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第86話 侍の宿願①

 ヒロ達がヒノワ皇国へと旅立った後も、プロキア王国は変わらず国王の尻拭いに追われていた。

 一時期よりは鳴りを潜めたものの、勇者ジークを中心にして代行者や王国兵たちが、各地で発生したモンスターを相手に命を削っていた。


「……ふぅ、これで今日は全部かな」


「マジでお疲れ、兄ちゃん!」


 ピカピカに磨き終わった眼鏡を掛け直して一息つくジークに、白猫の爪団(キャトナイラ)で働くクルトが疲労に効くポーションを差し入れた。


「にしても、働き過ぎじゃね?」


「僕はプロキアの勇者だからね。頼られるうちが華ってものだよ」


 ジークがポーションをグイッと飲み、ゴクン、ゴクンと喉から胃へと流し込んでゆく。


「それで倒れられたら世話ないんだっての。最近は、オレもシンヴァ様に稽古を付けてもらってるんだけど……まだ全然なんだよなぁ」


「無理はしないほうがいい。僕がプロキアを守るもの」


「無理じゃなくてさぁ」


 頭の硬い勇者に口を尖らせながら、弟はカウンターへと戻ってゆく。

 だがすぐに踵を返し、腰に下げたニュース紙を一部取って高く振り回しながら叫んだ。


「号外、号外!」


「クルト、新聞売りもやってるんだ。そっちこそ働き過ぎじゃない?」


「確かにオレは配達専門のはず……じゃなくて!」


 何だ何だと集まる代行者たちに向け、声を張り上げ直す。


「ヒノワ皇国へと向かったヴォルフガング家の一行が、第一皇子シゲシゲの襲撃に遭い生死不明になりやがった!」


「はぁ!?」


「嘘だろ、おいクルト。一部くれ!」


「オレも早く読みたいんだよ! ほら一列に並んで、号外割引で五ギルな!!」


 貴族やギルドの仲間が消えた。

 そして、再び戦争が起こるかもしれない。

 そんな焦りが代行者たちに五枚の銅貨を握らせ、交換したニュース紙へと視線を釘付けにした。


「突然現れた大嵐で飛ばされた……」


「じゃあ生きてるかもしれないし、死んでるかもしれないってことか!?」


「バサナから守ってくれた勇者が無事だといいんだがな……」


 代行者たちが焦燥し、頼れる仲間たちを心配した。

 中には、明日ヒノワ方面に行って探しに行くとまで言い出す者もおり、クルトもすぐに立候補した。

 ギルドをそのようなどよめきが満たす中、ジークは。


「……」


 眼を見開き、笑みを貼り付けていた。


〜〜〜〜〜〜


 学校型モンスターを討伐した次の日。

 ヒロとレティシアは、マノメの栽培地区へと足を運び、修行に励んでいた。


「うえぇ。やっぱし能力使ってないとエダマノメも倒せないなぁ……」


「ギリギリまで追い詰められただけ十分でしょう。私も能力縛りではエダマノメが限界ですし」


「倒せてんじゃんかぁ」


 戦士装備レッドフォームを顕現させたヒロが、レティシアに向けて口を尖らせる。


「しかし、二日後の決闘は絆ノ装備(ブルームフォーム)で出るのでしょう。それなら、やはり能力縛りは必要ないのでは」


「決闘だけじゃないんだ。今後もっと強い相手が出てきたときのために、基礎体力や体術なりをしっかり叩き込んどかなきゃ、って」


「なるほど……今だけではない、ですか」


「シノハラっていう真央を寝取ろうとした宿敵を倒したと思っていたら、シゲシゲって超強いのが出てきたようにね」


 そういった敵が出てきたときのため、将来の積み重ねも必要じゃないかな、とヒロが付け足す。


「……私は、今しか見えていませんでした。私を拾ってくださった殿様を皇帝にする、それしか見えておりませんでした」


「俺も視野が狭くなることあるよ。それも沢山」


「その度に、ミライやサリエラのような仲間が居て、教えてくれたと……」


「まあな。ジーク、ウォルター、他にも沢山の人たちに支えられた。だから日頃から意識して弱点を改善して、強くなりたいってな」


「修行ばっかじゃないですか」


「師匠の教えなんだ。常日頃の言動すべてを修行と思えってさ」


 ヒロは絶対安静時以外で、ゲオルクから教わった鍛錬を一日足りとも欠かしたことはなかった。

 基礎鍛錬に加えて相手の強みを常に吸収し続け、常に強くなり続けようとしていた。


「そして、今の目標はシゲシゲのような体術。転生者でもない人が、オオマノメまで倒せるは凄いとしか言いようがない。だからこそ目指す」


「……凄いです」


 レティシアは小さく笑みを浮かべ、微かな声で続ける。


「私も……共に目指させていただいても、よろしいでしょうか」


「もちろん! めちゃくちゃ心強いよ」


「っ、ありがとう、ございます!」


「あはは……なんか、それが素の性格って感じする。めちゃくちゃ可愛いなって」


「えっ」


 レティシアがキョトンとした表情を作った後、すぐに顔を隠しながらヒロを睨んだ。


「……本当に、あの人に似てることばかり言いますね」


「マジかぁ……自覚ないんだけどなぁ」


「はい、わかってます……だからこそ」


 そしてレティシアは、白磁のように綺麗な頬を桜色に染め、真っ直ぐな視線で手を差し伸べた。


「だからこそ、貴方を……」


「レティシア……」


 ヒロも手を取り、無邪気な笑みを返す。

 炊事洗濯で硬くなった手のひらから伝わる体温を感じ、レティシアは目を閉じる。


「……ん?」


 そのまま繋いだ手から血管を繋ぎ止めるかのように、固く、そして優しく手を握り続けていた。


「レティシア、そろそろ」


「ヒロ〜! ここにモンスターを使った訓練場があると聞いたのだ、が……?」


「私も強くなりたい。訓練しない、と……」


 ムネニクからマノメのことを聞いたサリエラとミライが、二人が仲睦まじくしている領域を目にし、固まった。

 確かにヒロは困惑していた。だがレティシアは、ヒロの手を両手で握り締め、跪き、額に当てて思い出の人の温もりを直に感じ取ろうとしていた。


「そうやって独り占めを。卑しい女」


「寂しいぞ! ワタシも混ぜろー!!」


「ぜんっぜんそういうのじゃねえからな! ほらレティシア終わりだ終わり、修行するぞ!?」


 ヒロはその日、仲間が抱いた雑念を振り払うかのように過酷な修行を自他へ課したのだった。

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