第84話 学校の異形④
ヒロ達は学校型モンスターを倒すべく、アマノガ藩の隣にあるガンディル藩へと向かっていた。
アマノガと隣接している藩は、シンエイ、ガンディル、そしてゲソンの三藩だ。
そして、件のモンスターはアマノガ藩へと向かわず、その隣にあるガンディル藩へと侵攻していたらしい。
「ガンディルの役人が血相を変えてアマノガ等に逃げ込んできたため、声をかければすぐに入れるでしょう」
「そっか。なら、すぐに倒さなきゃだな」
「ワゥッ」
「ちょっと待った。ガンディル藩も、皇位継承戦に参加しているのか?」
「いや、転生者を仲間に出来なかったから未参加らしい。だから、こうして簡単に行き来できるんだってさ」
「むぅ、なんかヒロがワタシより頭良くなってるぞ」
「なんかってなんだよ。レティシアさんに教えてもらったんだよ全部」
「むぅ」
「むぅってなんだよ」
プロキアの二人が他愛もない話をしている間に、レティシアが関所の役人に話をつけた。
そして壁上へと昇り、目標を視界に捉える。
「……これは」
関所を越えた直後に見える、道が整備された山の向こう側。
そこには商才に長けた第二皇子と大名の治める、ヒノワ中で一、二を争うほど栄えた都市があるはずだった。
「ヒロは、モンスターに滅ぼされた地を見るのは初めてだったな」
「……私だって初めてですよ」
そこは既に、無数の顔が浮かびあがった巨大な校舎に押し潰された跡だった。
色とりどりの暖簾が並ぶ建物は、黒と赤の混じる瓦礫の山に。
商人たちの活気溢れた声は、けたたましいほど響く学童の声に。
先人たちが築き上げたヒノワ経済の聖地は、たった一夜にして、たった一体のモンスターにより、君主と共に滅び去ったのだ。
「真央が狙われた理由も、ようやくハッキリとわかったよ」
「マオがヒロの仲間でなければ、ワタシだって倒そうとしていたぞ」
「……どうして」
苦い顔を浮かべながら言葉を交わすプロキアの二人に、震える声でレティシアが割り込む。
「どうして……そんなに落ち着けるのですか」
「落ち着けないよ……人が、こんなに」
「そうですけど! でも、ガンディル藩は転生者へ対抗でき得るほどの軍隊を揃えていました。そして、転生者タケノハラは……私よりも、強い転生者でした」
「ああ。流石にワタシ一人では、アレはどうにもできないな」
サリエラが、ふと笑う。
「だが、ヒロとマオ、そしてレティシアがいる。共に倒してくれるのでは無かったか?」
「一人では、ない……」
レティシアは自身の手のひらを見る。
震え、冷え切り、さらなる不安が心を凍てつかせようとしていたが。
「大丈夫。レティシアさんが付いてるなら、きっと勝てるよ」
「――っ!」
ヒロの手が触れた瞬間。
生前の、煉獄に包まれた光景がフラッシュバックした。
〜〜〜〜〜〜
「大丈夫。皆が、そして俺が付いてるから」
「ダメです! お願いです、行かないで!!」
「だからさ。子供たちが不安がらないよう、付いていてやってくれ」
「そんな……嫌、嫌ぁーー!!」
〜〜〜〜〜〜
「ダメっ!!」
握られた手を咄嗟に引き寄せ、抱きつくような形になってしまった。
ヒロは突然のことで目をパチクリと開閉していた。一方のマオは最愛の幼馴染を抱き寄せた女狐に対し、明確な殺気を放っていた。
「っ、すみません!」
「い、いや。そんなに不安か?」
「そ、その……」
レティシアが俯き、白い頬を赤らめながら呟く。
「……似ていたんです。前世で私に優しくしてくれた、日本のお兄さんと。それで、居なくなってしまうのではないか、って」
「なるほど。マオ、そういうことだから大丈夫そうだぞ〜」
「ガルルゥ……」
なおも威嚇を辞めようとしないマオを、サリエラは前に立ち塞がって、どうどうと静止する。
「だから、ヒロ」
「大丈夫。それなら尚更帰ってこなきゃだな」
「でも、ヒロの装備では」
「確かに、俺だけの装備ならダメだ」
ヒロが自信に満ちた笑みを作り、自身の両頬をパァンと叩き、気合を入れた。
「アハハッ! なら、ワタシ達が出来ることは援護だけだな!」
「クルルゥ!」
「えっ?」
既に勝利を確信したようなプロキア組に、レティシアはキョロキョロと理解が追いつかないような反応を見せる。
そんな少女の肩に手を置き、サリエラがヒロに「行ってこい」と言わんばかりの一瞥を送る。
「レティシア、見ていろ。アレが、仲間との絆の力だ」
「絆、の?」
ヒロがサリエラに向けて頷きを返すと、その隣にマオが躍り出る。
「真央、行くぞ!!」
「ワゥッ!!」
狼の雄叫びと共に、大地から集約せし魔力が宙を舞う。
それがクルクルと飛び回ると、ヒロは右腕を天へと突き上げ、拳で魔力を握り締めた。
光は桜色の炎へと変わり、勇者のマフラーを、ロングソードを、淡紅色の鎧を鍛え上げる。
「絆ノ装備ッッ!!」
剣を振り払うと同時に。
ヒロ達の最強の装備が、その姿を露わにした。
【遠足たのしいね!】
【山登りしようよ!】
学校型モンスターが関所前の山を破壊し、アマノガ藩へ突入しようと進撃を始める。
だが、踏み進めようとした瓦礫の脚は。
【ゔわあああああんっ!!】
【ぜんせー! あの人が壊じたぁぁー!!】
桜色の斬撃によって、まるでバターのように軽々と斬り飛ばされていた。
【友達を泣かす奴ぁ、このオレが許さない!】
【助太刀いたしますわ。私、武芸も嗜んでおりますのよ】
窓からボコボコと、男女の顔を模した闇色の肉が噴出する。
その視線の先には、脚元で剣を構える勇者の姿があった。
「ヒロ、気を付けてください! アレはタケノハラとキラキラだったもの、相当に強力です!」
「なら、彼らを斬り離せば小さくできるかもしれ」
ここまで思ったところで、かすかな疑問が生じた。
(本当に助けられるのか? タケノハラは遺物があるから、取り込まれて力を利用されるのはわかる。けどキラキラは現地人だろ、亡くなったらマナになって遺体すら残らないんじゃないのか!?)
まだ、微かに生きている可能性があるなら。
助けられる可能性があるなら、それを探りたい。
「危ない! 想見・拘束術式展開・起動、第五位土魔術!!」
そう魔が差して動きの鈍った仲間を助けるべく、サリエラが先ほどまで山だった土砂を押し固め、降り注ぐ無数の闇色の拳を防いでみせた。
「迷うな! 奴を止めなければ、ヒノワは滅ぶ!」
「けど、俺は――」
まだ何もわかっていない。
そう言いかけた瞬間。
『殺せ』
男の声がヒロの脳を揺らし、ヒロの意志を無視して剣を振るわせた。
無数に増えた瓦礫や闇の腕が瞬く間に斬り落とされ、桜色のマナへと還ってゆく。
「そうだ、その調子でぶった斬れー!!」
「ヒロ、周囲に領域を張りました! 飛び込めば顔に飛べます!!」
「違う! まだ話を」
『飛べ』
再び命令が脳に響くと、ヒロの身体はレティシアの領域へと跳躍した。
そして出た先、タケノハラとキラキラのうなじを捉えられるほどの上部にて、ヒロは桜の剣戟を放ち二人をモンスターから切り離した。
【がぁぁぁ……!】
【バトーさんとキラキラさんは転校となりました……】
断末魔と共に学校から大人のアナウンスが響き渡り、モンスターの身体がみるみるうちに小さくなり、百メートルほどの瓦礫と魂の山へと姿を変えていった。
「やめてくれ、まだ俺は」
『砕け』
校舎をバラバラに砕く。
「やめろ、まだ」
『皆殺せ』
出てきた闇色の学童の五体を一瞬で爆散させる。
「やったぞ、あと少しだ!」
「これが、ヒロ・ナカジマの本気……」
学童も僅かとなり、学校本体もボロボロとなり地に伏せていた。
そんな状態のモンスターに、ゆっくりと歩みを進め。
『トドメを刺せ』
その声に従うように、剣を上段に構えた。
しかし。
「やめろぉおおおーーッ!!」
ヒロは自らの足を差し、謎の声から正気を取り戻した。
「ハァ、ハァ……!」
「何しているんだヒロ、はやくトドメを」
「わかってる! けど、これだけは聞かなきゃ、ダメなんだ……!」
血の混じるような熱い汗を流しながら、ヒロが剣の切っ先を瓦礫に向け、叫んだ。
「なぜお前たちは罪もない人たちを喰らった。縁もない地を穢し、滅亡に追いやった!!」
ヒロが問うは、罪の在処。
命を完全に断つ前の、一つ目の線引きである。
「何故そんなことを。相手はモンスターなのですよ!」
「……好きにさせてやれ。アレをしないことには、命を奪えないのだ」
サリエラも、お人好しな仲間を庇うように生温かい声をかけていた。
「答えろ!!」
そしてヒロの怒号は、さらにヒートアップしていた。
次第に、ムクムクと闇色の肉が蠢き、小さな頭を形成する。
【なんで怒るの……?】
【ぼくたち、遊んでただけなのに】
【ねえ、お兄さんも一緒に缶蹴りしない?】
「……ッ!」
返ってきたのは、無邪気な幼子たちの声だった。
それは、ただの意味を持たない鳴き声だったかもしれない。
だが、モンスターは命の線引きを越えなかった。
そんな「対話が出来るのでは」という可能性が、今度こそヒロを鈍らせた。
「……それは」
ヒロが剣を降ろそうとした瞬間。
【これから、入学式を始めます!】
瓦礫の中から無数の闇の手が伸び、ヒロの首を、両手足を、口を押さえ、引き摺り込もうとした。
「ワォン!?」
「なっ、あの馬鹿!」
「言わんこっちゃない!」
すぐさまサリエラ達も助けようとするが、校舎へ引っ張られる速度のほうが速かった。
関節を抑えられたヒロの抵抗も虚しく、校舎へと吸収されようとした、その時。
「ッ!? ぅ、ゲホ、ごほ……!」
【迷子のお知らせです】
手が根本から斬り落とされ、解放されたヒロは思わず咳き込んだ。
一体何が、と目を擦った先に立っていたのは、長い髪を後頭部で纏めた、切れ長の目と端正な顔を持つ侍だった。
「呆。ただの鳴き声に意味を見出すなど、お人好しにあらず、愚鈍と言う他あるまい」
「……ぁ」
返す言葉もなかった。
そんなものお構いなしと言わんばかりに、シゲシゲが続ける。
「性。奴の基本はカウンター、よって会話が出来るものだと思わせていた。騙されるな」
「……わかった」
「問。立てるか」
「当然」
体勢を立て直し、ヒロはシゲシゲと肩を並べる。
「断。朕の国土を穢した罪は、絶滅を以て贖ってもらおう」
「この悲劇を、ここで終わらせる!」
そして勇者と侍が、瀕死のモンスターへと切っ先を向けた。




