第81話 学校の異形①
ヒロがシンエイ藩を歩き、ダイリンによる悪政を目の当たりにしている頃。
別の藩に飛ばされたミライとマオは、鬱蒼とした竹林を抜け、分厚いコンクリートで造られた関所に辿り着いていた。
「……壁?」
「ワウゥ」
二人は、ヒノワ皇国の領土が藩で区切られていることを知らない。
そのため、見張りに見つからないよう木陰に隠れながら、どうしようかと頭を働かせていた。
「あの先に何かあるのは確か。あれだけ見張りがいるのだもの」
「ワゥッ」
「だけど……引き返そう」
「ヴァウ!?」
何言ってんだ、と言いたげにマオが吠える。
「ワゥ、ヴァウアウ!!」
「うん。見つからないよう早く行かなきゃ駄目だよね」
「ヴゥ! ワァウ!!」
違う、と言いたげにマオが首を振るも。
「それほど沢山、あの壁の中にマナの反応があるの?」
ミライには全く意図が伝わっていなかった。
「あーもう違うよ! 尋くんなら、わたしの気持ち全部わかるのに何でかなー!?」
「私はヒロじゃないもの」
「ぐ、ぬぬ……!」
とうとう痺れを切らしたマオが喋り出して反論するも、澄まし顔で論破されてしまい、狼は少女に対して引き下がってしまう。
「それより、どうして普段から翻訳できるようにしないの」
「いま、わたし能力を完全オフにしてるから。だから完全無防備、第三位以上の魔術を喰らったら致命傷になる、そしたら尋くんが悲しむ。オーケー?」
「私の能力だけ無効化から弾けばいいじゃん」
「そんな器用な事が出来たら苦労しないよ!」
「で、何て言おうとしてたの」
「話が脱線したり戻ったりするなぁ……」
マオが呆れながら耳を立て、ミライに向き直って口を開いた。
「わたし、見張りを倒して強行突破しようって思ってたんだ」
「うん」
「そしたらね。全員こっち来てた」
「こりゃまずい」
狼が顔を向けた方を見ると、五十人ほどの槍で武装した兵士が迫っていた。
大嵐で服はボロボロとなっていたが、明らかにヒノワ皇国の衣装とはかけ離れていた。
鎖国をしている中で不法入国者が居るとわかれば、ヒノワの兵士たちが取る手段は一つしかなかった。
「こうなったら」
「アレしかないね」
1人と1匹は目を合わせて頷き合うも、かたや回れ右し、狼は態勢を低くしていた。
「全員殺すおぉおう!?」
「殺さない! 逃げる!」
ミライがマオの首元を掴んで全速力で逃げ出した。
「待てやゴルァ!!」
「離して! 経験値が遠のく!!」
「無駄な殺生をしたらヒロが悲しむでしょ!」
「うぐぅ!」
図星を突かれたマオは閉口し、そのまま大人しくミライに引っ張られていった。
翻訳の転生者も炎魔術と風魔術でブーストをかけていたため、みるみるうちに見張りを引き離してゆく。
「くそっ、逃してしまう!」
「はやくツラツラ皇子とサチ様に連絡しろ!」
「いえ、それが……!」
〜〜〜〜〜〜
兵士たちから全速力で逃げていたミライは、元いた竹林を反対側に駆け抜けていた。
「これじゃ指名手配犯だ……」
「わたしたちの顔、覚えられちゃったしね……やっぱり」
「殺さない」
「ちぇー、ミライちゃん半年前より丸くなってやんの」
「もうあの頃とは違うから」
最近ようやく人並みの道徳を身につけ始めてきたミライが、殺伐とした思想を持つモンスターに念押しする。
「んじゃ、そろそろヤバいから能力解禁するね。翻訳できないけど頑張って察してね〜」
「まだ追ってきてるの?」
「いや、前」
「むっ?」
ミライは拍子抜けな声を上げながら、新緑色の竹林から漏れる光へと突き進んだ。
そして再び竹林を抜けた瞬間。
「……えっ」
違う世界へ迷い込んだかのように様変わりした風景に、言葉を失った。
荒廃した町。燃える世界。
先ほど追ってきた兵士と同じ型をした鎧の残骸。
「これは……?」
「ヴウウ……!」
そんな戦禍にて、1人の甲冑を纏う女剣士とハイカラな格好をした男女が対峙していた。
戦力差は明白だったが、なんと女剣士が2人を圧倒し、膝をつかせている。
だがミライ達が戦場に入ってきたからか、双方ともにミライの方へ顔を向け、女剣士は明確な敵意を、男女は助太刀を懇願するような目線を向ける。
「あゝ、天は某らを見捨ててはいなひよふだ」
「そこの旅の方、どうかツラツラ様に助力してくださいまし。サチだけでは、憎きウラカワ・キラキラをどうすることもできませぬ故!」
焦茶のボサボサな髪と黒縁の丸メガネを持つ老け顔の男を助けるよう、サチという三つ編みをリボンで後ろに結んだ丸顔の少女が叫んでくる。
「貴様、何奴だ。ヒノワの者ではないようだが?」
対するキラキラと呼ばれた男口調の剣士が、2メートルはある体躯よりも長い薙刀の矛先を乱入者へと向ける。
(彼女は明らかな敵意を持っている。誤魔化してどうにかなるタイプでも無さそう、なら)
「オレの質問に答えろッ!」
「わ、私は通りすがり! 敵意ない、本当!」
怒気を放つキラキラにすくみ、手をあげて敵意が無いことを全力で示そうとする。
同時に、ジリジリと後ろに下がり逃げようとしたとき。
(馬鹿が。第十一皇子サマは最初からオマエラを逃す気なんて無い)
「――っ、もう1人いる!」
目に見えない何者かの心の声を聞いたミライは、こちらへと飛びかかる何者かの攻撃をかわし、手袋をはめる。
『包み込め!』
そして掌を向け、水のベールを目の前に広げる。
粘性のある水の網が降下し、姿を見せぬ敵を圧迫しようと試みたが。
「フンッ!!」
一点から激しい力をかけられ、水の網は打ち破られた。
「しまっ――」
「ウォオオオオ……!」
ミライが無防備のまま見えない敵による反撃を喰らいかけるが、マオが周囲のマナを圧縮し、飛びかかる何者かへ向けて射出する。
「チィ!」
「ガルルル……」
「マオ、ありがと……なるほどね」
能力を解除した敵の正体を見て、ミライが再び構え直す。
それは、まげを結った筋肉隆々の大男だった。
身体の大きさを変化させる能力で目に見えぬほど小さくなり、力をかける面積を極限まで抑えて打撃を放っていたらしい。
「その、まわしと上衣から察するに、モンゴル相撲……ブフと、日本相撲の使い手でしょ」
「へえ、よく知ってるな」
「恐らくヒノワの倫理か何かで上半身が完全に裸なのはアウトだから、日本の衣装にモンゴルの伝統を入れた、と」
「そこまで知ってるなら転生者確定だな! それにハッキリ言葉が通じるということは、能力は翻訳みたいだ。それに練度も高い」
「……この一瞬で察せるとは。相当戦闘慣れしてるんだ」
「お互いにな。いやあ参った参った」
力士風の男が、額に手を当てながら女剣士へと向き直る。
「キラキラの大将、ありゃ能力が進化していますぜ」
「バトーと同じか。つまり、件のプロキアの」
「武ノ原だ。二度と間違えるなクソが」
「相撲の四股名とやらはよくわからん」
キラキラと呼ばれた第十一皇子が、固い表情のまま肩をすくめていた。
「ともあれ、オマエを倒せば、上等な女10人分って契約をしているもんでね。ガキを抱く趣味は無いから、さっさと倒されてくれ」
「むっ……これより、タケノハラを殲め」
――キーン、コーン、カーン、コーン。
「つ?」
突如として、あまりにも場違いなチャイムの音が、黒煙の立ち込める戦場に鳴り響いた。




