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第8話 命の線引き③

 特訓を始めてから半年が経った。

 ヒロは、いまや灰の村の誰よりも強くなっていた。力自慢との腕相撲では指3本で圧勝し、クルトよりもずっと足が速くなった。相変わらず魔術の才能は無かったが、鍛えた肉体や武術がそれを補った。

 ランニングコースを1時間強で走れるようになったヒロは、100キログラム程のおもりを着けながらの筋トレを特訓メニューに追加させられていた。それもあっさりクリアできるようになったため、今度は実践訓練に励んでいた。

 それは、能力なしでモンスターを討伐しろ、という課題だった。


「大人しくしろ」


 転生者はそれぞれ固有の能力があり、使いこなせば有利に戦いを進められる。

 だが対策されてしまえば、あとは能力抜きの実力だけが頼りになる。その基礎部分がボロボロだと、能力を持たない者の付け入る隙ができてしまうのだ。


「なんで、お前なんで感染してないんだよ!」


 例えば、ウィルスの能力を持った転生者の女を、感染対策を万全にしたヒロが取り押さえているように。


「なんだ、この珍妙な顔かけは?」

「無理やりですが解毒できるマスクです。これを着けて灰の村まで逃げてください、コイツの遺物から抗体が作れるはずなので」

「金や商品を置いていけるか!」

「後で村に届けます。いまは命を優先してください」

「わ……わかった。なら後は任せた!!」


 致死性のウィルスに感染した隊商たちが、引き手がマナに還り動かなくなった馬車を置いて逃げ去っていった。

 そして、ドクの木の葉で作られたマスクを身につけたヒロが問う。


「なぜ、通りすがっただけの商人から物を奪おうとするんだ」


 ヒロは、悪人と命のやりとりを行なう際に、命の線引きを2つ設けることにした。

 まずは、なぜ悪事を働くのか問うこと。暴力ではなく対話で解決したい、と考えているためだ。


「お前、それドクの葉だろ!? 猛毒のマスクして馬鹿なんじゃねえの!?」

「ドクは一部のマナ作用を逆転させるだけだ。能力を使わなきゃ問題ない」

「能力縛りとかお前マゾか!?」

「さっさと答えろ」


 ヒロは女の顔を更に強く押し込む。


「ア、アイツらに職があるからだよ!!」


 返ってきた答えは、一方的な嫉妬をもとに他人を傷つけるという意思表示だった。


「アタシらは未知のウイルスのせいで就職先が無くなった。たくさんの人が命を絶った!!」

「だから無関係の人に嫉妬して、命までも奪うのか?」

「そうだよ、奪われたモノ奪い返して何が悪い、努力不足だって笑う連中に復讐して何が悪い!!」

「運が無かったんだろうし、それで人生が無茶苦茶になるのは気の毒だよ。だからって」

「何よ、なによわかったこと言うんじゃないわよ! この、低学歴の、クソガキィアア!!」


 怒りに身を任せて暴れ、女は右手の爪を立てて引っ掻こうとする。

 それを見たヒロは表情を変えず、ドクの枝を彼女の右手に突き刺した。


「がぁあああっっ!! 痛い、痛い痛い!!」


 右手に込めたウィルスが浄化され始める。もはやウィルスが身体の一部となっていた宿主を逆に苦しめてゆく。

 もし対話で解決できなければ、ヒロは2つ目の物差しで命を取り合うか考える。

 平気な顔で他人を傷つける者か。あるいは人の気持ちに寄り添おうとしない者か。

 この2つの線を越えたときにはじめて、ヒロは他者の命を奪うことにしているのだ。


「もういい」


 そして、彼女は人の気持ちに寄り添わず、平気な顔で他人を傷つけようとした。


「マナに還れ」


 彼女にもたらされたのは2度目の慈悲ではなく、固く握り締められた鉄拳による制裁だった。


〜〜〜〜〜〜


「ただいま」

「おかえり! てかどうしたんだよそんな大荷物!?」


 隊商の荷物が積まれた馬車を運びながら灰の村に帰還したヒロを、村番をしていたクルトが出迎える。


「これ、盗まれないように見てて。あと商人っぽい人たちがここを通らなかった?」

「教会に居るよ! 姉ちゃんたちが治療中!」


 そう叫んだ村番に感謝を述べ、すぐに教会へと急行する。

 そこでは、高熱に苦しむ隊商を、ドクの葉のマスクをしたエリーゼとゲオルク、そして神父たちが懸命に治療していた。


「ポーションだけじゃ治らない、どうしよう!?」

「落ち着け、いまは本人の免疫力を信じるしかない。我々は感染しないよう、ヒロが手に入れた遺物から抗体を作って対策せねばな」


 ゲオルクが目配せすると同時に、ヒロが遺物を取り出した。

 それを受け取ると、有名大学の学生証のような形をした遺物の力を専用の水晶に閉じ込める。それを掲げながら、状態異常を治すための呪文を唱え、魔術を発動させた。


「光が、溢れて……!?」

「この病に対する抗体を散布した。ヒロには、ワクチンのようなものと言ったほうが早いだろう」

「凄い、こんなことも出来るなんて、ほんと凄いですよこの世界!」

「いい加減慣れろ、飽きないのか」


 医学とファンタジーの融合した技術に興奮するヒロを、ゲオルクは溜息混じりに嗜めた。


「モンスターを倒せとは言ったが、まさか転生者を倒してくるとはな」

「俺もビックリしました。モンスターを倒した帰りでしたし」


 ヒロはウィルスの転生者を倒す前にも、樹木型のモンスターを倒していた。

 そして能力を使わず素手で倒したモンスターの、樹皮のような遺物の入った袋をゲオルクに手渡した。


「しっかし、なんでまたモンスターの近くに転生者が居たんでしょうか。俺のときもそうでしたし」

「転生者が現れる時期になると、同時にモンスターも発生する。だからこそ、対話も兼ねて私たちのような転生者が回収に派遣される」

「なるほど……え?」


 その問いに返ってきたのは無機質的な少女の声だった。


「ヒロセさん、どうして!?」

「そろそろ上がお怒りぷんぷんだから、ナカジマを回収しに来た」

「なんだその表現……じゃなくて、王国には報告してくれたんじゃないのかよ!?」

「半年しか待ってもらえなかった。報告しようにも、お爺さんに出禁を食らってたから」

「じゃあ、いま来るのはまずいんじゃ……」

「そうだな。この村に侵入してきた無法者は、儂の弟子が追い払ってくれるだろうな」ゲオルクが悪い笑みを浮かべながらヒロに告げる。

「え、ちょ、いきなりなに言ってるんですか!?」

「ナカジマじゃ私に勝てない。訓練も1週間でこなせなかったし」

「あ?」ヒロの頬に青筋が立つ。

「だったらやってみるか?」

「無駄だと言ったはず」

「いいや無駄じゃないね。ヒロセさんは、先生から何も学んでないしな」

「むっ……そこまで言うなら。死んでも知らないから」

「よーし表に出ろ。広場で決闘だコラ」


 腹を立てたヒロがミライを連れ、広場へ足音を立てながら出向くことになった。

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