第76話 大使の立場①
シンエイ藩の転生者『サクラ』が、モリモリが統治するアマノガ藩へと侵攻してきた。
だがそこに駆けつけたのは、サクラ太夫に撃ち落とされたはずのサリエラだった。
「やあやあやあ! 祭りだ祭りだ!!」
「おいやめろクソガキ、それ以上は色々まずい!」
神輿の上で扇子を仰ぎながら高笑いする助っ人を、縁を結びそうな何かを感じ取ったヒロが全力で止める。
「こほん。待たせたな、ヒロ、エリーゼ!!」
「てか、その神輿はどうしたんだよ!?」
「落ちた後に匿ってくれた者たちが提供してくれたのだ! 祭りの季節だからとな!」
「なんじゃそりゃあ……」
曰く、サクラ太夫に撃ち落とされた後、大名の政策を良く思わない村人が助け、匿っていたらしい。
そして隣が、目的の第六皇子が治めるアマノガ藩だと聞き、サクラ太夫の登場に対抗してやるかという村人の提案を、サリエラは嬉々として呑んだ。
よって、派手に着飾った村人と共に、サリエラは風魔術を用いてアマノガ藩へと不法侵入した、とのことらしい。
「……後でお話が」
「後でな! まずはアイツだ!!」
規律を犯したサリエラに、レティシアがわなわなと怒りを向ける。
だが、怒りを覚えているのはレティシアだけではなかった。
レティシア以上の、否、この場にいる誰よりも強い怒りを覚えたサクラ太夫が、地獄の呻き声に近いような低い声で言い放った。
「アタイより目立つなや、クソガキ」
「その呼び方をしていいのはヒロ達だけだぞ!!」
そう叫ぶと同時にサリエラが立ち上がり、杖を上に構えて敵へ飛び掛かった。
振り下ろしは花魁が手にした傘によって防がれ、そのまま杖と傘による乱舞が巻き起こる。
「特級忍法・土遁術」
「想見・構築・発射。第四位風魔術」
互いの武器の先が顔に向けられた瞬間、各国特有の魔術が放たれる。
ヒノワ式魔術の特級は、プロキア式魔術の第四位と同等だ。土砂の波と荒れ狂う風が、真正面から激突する。
だが、相性と魔力の質はサリエラに軍配が上がり、サクラは暴風に吹き飛ばされ、背中から家屋に衝突した。
「ぐぅ……こりゃ強いわぁ、転生者相手にようやるわぁ」
「天才に不可能などないからな!」
「ほな、わっちの能力も披露せんとなぁ」
吐いた血を拭い、サクラは再び人を食ったような笑みを取り戻す。
そして、パンと手を合わせると同時に。
傍観者を含め、周囲全ての人間がサクラ太夫に注目した。
「全ての視線、集めさせてもろたわぁ」
「面白い。口ぶりからすると、収集の能力か!」
だからどうした、とサリエラが杖を向ける。
杖先の宝石が赤色に輝き始めた、そのとき。
「ッ!?」
「あら、わかってはったの。でも上手く防げないのはキツいやろなぁ」
脇腹に強い衝撃を受けたサリエラが、飛び上がり顔を歪ませる。
何が起きたのか確認したくても、顔が花魁の方に固定されているため叶わない。
(なぜヒロ達は……そうか、奴の能力!)
ヒロもレティシアもエリーゼも、意識が花魁に集中させられている。
そのため、サリエラに不意打ちを放とうとしていることすらわからなかった。
「思った以上に厄介だな、その能力!」
「そっちも、随分な胆力で。と、それは嫌やなぁ」
「アイツ、あんな身なりなのに素早い!」
「せめて彼女に起きた異変を確認したかったのですが!」
ヒロが散開して宮廷魔術師を視界に収めようとするが、花魁が屋根に飛び移り、高下駄を鳴らしながら疾駆する。
一方のレティシアはエリーゼを守りつつ、敵の能力の法則性を見出そうとしていた。
(観察しろ。何かあるはずだ、不意打ちのタイミングが!)
ヒロはサリエラの異変を探ることを諦め、サクラ太夫を追い詰める作戦に切り替える。
そして屋根に飛び上がるため、黄色い狩人の装備を顕現させる。
「シッ!」
瞬間、弓の付けられた腕を構え、数十発の光の矢を発射する。
「エグいことしはるなぁ。けど」
だがサクラはニヤリと笑みを浮かべながら、指を密着させた手のひらを差し出す。
すると矢の向きが一点に集中し、そして刺さる前にで止まった。
「ほな、倍返し」
花魁が腕を振るうと同時に、光の矢は踵を返してご主人へと牙を向く。
「想定内ッ!!」
ヒロも負けじと同量の矢を放ち、撃ち落としつつ敵との距離を詰めた。
飛び道具は効かない。ならば拳を叩き込む。
そう振り上げたとき。
「ヒローッ! 砂鉄だぁーーッ!!」
不意打ちの正体を看破したサリエラが叫んだ。
「鉄!? れ、戦士装備!!」
警告を受けたヒロは、咄嗟に防御力の高い紅の鎧兜へと換装する。
一拍おいて脇腹へと引き寄せられるように飛んできた砂鉄の塊は、最強の鎧に弾き飛ばされた。
「あら、バレてまったわぁ」
「手の内は見えた。この悲劇を、ここで」
「手の内ってのは、たくさん用意してこそやろ?」
突然、ヒロの動きが止まった。
どこからともなく現れた、緑髪で右目を隠した細い体躯の男が、二振りの刀を戦士の腹に突き刺したのだ。
「鎧の、上から……?」
「……くたばれ……」
蚊の鳴くような細い声で呪詛を吐くと同時に、刀に力を込めて振り抜いた。
咄嗟に後ろへ下がり致命傷を避けようとしたが、背後に注意を向けられないせいで足を踏み外し、屋根から転げ落ちてしまう。
「流石のお手前やわぁ。バケバケ皇子」
「……ボクの、サクラたんに……手を、出すな……」
「けどなぁ、その言い草ははキショいわぁ」
猫背の皇子に花魁は軽口を返す。
「ヒロ、無事か!?」
「なんとか。だけど」
互いにサクラ太夫を注視しながら声を掛け合うシュールな光景の中、ヒロが冷や汗を垂らしながら白い着物の男を指差す。
「気配断ちだけじゃない、あの刀だ。装備の硬さを完全に無視してきやがった」
「……皇子一人ひとりに配られる秘剣……ボクのは『ヨミノニクヲタチ』……」
二振りの刀に浮かぶ霊魂を模した白磁の模様が、ゆらゆらと淡くゆらめいている。
「……モリモリでは、ボクたちに勝てない……」
「ほな、大人しく降伏しなさいな」
余裕綽々な二人の言葉を受けたヒロは。
「――降伏するのは、そっちの方だ」
命を奪わない勝利条件を受け、解き放たれた獣のような笑みを浮かべていた。




