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第90話 侍の宿願⑤

 侍は怒気を放ちながら、絆ノ装備(ブルームフォーム)を纏うヒロの眼前まで詰め、目で追えぬほどの斬撃を放った。

 だがヒロはロングソードで合わせ、追撃も軌道が読めていると言わんばかりに受け止めた。


「教えてくれ! お前は真央の何なんだ!」


「……」


「何か言ってくれないとわからないだろ!!」


 ヒロは確信していた。この侍の術には、覚えがあったからだ。

 その真っ直ぐな瞳に思うところがあったのか、白髪の刀使は武器を下ろし、口を開く。


「……、……。……」


「え、これ喋ってんの?」


 しかし、その声は微風にすらかき消されるほど弱々しく、ヒロの鼓膜を揺らすことはなかった。

 そんな中、心の声を翻訳できるミライが、控えから手を挙げながら割り込んだ。


「待って、私なら翻訳できる」


「……!」


「ええと、然らば頼みたい、って……いいけど」


 ミライが刀使の隣に立ち、目線を向けて心の声を聞き、彼の言葉を代弁し始めた。


かなじけなし。我が一族は代々、何かを捨て、何かを得て生まれるもの也。拙は、声が極めて矮小となる代わりに武士の道標を得て生を受けた故、このような不細工を晒す事となった」


「あれ、結構喋るんだな……」


「して、我が宿願は子孫の繁栄。京の地に残した妻と子らが、独りで立てる日まで見届けねばならぬ」


「京って……もしかして京都か? なら、アルテンシアに転生してきたらそれも叶わなくない?」


「何と。此処は冥土にあらず、京へ戻る術は無いと?」


「恐らく無いと思う」


 ヒロの冷静な指摘を受けた男が、黒刀の切っ先をシゲシゲに向ける。


「話が違う。拙は宿願が叶うと耳にした故、代わりに貴方に手を貸すと申したはずだ」


「何!? そのようなこと初めて耳にしたわ、貴様の名も知らぬというのに!」


「……確かにそれは拙に落ち度がある」


「呆。翻訳師がらなんだらどうなっていたことやら」


「さすらば、我が宿願は如何にして……あっ」


 その瞬間、ミライはヒロの動きが変わった理由に気がついた。

 シゲシゲが「名も知らぬ」と口にしたとき、彼の名を読み取ることができたためだ。


「待って! それなら恐らく既に」


「うん。私から説明する」


「……」


 武士の転生者も、何かを期待するかのように頷き、ミライに言葉を促した。


「彼の本名は、藤原宿禰城山獅狼道真ふじわらすくねしろやましろうみちざね。現代風で言うと城山道真しろやまみちざね、アルテンシアだとミチザネ・シロヤマになるね」


いみなを口にするなら叩き斬るぞ)


「ヒュ」


 だが期待に添えなかったのか、心越しに強い殺気を向けられ、ミライは口を閉ざしてしまった。


「……やっぱり知ってた、真央のお父さんから聞いてた名前だ!」


 そしてヒロの確信は、より強固なものとなった。

 だからこそ、自信の溢れる声を響かせる。


「貴方は、真央の御先祖様だ。それも、戦国くらいの時代に興った城山家の開祖だって」


「……!?」


 ヒロの隣に躍り出たマオも、同調するように頷いていた。

 それを受けたシロウが、今まで全く崩れなかった仏頂面の眼を大きく丸くし、無意識に小さく口を開けていた。


「……問おう。マオとやらは何を捨て、何を得た?」


「真央、言っていい?」


「ワゥ」


 疑念を晴らすべく質問を投げたシロウに応えようと、ヒロが幼馴染の弱点を返す。


「びっくりするほど日常生活ができない。代わりに容姿端麗だし才色兼備だし文武両道だ」


「日常生活とは」


「家事全般はもちろん、一人で着替えられない、身体も洗えない。トイレも十二歳まで一人じゃ」


「グワゥ!!」


「痛ぇ!?」


 流石に言い過ぎだったのか、マオはヒロの装備に噛みつき言葉を遮った。


「その血族は皆若々しく、しかし寿命近きときに老いさらばえるか?」


「確かに、真央のお爺さんは七十超えてるはずなのに二十代くらいの見た目してた!」


「マオとやらは、いつの時代より生まれ直した?」


「二○十五年。そこで、俺も大地震に遭った」


「西暦換算だよね……えと、マオ達は貴方よりも四百年くらい後の時代から転生してきたって」


「……!」


〜〜〜〜〜〜


 時は慶長、関ヶ原。

 西に雇われし鬼が振るう剣は、東の兵たちを骸へと変える。

 その男、獅子の如く強靭に、狼の如く疾駆する。

 誰が呼んだか、仮名は『獅狼』。

 彼の道の先に、人は無かった。


 代々、裏で朝廷に支える暗殺一家の四男坊として、男は生まれた。

 生まれながらにして武芸全般の才に長けており、寡黙で従順な性格をしていた。

 だが、男は寡黙すぎた。産声も蚊の鳴き声だった彼は、忌子として何度も殺されかけた。

 生きるため武術を体得した結果、幼き頃より殺しを命ぜられた。

 忌子から妖怪と呼ばれた彼の周りに人は居なかった。


 元服を経て、男は『四郎』と名を変えた。

 そして、命ぜられるまま従順に親兄弟も殺した。

 やがて、獅狼と呼ばれた彼の下に人が集まるようになった。

 冷徹なる達人のおこぼれを狙う者、あるいは畏怖を覚えた者ばかりだった。


 だが、一人だけ。四郎という人間を見てくれた少女がいた。

 飢えた咎人を助けて村八分となった快活な彼女は、道すがら見つけた虚無の表層を浮かべる道真を見過ごせず、後を何時もついて行った。

 獅狼は何故かと問うた。すると、彼女が太陽のような笑顔を浮かべて答えた。


「だってお侍さん、今にも何処か飛んでっちまいそうだもん。だから、アタイが掴んでおかなきゃ」


「拙は鳥ではない」


「でも振るう刀は羽根みたいだ」


「……」


「なに黙ってんのさ、色男が台無しだぞ」


「……拙は、初めて人と言の葉を交わした」


「あぁ〜、まあアタイは千里先の声も聞き逃さねえからな!」


 るい、と名乗った少女は腕を後ろに組んで笑ってみせた。


「拙は、ここに居るのだろうか」


「居るよ。アタイが離さねえし、離れねえ」


 程なくして二人は結婚した。

 るいの肝っ玉には磨きがかかり、獅狼の声となり配下をまとめ上げた。

 やがて二人の間に子供ができた。

 そして道真たちは、妻と子供を残して関ヶ原を駆け抜けた。


 数百もの首を道連れに、羅刹は地獄へと堕ちようとしていた。

 然し、羅刹は今際の時に願っていた。


(るいは……子供たちは、無事だろうか……どうか、彼女の血が永劫、続いていかん事を……)


〜〜〜〜〜〜


「……っ……!!」


「泣いてる……?」


 シロウは両眼から涙と共に、刀を手から落としていた。

 四百年も長い時を経て、最愛の妻の血が続いていることに、感銘を受けていたのだ。


「えっと……我が宿願は此処に叶った。刃を立てる理由は既にない、だって」


「何? 貴様、ならば朕の皇帝への道は」


「もう意味などない。それに、そのような不様を晒しておいて皇帝もクソも無いだろう」


「ぐうっ!?」


「あ、ぐうの音が出た」


 見事なまでの断末魔に、思わずミライも素の声が漏れてしまう。

 戦いが終わったと判断したヒロは装備を解除して、無様を晒した第一皇子に近寄る。


「あー、とりあえずさ。はやくウォルターを解放してくれないかな」


たしかに、そうであったな。契りは果たそう」


 シゲシゲが部下に命じさせると同時に、ウォルターの縄が解かれ、ヒロの方へと押し除けられた。


「ヒロ、すまぬ助かった……!」


「ウォルターこそ無事でよかった。替えの服はエリーゼ達が持ってると思う」


「皆、大嵐に巻き込まれたというのに無事とは……奇跡という他ないであろうな」


「しっかし、これ収拾つくのかな。もう皇帝候補残ってなくない?」


「なんじゃとぉ!?」


 第六皇子が飛び跳ねながら抗議するが、そんな事は知らぬと言わんばかりに、絹織物を纏った七名の男たちが、そそくさと闘技場に姿を現した。

 見るからに位が高そうな皺だらけの男たちがオウガイ藩の城を背にして居並ぶと、真ん中に立っていた者が前に出て、口を開く。


「この瞬間をもって、第一皇子シゲシゲの陣営が、降参により継承権を放棄したとみなす。よって皇帝候補が全て脱落したため、これより先は老中たる我々が取り仕切ることにいたす!」


「待つでおじゃる! ワシが残っているでおじゃる!!」


「正式にヒノワへ転生した者ではなく、プロキアの者に任せきりとなってしまっては規定に反する」


「しかし! この人脈は評価されないのですか!?」


「我々も、その太い人脈を評価したいのだが……第一皇子と第三皇子、そして先日現れたモンスターを倒したのがプロキアの転生者ともなると、素直に首を縦に振れぬのだ。それに」


 先代皇帝の家臣たちが、オウガイの藩民たちへと目をやり、声を響かせる。


「親愛なるヒノワの民よ! 次期皇帝がウラカワ・モリモリとなることを是とするか!?」


「ざけんなぁ!!」


「そんなワガママ皇子を皇帝にしたら皇国は終わりだろうがぁ!!」


「というわけだ。これで反乱でもされれば再び血が流れる、この継承の儀でなければ見過ごせん」


「うわぁ……」


 大きな唇を青紫に、そして顔色を白くして項垂れるモリモリを見て、流石のヒロも同情の念を抱いてしまった。

 そんな中、家老たちが続けて問う。


「親愛なるヒノワの民よ! 次期皇帝がウラカワ・シゲシゲとなることを是とするか!?」


「嫌に決まってんだろうがぁ!!」


「生き恥晒した醜男を皇帝になど認められるかぁ!!」


「これはひどい……」


 原因を作ったとはいえ、一日にしてカリスマ性を失ってしまい惨めに小さく蹲る第一皇子にも、ヒロは同情の念を覚えていた。


「え、じゃあどうなるの。まさかのヒロが皇帝になるとか?」


「なにを馬鹿なことを。皇帝は、初代の血が流れている者でなければ成り立たぬ。何処とも知れぬ馬の骨を皇帝にするわけにはいかぬのだ」


「確か、過去にそれやって反乱起こされたこともあったんだっけ」


「うむ。そして長きヒノワの歴史において、今回のように全皇子が権利を失った際の対処法も確立されておる」


 皇帝継承戦は、武力と統率力の誇示も兼ねている。

 だが、それが為されず上々の者が勝手に皇帝を決めてしまっては、皇民が不服を覚え反乱を起こす可能性があるらしい。


「よって全皇民が納得のいくよう……日が五つ跨いだ後、次期皇帝選挙を実施する!!」


 家老の宣言を受けたオウガイの藩民たちにどよめきが走った。

 そして、争いの無い時代の日本で育ったヒロには。


(最初からそうすればよかったのでは……?)


 民主主義的な方法があるならそうしろよ、という落胆の念しか頭に浮かばなかったのだった。

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