第82話 学校の異形②
「忌々しい音……!」
苦虫を噛み潰すような表情を浮かべたサチを皮切りに、その場にいた全員が音の方へと顔を向ける。
「ふむ。瓦礫で造られし黒山羊、といつたところか」
「山羊じゃないでしょ、あんなモンスター!」
「ツラツラ様の文學が分からない朴念仁が……!」
ツラツラの言葉の通り、壊された家屋の残骸が、黒い渦のもと集まっていた。
やがて渦を中心として、細く角張った手足を有する、学校の校舎を模した、体長70メートルほどの巨大なモンスターを形造っていった。
【起立、礼!】
校舎を取り巻くのは、闇や影のような暗色をした、肉腫やスライムのような不定形の異形。
それはまるで、人の顔や腕、脚を彷彿とさせる形を好んで作っていた。
【おはようございます!!】
ハキハキとした声と共に、闇色をした無数の子供の顔が、窓や花壇から突き出し、蠢きだす。
「プロキア人、お前達は後だ。あのモンスターを討ち倒す!!」
「いや、あんなモンスターが居る以上、私たちも見過ごせない」
冒涜的な姿をしたモンスターを倒すべく、利害の一致した5人と1匹が一斉に構える。
【先生! 校庭に不審者が居ます!】
【皆さん中へ。先生たちが対処します!】
学校型モンスターは廃材でできた右腕を大きく振り上げ、ミライたち目掛けて振り下ろす。
「バトー。やれ」
「武ノ原だっつってんだろ! まあいいか、後で抱かせろ大将。それが条件だ!」
「黙れ。オレはとうの昔に女を捨てたと言ったはずだ。いまの不遜を見逃す代わりに奴を倒せ」
「へいへい。ま、元よりアレとは金払ってでも戦りたかったんで、ねッ!!」
眉間に血管を浮かび上がらせた第十一皇子に命じられたタケノハラが、気合を入れるように両拳を合わせる。
すると、みるみるうちに身体が大きくなり、黒いモンスターと同等にまで巨大化した。
「デカいの同士がぶつかる。相撲の醍醐味じゃんか!!」
「バトーの能力は『巨人の神事』。小さくなれば、元の身体能力と変わらぬ力を、そして大きくなれば、体長に比例して力が増す。性格を除けば最強の戦士に違いない」
キラキラが自慢する通り、タケノハラはモンスターの振り下ろしを受けながらも、腰元を掴み、そのまま軽々と押し倒してみせた。
【これは訓練ではありません、急いで机の下に避難してください!】
「しゃあっ、今だぜ大将!」
「よくやった。奴を浄化しよう」
変わらず涼しい顔を見せるキラキラが、体躯よりも長い薙刀を下段に構え、荒れた大地を強く踏み締め、飛び出した。
「チィェストオオオオオッッ!!」
目にも止まらぬ速さで間合いを詰めた瞬間、光を集めて数倍ほどに伸びた刀身を、影の怪物目掛けて振り下ろした。
ガラガラガラという鉄や土塊が崩れる音と耳障りな子供の断末魔が、煤と腐臭の立ちこめる戦場に木霊する。
「やったの?」
「サチ達は必要ありませんでしたね、ツラツラ様」
「あゝ恐ろしや。彼の『ヒカリニテタチ』と相撲士に、某らは追ひ詰められたのだ」
完全に沈んだ黒いモンスターを見て、ミライ達が安堵を浮かべる。
だが、マオだけは違った。
「バァウ! バァウ!!」
影の怪物に向け、まだ威嚇の姿勢を崩そうとしなかったのだ。
「――ッ!!」
意図を察したミライが、学校型モンスターの心を読もうと試みた。
瞬間、黒いペンを徐に紙へ走らせたような混沌としたビジョンが頭の中に流れ込み、額を抑えて蹲った。
「興味深ひ。何故、突如として」
「モンスター、まだ生きてる!!」
「なに?」
ツラツラが眉根を寄せ、黒い残骸へと向き直る。
しかし叫びを聞いたキラキラは、信じられないと言わんばかりにミライの方を向き、薙刀を振るって反論した。
「馬鹿なことを言うな! たった今、奴の首を斬り落と――」
それがいけなかった。
腕の形をした闇の棘が、キラキラの心臓を背後から貫いたのだ。
【ターッチ! いえーい、次お前が鬼な!!】
「お、のれ……!!」
それでも、キラキラの目に宿る灯火は消えなかった。
身体を思い切り捻らせ棘を振り落とし、その勢いのまま薙刀を振るい子供の形をした闇を斬り落とした。
「なん、だと……」
だが、背後に広がる光景を知覚した瞬間、顔が絶望の色で塗られていった。
【学校終わりー!】
【何して遊ぶー?】
闇色の残骸から、体勢の悪い人型が無数に放出され、戦場を侵略していた。
【ねえ、誰が一番はやく登れるか勝負しない?】
【いいねー!】
「何だこれ!? クソ、力が……!」
そして、もがくタケノハラの身体を包み込むようにして、脚から腰、肩、頭へと侵食していったのだ。
【お姉さん怪我してる! 保健室行かないと!】
「まだ、オレは……!!」
そして満身創痍のキラキラも、子供の形をした闇の中に呑まれてしまった。
「何と……」
ツラツラは、先程まで自分たちを圧倒していた相手を一瞬で呑み込んだモンスターに畏怖し、立ちすくんでいた。
「何してるの、逃げよう!」
「逃げる? 何をおっしゃいますか」
そしてプロキア陣営とは違い、ツラツラに付いている転生者のサチは違った。
「第七皇子にしてゲソン藩の主、そして文豪たるウラカワ・ツラツラ様の辞書に。後退の文字など」
「退くぞ、命あつてこそだ」
「仰せのままに、ツラツラ様!」
「……」
ツラツラ皇子に対して狂信的な転生者に侮蔑の視線を送りながらも、残された者たちは怪物に背を向け、燃ゆる大地を駆け出した。
【あ、待てー!】
だが、それを黙ってみているモンスターでは無かった。
闇色の人型が身体をスライムのように凹ませると、弾性力を活かして宙を舞い、ミライ達の進行方向に着地して襲いかかる。
【はい通せんぼー!】
「周りこまれた!?」
「ウォオオ……グァウッ!?」
「マオでも分解できないの……!?」
マオも能力を行使して闇を分解しようとするが、能力越しに意識を乗っ取られる感覚を覚えたため無理やり切り離さざるを得なかった。
ミライも魔術を唱えるが、不定形の怪物へダメージこそ与えられるものの、すぐに再生されるため有効打を与えられずにいた。
「どうすれば……!」
ミライが頭をフル回転させて迫り来る死を回避する方法を考えていた、そのとき。
『烏鳴く、道を帰りし、童たち』
五、七、五のリズムで、鈴のようなサチの声が響き渡った。
次の瞬間、帰ろう、帰ろうという声が異形から放たれ、踵を返して子供型のモンスターが道を開け始めた。
「いま、何したの……?」
「ツラツラ様の良さが分からぬ阿呆と言の葉を交わすのは無駄にございます!」
「サチ君。是は命令である、御話するやうに」
「うむぅ……」
(昔の自分を見ているみたい……)
コミュニケーションを取ろうとしない彼女を見て、ミライは同情の念を抱く。
「……サチの能力は『俳諧の詠手』にございます。川柳や俳句の内容を具象化します、はい説明は終わりです!」
(あれ、私やシノハラの下位互換……いや、この場合はそうでもないのかも?)
「何でございますかその目は! 文學の分からぬ雌猿め!」
「むっ」
次の瞬間には、同情の念が憐憫へと、そして不服へと変わっていった。
「コホン、ともあれサチ君の能力が有効と判明したのは僥倖。いざ反撃の狼煙を」
ドッ。
鈍い音と耳鳴りが、ツラツラの言葉を遮った。
「あ……?」
「っ、校舎のほうも生きていたの!?」
サチは胴を学校型モンスターの巨大な腕に掴まれていた。
必死にもがくも、身体に闇が侵食し、動きが弱々しくなってゆく。
【コラァ! うちの生徒に何してるんだ!!】
【先生、やっちゃえーーっ!!】
学校の窓から嬉々として蠢く子供の声に応えるように、学校の異形は見せびらかす形でサチを天高く持ち上げる。
「……ラ、さ、ま……」
そしてサチの身体は、上下で真っ二つになるように握りつぶされてしまった。
ツラツラ達は、ただ先ほどまで転生者だった肉塊が地に落ち、マナ化する前に闇色の異形に呑まれる様を見届けることしかできなかった。
「……異邦の者よ。一つ尋たひ」
「……なに」
今にも消えそうな声でツラツラが問いを投げる。
「プロキアに、これほどのモンスターは居たか?」
「……煌龍アウレオラも、そして白狼マオも。ここまで強くなかった」
「ワゥ……」
そもそも、モンスターは転生者よりも弱く、そして世界に害をなす存在というのがアルテンシアの常識だ。
だが極稀に、転生者のような能力に覚醒するモンスターが現れる。
それでも、タケノハラのような手練れの転生者を一瞬で屠るようなモンスターなど、ミライは聞いたことも、見たこともなかった。
それだけ聞ければ十分といった様子で、何かを決心したツラツラが、万年筆のような小刀を胸元から取り出し、前に躍り出る。
「……某はゲソン藩を統べし皇子也。故、此の地を守らねばならなひ」
「貴方が生きなければ、あの転生者の命に意味が」
無謀を止めようとしたミライに返されたのは、小刀で書かれた紙だった。
「此の書状を持って関所へ走れ! 隣のアマノガ藩のレティシアに、遠くのオウガイ藩の転生者に助力を仰ぐのだ!!」
「っ……必ず戻る!」
退廃的な雰囲気を放っていた漢の、魂を賭けた咆哮。
これを受けたミライは、彼の意を汲み、サチが切り拓いてくれた道をマオと共に踏み出した。
数秒経ち姿が見えなくなったところで、ツラツラは再び立ち上がった学校型モンスターへと向き直る。
「ふむ、とは言つたものの。サチ君を喰ろうた落とし前も、此の手で」
【今日は皆さんに、転校生を紹介します!】
いつの間にか子供たちを吸収した学校から、ヌポヌポヌポという膨張する音が響き始めた。
そして、校舎の窓から浮かび上がってきた闇色の顔は。
「な、に……?」
【えっと、薬師寺、幸でございます。東京の女學院で、文芸を修めておりました……皆さん、どうか仲良くしてください】
【ダムディンスレン・バトバヤルだ。バトーって呼べ!】
「ひっ!?」
子供たちに呑まれたはずの、サチとタケノハラと瓜二つだった。
「い、いいや。此の程度で某が怯むはずなかろうて」
【そして、もう一人転校生がいます!】
「は?」
別人と割り切り震える手に喝を入れ、ペンを構え直す。
だが、続けて出てきた顔を見た途端、栓が抜けたように涙と鼻水、そして涎が垂れ始めた。
【皆様はじめまして。私、ウラカワ・キラキラと申します。以後、お見知りおきを】
【変な名前ー!】
【キラキラさんは、ヒノワ皇国という国の皇女様なのです! とっても凄い方なんですよ!!】
【知らないとこだ! ねえ、色々聞かせてよ!】
【ふふ、いずれお話しますよ】
「ゎ、エ……」
そのお淑やかな声を聞いた瞬間、ツラツラは全身をガタガタと震わせ、握っていた小刀を落とし、まっすぐ膝を落としていた。
転生してから、ずっと慕ってくれた配下が。
皇帝の血を分け、男として育てられた妹が。
自分たちを追い詰め、プロキアの侵入者も認めるほどの転生者が。
全て呑まれ、ガワだけを模した別のナニカへ作り替えられた。
「某は皇子也、某は皇子也、某は皇子也、某は」
理解してしまった。
理解してしまったが故に、ツラツラは小さく蹲り、発狂した。
【おや、授業に参加しようとしない悪い子がいますね】
「そ、そそっ」
まるで生前のタケノハラの能力を再現するかのように、校舎がみるみるうちに巨大化し、ゲソン藩を包む竹林よりも、シンエイ藩にそびえ立つ山よりも大きくなっていった。
当然、それに比例して脚も大きくなり、さらに巨体を支えるべく数も増えていった。
【後で職員室に来るように】
「某は皇子也いいぃぃぃぃっっ!!」
そしてツラツラは指一本も動かせないまま、学校型モンスターに踏み潰されてしまった。




