第79話 大使の立場④
アマノガとシンエイを跨ぐ関所を潜り抜けると、そこには一面青緑の山々が広がっていた。
山なりの道を歩いて数十分ほどで、サリエラ達と一緒に居た村人たちの集落が見えてくる。
「それじゃあ、オラたちはここで。頼んましたよ」
法被を着た男衆と天女を模した女性たちが、シンエイの皇子たちに頭を下げる。
ヒロも必ず想いを届けると約束し、大名の城へと足を運ぼうとしたとき。
「ん、ちょっと待ってください」
「どないしたん?」
「農地に対して、村人が少なくないですか?」
「あら、目ざといわぁ」
シンエイ藩の農地は山が多く耕作に向かないため、斜面を削って棚田を築き、農作業を行っている。
道中、両側に段々畑が広がる光景を何度も見て、その度に息を呑んできた。
だが農地で働く人が、そして道を行き交う人が、農地の面積に対して少なすぎると感じたのだ。
「それに、飛脚の方も痩せすぎだ。霞を食って生きていけるわけじゃないのに」
「……それも、これも……大名『ダイリン』が独裁を敷いているから……」
「メチャクチャな増税が起こり、百姓の方々が食べていけない……と」
レティシアも厳しい表情を浮かべ、拳を握り締める。
一刻も早く何とかしなければと一行が決心した、そのとき。
「嫌ぁ!!」
「何だ!?」
耕作地を抜けたあたりで、少女の悲鳴が空気を揺らした。
「お父ちゃん! お母ちゃん!!」
「オラ、早く来んかい!!」
すぐに駆けつけると、岩肌を背に建てられた木の家から、クマが酷く背の高い男に娘が引っ張り出されている有様が目に入る。
「……ここまでしなきゃいけないのかよ」
「ヒノワ皇国で人身売買は全面的に禁止のはずですが」
「……黙認、されてる……じゃなきゃ、食べていけない……」
バケバケも、自分の藩の現状を目に焼き付け、歯茎から血を流さんばかりに悔しさを噛み締めている。
ヒロとレティシアも何とかしたかった。大名の説得と目の前の課題の解決を天秤にかけていた頃だった。
「おいクソ野郎」
サクラが口調を荒くしながら、背の高い男へと間合いを詰め、肩を握り潰さんと手に力を入れていた。
「あァ? オレん物を引っ張って何か文句でも」
「大アリじゃボケ。力比べならアタイがしたるわ」
「びひっ!!」
そして転生者の怪力で男を彼方へ投げ飛ばすと、ボロボロの服を乱した少女へ駆け寄った。
「もうええよ。心配せんでも」
「う、うわぁああああん!!」
「リンリン! ああ、よく無事で……!」
「おいこらカス共。実の娘を売ろうとしとったくせに、ようそんなツラできるな?」
安心して涙を流す少女を優しく撫でていたが、年老いた両親が出てきた瞬間、再び威圧感を出す。
しかし両親も断腸の思いだったのだろう、一度たじろいだ直後、反論する。
「こっちの気も知らないで! 娘を売らなきゃ、一家もろとも餓死にだのに!!」
「せやろなぁ。ようけわかるわ、その気持ち。せやからわっちらが何とかしたるわぁ」
駆け付けたヒロ達を指差し、サクラが妖艶な笑みを見せた。
「お……お願い、します……ダイリン様に、どうか……」
泣き崩れて首を垂れる村人に、一行が背を見せようとした直後。
「家族を売るなんて気狂い、起こすもんやないで」
「は、はいぃ!!」
「ほな行こか〜」
子を売ろうとした親に何度も釘を刺し、ヒラヒラと袖を振った。
「……なんで、わざわざ……」
「バケバケ皇子。あんまり詮索するものじゃないですよ」
「そゆこと、ようわかってはるねぇ」
「……シンエイの現状、わかった……?」
「痛いほど。絶対に変えなきゃダメだな、と」
「はい。うちの殿と大名様、共に人情のある方で良かったと心から思っております」
「……なら、急ごう……道草、禁止……」
「でしたら、城の見える高台を教えてくだされば」
「何すんの?」
花魁が首をかしげつつも、一行は見晴らしの良い高台へと足を運ぶ。
すると、レティシアが両手の親指と人差し指を合わせて城を覗き込み。
「皆さん、私に捕まっていてください」
「あー、なるほど」
「……ふひっ、合法的にレティシアたんのぐえっ!?」
「ヒロはん、このスケベ皇子、担いでくれはる?」
「あ、うん……」
首に手刀を当てられダウンした皇子を担ぎながらクノイチの肩に手を当てると。
一瞬で、青緑の風景が長家の連なる街へと変わり果てた。
「領域を圧縮し、一気に距離を縮めました。ちょっとしたワープのようなものです」
「あら便利やねぇ」
「む、無茶苦茶な応用だ……」
「アンタの能力も便利とちゃいますの?」
サクラが『最強の装備』の能力者へとツッコミを入れていた頃。
ぞろぞろと、青銅の鎧兜を身につけたシンエイの兵士が集り、槍を突き出し侵入者を捕らえようとする。
「貴様ら、どこから入ってきた!」
「隣に居るのはサクラ太夫では!?」
「……ボク達は、負けた……だから、大名様に、降伏をお願いする……」
「あ、バケバケ皇子。いらしたのですね」
「……」
バケバケは更に存在感を消し、閉口してしまった。
「だが貴様らは別だ。シンエイの兵として、通すわけにはいかん」
「……やめてください。お互いのためです」
「やめるわけないだろう!」
「そんな細い身体で、ですか!?」
シンエイの藩民は殆どが細かった。
祭りの季節で貯蓄を食べていた村以外は、兵士も含め、殆ど栄養が足りていない様子だった。
「民だけじゃない、兵も満足に食えていない。なのに、外面だけは良くしている。無茶苦茶です、こんなの」
「余所者が勝手な口を……万死に値する!」
「ああそうだ、勝手な口だ。だからこそ、余所者の俺が大名様に話をつけてきます」
「ふ……ふざけるな、侵入者がぁぁ!」
「すみません、少し寝ていてください。癒師装備」
ヒロが兵士のマナを少しだけ拝借すると、彼らは力なく地面に這いつくばってしまった。
震える彼らに憐憫の感情を目に宿し、ヒロはゆっくりと口を開けた。
「エゴかもしれないけど、皆さんの想いも背負って……行ってきます」
そして目の前にデンと佇む中華風の城の門を開き、中へゆっくりと足を進めた。
「宮殿の中、暗くないですか?」
「……大名様は、無駄を嫌う……」
「せやから明かりも最小限。それでも、何もかも足りひん足りひん、やと」
「本当に足りないのでしょうか、それ」
「……静かに……そろそろお見えになるよ……」
バケバケが口元でバッテンを作り、転生者たちに口を慎むよう警告する。
そして沈黙が宮殿を満たした直後。
両側の松明が、ボッ、ボッと道を作るように点き始める。
「ネズミが四匹、わえの城に迷い込んで立っておる」
炎の道の果てには、四人の身長はあろうかという巨大な足元を包んだ絢爛な衣装があった。
「……カーテン?」
「……違う……これがシンエイの大名様……」
巨人に支配された皇子は震えていた。
「人語を話すネズミなぞ珍しい。飼ってやろうか」
その声には、分厚い年季を重ねた威厳が溢れ出ていた。
「……私はアマノガ藩の者として」
「俺はプロキアの大使として、ダイリン様にお話があり、参上いたしました」
平静を保とうとはしていたが、声の震えが隠しきれなかった。
「……それは、わえをコウ・ダイリンと知っての口か?」
モンスターを彷彿とさせる巨大な女大名が、ヒロ達の前に立ち塞がってきた。




