第80話 大使の立場⑤
シンエイ藩の大名コウ・ダイリンは、太陽神を彷彿とさせる金と銀の礼服を纏った巨女だ。
松明は全長三十メートルはある巨体の足元しか照らしていなかったが、それだけでも高貴な身分だとわかる意匠が施されていた。
「ダイリン様。僕は道中、明日の飯にもありつけるか怪しい百姓たち、そして飢えた兵士を目にしました。そして、七公三民と呼ばれるほどの税も」
「で?」
重く低い声が宮殿の柱を揺らす。
だが、ヒロは全く怯むことなく続ける。
「確かに、俺はプロキアの大使として来ています。貴方たちの政に口を出せる立場には無い」
「ほう? では何とするか」
「率直に告げます。貴方は、隠居すべきだ」
瞬間、ボオォという爆音と共に、凄まじい高熱と極光がダイリンから放たれた。
中華風の絢爛豪華な礼服の背後に、陽光の如き黄金の輪が展開され、不遜なる者たちを焼き焦がさんとしている、
「――口の利き方に気をつけよ。それはモリモリとかいう小便垂れを皇帝にしたいがためか?」
「いいえ、シンエイ藩の民のためです。それに」
「それに?」
脂肪を蓄えた顔に鬼相を浮かべた大名の問いに、すぅと一拍置いてからヒロが口を開いた。
「――俺はモリモリ側に付く気もありません」
「なっ!?」
これに驚いたのはレティシアだった。眉根を顰める大名を遮るように、白髪の少女が慌ててヒロの前に躍り出る。
「どういうことですか、聞き捨てなりませんよ!?」
「最初からそうだ。プロキアの大使として、あくまでも中立的にヒノワ国民を守る、って」
「せやったら、わっちらを倒そうとしはったのは何で?」
「アマノガの民を襲おうとしていたので。それに、嵐から助けてもらった借りを返す意味も込めてました」
「……ボク達は貧乏くじ引いた、そういうことなんだ……」
「もしかして、ヒロ様まで殿をお嫌いに!?」
「ああ、俺はモリモリ公が嫌いだ。ウォルターの知り合いかは知らないけど……」
目の裏に、口に合わないという理由でラーメンを捨てられた怨みを宿しながら、告げた。
「他人の作った料理を足蹴にする奴に、国を任せたくはない」
「……っ」
レティシアは怖気付いてしまった。多少ではあるが、ヒロが料理に込める情熱も、他者への敬意を忘れないことも知っていた。
だからこそ彼の信念に納得してしまい、ゴクリと息を呑んでしまったのだ。
「……後で覚えておいてくださいね」
「ああ。今は、目の前の大名様だな」
二人は揃って目線をダイリンに向ける。
てっきり、思い通りにならず苛立ちを覚えているものとばかり考えていた。
「ぶ、わっはぁはっ!! 中々に面白い冗談を言いよる!!」
だが、巨人は笑っていた。
贅の限りを尽くして身につけた脂肪を波うたせ、感情の起伏を露わにしていた。
「ダイリン様。兵士まで飢えさせては、藩は終わりです」
「どうか、いま一度」
今が好機と、首を垂れて懇願する。
だが、動きをピタリと止めて大名が返したものは。
「そげな冗談は詰まらぬ」
陽魔術による、高熱球だった。
「ぐっ!」
「何故……何故、民から奪い、自分だけ贅の限りを尽くすのです!!」
レティシアを背にやり、魔導装備で陽魔術の威力を軽減しながら、暴君に問う。
「皆伝忍法・陽遁術」
返答は無かった。あるのは、敵に向けたオーロラのような熱線のみ。
ヒロは問いを投げ続けた。何度も叫び、その度に魔術が返ってくる。
「……バケバケ皇子、並びにサクラ太夫」
「……どうしたの……!?」
「言うてみぃ!」
やがてヒロは俯き、小さく口を開ける。
「これより、怪物を退治します。よろしいですね」
命の線引きを越えた、人の形をしたモンスターを滅するために。
「……頼む……!」
「自分が不甲斐ないわぁ……お願いします」
「はい――この悲劇を、ここで終わらせる!」
今まで溜めてきた感情を爆発させるように雄叫びをあげ、戦士装備を顕現する。
そしてヒロは一瞬で巨人の顔面の前へと跳躍し。
そのまま緋色の剣を振るい、五体をバラバラに焼き尽くした。
〜〜〜〜〜〜
「炊き出しです〜。小さくなってしまった胃にも優しい、山菜のお粥ですよ〜!」
暴君を討ち取った一行は、貯蔵庫にドッサリと詰め込まれていた米や漬物を持ち出し、今まで我慢してきた民に向けて炊き出しを行なった。
レティシアの呼びかけを耳にして寄ってきた町人や兵士が、ヒロの優しい味のお粥を一口入れた瞬間。
まるで空の雲が晴れるように表情を緩ませ、涙を流し始めた。
「ああ、神様が見える……」
「ありがたや、ありがたやぁ」
「まだまだおかわりはありますよ。今まで我慢してきた分、いっぱい食べてください!」
一部が欠けた茶碗に有無を言わず粥を注ぎ続ける赤髪の勇者を、とうとう拝み始める者も出てきていた。
「……どうぞ……」
「お家の皆んなで食べてなぁ」
「わあっ、皇子さま。ありがと〜!!」
またバケバケ達は、炊き出しに集まった人々に、食糧を詰め込んだ小袋を配っていた。
今後、貯めすぎた資材を各村々へと行脚して再分配するらしい。
「……よくわかった……まだ、ボクは皇帝の器ではない……」
「シンエイの皆にも、今回の皇位継承戦は降りるって合意取れそうやわぁ」
「心から感謝いたします。それと」
レティシアは他藩の皇子たちへ深々と一礼した後、お玉を回す勇者へと向き直る。
「貴方は敵ですか、それとも味方ですか」
「どっちでもないよ。あくまでも中立」
「ですが」
「ただ、俺の目的とモリモリ公の趣味が一致している。だから、嫌いだけどモリモリ側にちょっと寄ってるかも」
「……裏切らないでくださいよ」
「レティシアさんを裏切る気は全くないよ」
だと良いのですが、と釘を刺そうとしたとき。
「ヒロぉおお、大変だああ!!」
杖に跨ったサリエラが、全速力で空を駆けてきた。
「サリエラ、どうしたんだよ。エリーゼは!?」
「エリーゼは無事だ、ムネニク殿に預けている。だが、アレを見てみろ!」
サリエラが指した方向を向くと、青緑の山々を越えた先に、さらに高く黒い山があった。
「え、山だろ。アレが」
「よく見ろ、動いているだろ!」
「いや、こっからだとよくわからないけど……マジで?」
シンエイ藩からは距離が遠すぎて、黒い山が動いている様がわからなかった。
つまり、本当に動いているのであれば。
「類を見ないほど巨大なモンスターが、アマノガへと向かってきている!!」
皇位継承戦どころではないほどの災害が、ヒノワ皇国に降りかかろうとしていた。
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