第91話 竜宮城の秘宝①
「むぅ〜〜」
シゲシゲ陣営との決戦から一週間後。
プロキアの使者が拠点とするアマノガ藩の宿にて、サリエラは不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「どしたの、ミライみたいなことして」
「エリーゼ。みたいなことって何」
すっかり頬を膨らませるイメージのついてしまったミライが、医学本を読みながら返事をしていたエリーゼに不服を申し立てる。
「どうせ暇なのであろう、サリエラは。マノメ伐採でもしてきたらどうだ」
「やだ! もうオオマノメも軽々倒せるようになったのだぞ!」
「凄っ。私まだエダマノメが限界なんだけど」
「我はエダの下、ハナマノメが限界であるぞ」
「みんなすげーなー、オレは最初のモヤシ以外倒せねえや」
マノメはヒノワ皇国が栽培している量産型モンスターで、非常に栄養価の高い食料でもある。
獲物の魔力に反応して鞭や棘のような茎で攻撃するため、体内の魔力操作の修行にも使われている。
成長度合いによって呼び方が変わり、モヤシ、ツル、ハナ、エダ、オオの順に強く大きく、そして美味しくなってゆくらしい。
「ええと。クルトがモヤシでウォルターがハナ、そんで私とマオがエダまでで、サリエラがオオマノメまで倒せる……でいいの?」
「む、マオはこの間オオマノメを倒していたぞ?」
「それ知らない。本当に倒したの?」
「ワゥッ!」
ミライの疑問に、マオが肯定といった様子で返事をした。
「信じられない」
「やっとこさ狼の身体にも慣れて、本領を発揮できるようになってきたってとこだね〜」
「本領って、あの侍が使ってた武術?」
「まあね〜。平安時代から朝廷を守ってきた秘伝の古武術の派生系、だってさ」
「……ヒロ達、そんな凄い家柄だったんだ」
「尋くんのは普通の家だよ。わたしだけだね〜」
「うーん。あんなに料理が上手くて」
「ミライ、もしかしてマオの言葉わかるのか!?」
能力を解除したマオが談笑していると、話し相手の肩からニュッとサリエラが顔を飛び出してきた。
急に耳元で騒がれたミライは飛び退き、ぺたんと腰を抜かしてしまう。
「びっくりした……」
「ワタシもビックリしたぞ。いつの間にマオの言葉も翻訳できるようになったんだ」
「あ、それね。マオが能力を解除してないとダメだってさ。あと翻訳指輪にその機能を追加すると、他のモンスターのノイズみたいな声が翻訳されて頭痛が痛くなるからダメみたいよ」
「むぅ、ダメなのか。あと頭痛が痛い、ってのはおかしいぞ」
「むしろ狼の状態でも理解できるヒロが異常なのだ。今ヒロは次期皇帝選挙のため不在であるし」
「そういや、暫く帰ってこれないんだっけ?」
ミライの問いに、ウォルターが頷きを返す。
ヒロは現在、レティシアとムネニクと共にヒノワの皇居へと向かっていた。
本来であれば脚を踏み入れることすら許されないが、今回は皇位継承戦に深く関わった者として特別に招かれたのだ。
それまでに各皇子による演説や投票などもあったが、ウォルターとサリエラ以外は政治がわからないうえ、皆好き好んで参加したいとも思わなかった。
そのためヒロとウォルター以外のプロキア組は各々自由に行動しており、ヒノワの国民からは「まるで猫みたいだ」と揶揄されることもあったという。
「え!? じゃあ飯どうすんだよ!」
「クルトが自炊すればいいでしょー」
「エリーゼが作ればよい。ヒロの料理を多く食してきたのであろう?」
「ウォルターこそ作るべき。ヒノワに来てからいいとこない」
「そう言うミライはどうなんだ。一人暮らしで自炊経験くらいあるだろう」
「サリエラは天才なんだろ、なら作ろうぜ!」
そんな自由人たちは、すっかりヒロに生活の一部を任せっきりとなっていたため、料理当番決めですらたらい回しになっていた。
「埒が開かぬ。なれば、くじ引きで」
「ううん、もう一人いる」
ミライが小さく首を振ると、その視線を一匹の白い狼へと向けた。
「ぇ……ぅえぇえっ!?」
全員の視線を向けられたマオは、想像もしていなかったと言わんばかりの情けない鳴き声を上げた。
〜〜〜〜〜〜
一方その頃プロキアの城下町では、クルトがヒノワから送った報告を載せた朝刊を広げる者で溢れていた。
「おい聞いたか、ヴォルフガングの一行は生きてるってさ!」
「けど、開国の任務はどうなるんだ?」
「わかんねえけど、大丈夫じゃね? だってヒロがヒノワの転生者も皇子も倒したんだろ?」
「こりゃ、ジークの時代も終わるかもなぁ?」
仕事前の大人たちが、広場でそのような冗談を飛ばしていた。
そして、ずっとプロキアの勇者であり続けてきたジークも、弟が伝えたビッグニュースを耳にしていた。
「勇者ヒロ、大活躍……か」
大々的に一面へ描かれた大見出しが目に入った瞬間、勇者ジークの頭に、バサナを支配した転生者の言葉がフラッシュバックする。
(お前は、アイツなんかよりも弱ェ)
「……僕は、プロキアの勇者なんだ」
彼は自分に憧れていたはずなのに。
彼よりずっと前から勇者だったはずなのに。
プロキアの勇者は、ヒロ・ナカジマではない。
昔から、ジーク・ワァグナーのはずなのに。
「ええ、私もそう思いますわ」
握りしめた新聞紙から視界を上げる。
青い髪をした貴族の少女が、まるで心の奥底までわかっていると言いたげに一人佇む男を見つめていた。
「……メリア、何しに来たんだ」
「何って。そんなプロキアの勇者様に、素晴らしい提案がございますの」
甘いキャンディのような声が、ジークの抱く不安を包み込んでいった。




