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第88話 侍の宿願③

 オウガイ藩は、ヒノワ皇国の中心地にある巨大な城が特徴的な藩だ。

 城の下に広がる中華風の威圧感のある街並みと門が、アマノガ藩からの刺客をドンと出迎えていた。


「……きたか


「ああ。逃げるわけにはいけないからな」


 城門を越えた先には、巨大な円形闘技場が構えられていた。

 過去の大名や皇子たちは威厳を見せつける目的もあってか、そこにはオウガイの藩民の殆どが客席に収容され、君主の勝利を今か今かと待ちわびていた。


「ウォルターは無事だろうな」


しかり。連れてこい」


「ヒロ、そして皆……無事であったか!!」


「……ウォルター。すぐに解放してやるからな」


 シゲシゲが命じると、部下が青髪の太った貴族を城から連れてくる。

 ウォルターはプロキアの仲間とモリモリ、そして仲間と思しき大名と転生者を目にし、厳つかった顔を緩ませた。

 だが上半身が裸に剥かれてたうえ縄で縛られており、その姿を目にした観客達が一斉に嘲笑した。


「プロキアの貴族だってのに、まさか裸に剥かれるとはなぁ!!」


「良い心がけだな、何でも差し出すなんてよぉ!!」


 ヒロがわかるのは、シゲシゲを倒さなければプロキアの未来も危ういという事実だけだった。


「備。その絆ノ装備(ブルームフォーム)とやらを出すがよい」


「言われなくても。マオ」


「ウォオオオオ……!」


 白い狼が遠吠えをあげ、白い魔力の光がヒロの身体周りをクルクルと舞う。

 天高く拳を突き上げると同時に淡紅色の炎で決意を練り上げ、勇者の装備を顕現させた。


「この悲劇を、ここで終わらせる」


「構えよ」


 二人が定位置につき構えると同時に、審判が「初めぇっ!!」と声を張り上げた。


「……えっ?」


「おい、どうなってる……?」


 客席、そしてアマノガ陣営の控え室からどよめきが起こる。

 両者ともに、自慢の剣を中段に構えたままピクリとも動こうとしなかったのだ。


「……」


 一言も発さず、一歩も動かず。

 静寂のまま、三十分が経過していた。


「なにやっているでおじゃる! はやく決めるでおじゃる!!」


「ヒロ、いい加減動いたほうがいい。そろそろ飽きてきた」


「そうですぞ、魔力切れになったらどうするのです!」


「……いや、ヒロもシゲシゲも動かないんじゃない。互いに動けないんだ」


 苛立ちがピークに達する中、サリエラだけは冷静に状況を分析していた。

 ヒロは気配断ちを応用し、魔力消費を最小限にまで抑えていた。

 そのため最強装備の長期使用を可能にしていたのだ。

 だが、それでも活動限界は近付いていた。サリエラの見解では、持ってあと五分。


「この勝負は先に動いたほうが負ける。カウンターを決められるか、ペースを取られてそのまま押されるか、だ」


「でも、ヒロの魔力切れの時間が!」


「ああ。だが、時間が無いのはシゲシゲも同じだ。これだけの大衆を飽きさせては求心力に関わる」


 苛立ちを起こしているのは控え室だけではなかった。

 客先からは唸り声をあげ、貧乏ゆすりをし、人差し指をトントンと叩いている者も見受けられていた。


「これはまさしく、国の存亡をかけたチキンレースだ。だからこそワタシ達も、目を離してはいけない」


 サリエラの言葉を受けた者たちが、口を閉ざして視線を闘技場に戻す。

 確かに、シゲシゲは顔を引きつらせていた。たかだか齢十代の男子が、三十分以上も決して集中を絶やさず微動だにしないなど、想定外にも程があったためだ。


(疑。あやつ、もしや意識を飛ばしているのではないか? 否、迷うな。皇民の声など無視しろ、朕が有利なのだ!)


 視線を動かさず、肌で場外の空気を感じ取る。


「グルゥ……」


 マオが顔を歪ませ、首がカクンと落ち始めた。


「いつまでこんなことをやってるんだ!」


「はやくしろ!!」


 一方の観客も、痺れを切らして怒号や野次を飛ばし始める。


(あの装備が解除されれば朕の勝利だ! 是、このまま膠着を続けるのだ!!)


 ピリピリとした空気が流れ続けて、二分と十三秒。


「……動く!」


 サリエラが呟くと同時。


「あっ……」


 先に動いたのは、ヒロだった。


「遅ぉいッ!!」


 極限まで精神を集中させたシゲシゲにとって、ヒロの突撃はあまりにも遅すぎた。

 直線的に突っ込んだヒロは、そのまま合わせられた刃に両断されてしまう。


「なっ?」


 はずだった。

 斬り捨てたはずの勇者の後ろから、本物のヒロが姿を現す。


「引っかかってくれて助かったよ」


 陽魔術による幻影だと気が付き切り替えそうとしたときには、既にヒロの剣がシゲシゲを斬り裂いていた。


「あっ……」


「二人にやったことの意趣返しだ」


 レティシアが口を覆い、驚愕の声を漏らす。

 ヒロが裂いていたのは、シゲシゲの和装だった。

 荘厳な深緑色の礼服は無惨な端切れと化してゆく。

 そして第一皇子の一糸纏わぬ姿が晒されたためか、数多の皇民が絶叫に近い悲鳴をあげ始めた。


「シゲシゲ……テメェ、このオウガイの、いやヒノワの恥晒しが……!」


「ああ……よりにもよって、アマノガに支配されるのか……!!」


「大いなる神、フォタァザよ! 何故このような試練を我らに授けたもうた!!」


 中には、普段なら口にするのも烏滸がましいほど偉大なる神の名を叫び、天を仰ぐ者まで現れる始末だった。

 当然、勝ったはずのヒロは困惑を隠せなかった。

 そしてゆっくりとシゲシゲのほうに目をやると、彼はまるで祖国が沈没したかのような顔を浮かべ、泡を吹き、震えていた。


「あ、あの、シゲシゲさん……?」


「死……朕は終わりだ……ヒノワの男が裸体を晒すなど生き恥と同じ……!!」


「そこまでかよ!?」


しかり……無一物は赤子と同じ、絶対服従を示すもの也……朕の生殺与奪はアマノガに、いや貴様に握られたも同然……!!」


「いや意味わかんねえよ! なら殺したくないんだけど!!」


 ヒロのツッコミを横目に、控えのエリーゼがムネニクに問いを投げた。


「そういえばムネニク様も、この場は正装なんですね」


「ええ。礼服はピチピチなので、あまり着たくはないですがな」


「確かに領地なら構わぬが、この神聖なる場でやったら末代までの恥でおじゃる」


「バサナに籍を移すのはアリですかな?」


「あまり国を行ったり来たりしないほうがいい、居場所が無くなる」


「珍しくミライの言葉に重みがあるな!」


 サリエラが無邪気に笑っていると、決着のついた二人に変化があったようだ。


「決……ヒノワの男が裸を晒してよいのは、生誕したとき、そして!」


 シゲシゲが宝刀の柄を握り締め、切っ先を自身の腹に向ける。


「腹を切るときであるぅうううッ!!」


「認めねえからな!? マジでやめ」


 ヒロが手を伸ばして止めようとした、そのとき。


「……は?」


「っあ?」


 シゲシゲの両手が、手首から落ちていた。

 その場に居たヒロも、斬られたシゲシゲも、何が起きたのかわからなかった。


「……」


 反射的にヒロも剣を構え、何者かによる攻撃をギリギリのところで防いでみせる。

 しかし襲撃者の力は強く、そのまま後ろへ吹き飛ばされてしまった。


「っ!?」


 ここまでの流れは、たったの一秒にも満たなかった。

 そして脳の処理がようやく追いついたのか、ヒロが受け身を取り着地した。


「ヒロ!」


「そんな、だって絆ノ装備(ブルームフォーム)なのに!?」


 控えからも混乱が巻き起こる。

 しかし、ようやく襲撃者の姿を捉えることができた。


「……」


 それは一言も発さず、月をも喰らう常闇を切り取ったかのような黒刀を構える男だった。

 時代劇のような漆黒の長裃ながかみしもと、透き通るような白い髪。

 その対比が、国民的俳優の如き端正な顔立ちと合わさり、妖艶な不気味さを醸し出していた。


(……この感触。何処かで?)


 ヒロは初めて対峙したはずだった。

 しかし心臓を愛撫するかのような殺気は、まるで生前、何処かで感じたことのあるものだった。

 前世で辛い思いはごまんとしてきた。だが、記憶の汚泥を洗っても、それが何処で感じたものなのか思い出せない。


(とにかく、マオの魔力を回復させないと。奴を倒さなければ、この悲劇は終わらない!)


 ヒロは癒師装備グリーンフォームへと換装し、オウガイ藩の転生者に杖を向け、地面を強く蹴り、踏み出した。

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