はよほど大きなイベントなのだろうか、教会の周りには普段はない屋台が並んでいた。
その中には先ほど父が言っていた焼き串の店もある。
…いい匂いがする。無事に儀式が終えれたら買ってもらおう。
そんなことを思っていると、教会の扉が開いて1人の男性が出てきた。
神父様なのだろう。緑の祭服を着て穏やかな笑みを浮かべている。
「皆さん、今日はお集まり頂き誠にありがとうございます。
これから天星の儀を始めます。名前を呼ばれたら中にお入りください」
神父様のその言葉に、空気が一気に引き締まった。
母から話を聞いた時にも感じていたが、よほど大事な儀式なのだろう。
そのことをより実感して、胸がドキドキと鳴り始めた。
あれから何分経っただろうか。何人もの子供が呼ばれ、そして帰って行った。
その子供達はみんな誇らしげな顔をしていて、その両親達も嬉しそうな顔をしていた。
ここに残っているのはあと私を含めて3人の子供しかいない。私、まさか最後?
そんな事を思っていた時だった。
「ーーーリリス・マックワイヤー!」
教会の扉が開き、私の名前が呼ばれた。
ビクッと体を震わせながらも「はい!」と大きく返事をする。
ついに、ついに私の番が来た。
小さい手をぎゅっと握り、
緊張で固くなった体を動かし教会へ足を踏み入れた。
初めて入る教会だった。
スタンドグラスから漏れ出る光は温かく、
まるで祝福を受けているかの様な気分になる。
そして1番奥には2体の神の彫刻が柔らかな陽の光を浴びている。
ーーーこの感覚、知ってる。
まるで記憶の奥の奥、
思い出せそうで思い出せない記憶の欠片が頭の中にある様な感覚がした。
目の前の光景にもう一つの光景が重なる。
2人の美しい男女が悲しげな表情をしてこちらを見つめている。
まるでテレビの砂嵐の様なフィルターがかったその記憶は、
普通は恐るべきものなのかもしれない。
でも私は恐ろしくはなかった。不思議と優しい気持ちでいっぱいになる。
私は、この2人を知っている。
そんな言葉が頭に弾けた。
「…マックワイヤーさん?大丈夫かね?」
神父に声をかけられ、ハッとなる。
私は今何を考えていたのだろう?
今は儀式に集中せねば。頬を両手でパンっと挟んだ。
「すみません、大丈夫です」
そんな私を見て、一瞬心配そうな顔を見せた神父様だが、
次の瞬間にはふんわりと微笑んでいた。
「そうですか。それでは早速、始めましょう」
そう言って神父様は、机に立てかけていた長い杖を手に取った。
変な感覚に気を取られて気付かなかったが、
その机には魔法陣が描かれた正方形のラグの様な物と、
その上には虹色に輝くクリスタルの様な物が置かれていた。
これらを使って私の力を判断するんだろうけど…
一体どうやってやるんだろう?
そう思いながらじっと見つめていると、
神父様が目を閉じ、呪文を唱え始めた。
「世界の理を司る者よ。月の歌、太陽の剣。世界の均衡を守りし陰陽」
そこまで唱えると、クリスタルが淡く輝き出した。
優しく、まるで炎の様に揺らめく光だ。
「…愚かなる民の願いを聞きたもうれ」
ぽつり、神父様が呟いた瞬間。
パァッと、クリスタルから強い光が弾け飛んだ。
様々な色の光達は教会の中を縦横無尽に飛び回り、それはまるで生き物の様で。
生まれたての赤子が生まれた喜びを泣き叫んで表現する様に、
その光達も飛び回り、声もなく喜びを表現していた。
そして段々と動きはゆっくりになり、その光達は私と神父様の前で止まった。
その光はとても嬉しそうにゆらゆらと動いている。
私は不思議と恐ろしくはなかった。
ただ揺らめく光に愛おしさを感じていた。
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