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第75話 第三皇子の侵攻⑤

 すっかり日が落ちて家屋の明かりが灯り始めた頃。


「お待たせいたしました」


 ヒロはお盆にどんぶりを乗せながら、モリモリがドカっと座する、金銀で装飾された御殿へと馳せ参じた。


「どうぞ、こちらを」


「むぅ!? なんだこれは、汁物か!?」


「これは、まさか……!」


 エリーゼと共に大名や護衛たちの前にも配膳してゆくと、レティシアに思い当たる節があったのか、感嘆の声を上げた。

 それを聞いたヒロがニヤリと歯を見せ、高らかに料理の名を叫んだ。


「そう。日本人ならば誰もが知ってるソウルフード……『ラーメン』だ!!」


「ラー麺!? これは汁物にあらず、麺料理とな!?」


 隠し味に微量の背脂を溶かした、灯火の光を反射して宝石色に輝く淡麗のスープ。

 気合を入れて打った真っ直ぐな細麺と合わさり、啜るごとに旨味を変えてゆく。

 そして具にはハトの味付け卵、細かく刻んだネギ薬草、そしてトロトロになるまで煮込んだ分厚いチャーシュー。

 まさに、ヒロの最高傑作。

 何度もヒロの料理を味わってきたエリーゼにも、そう確信させるほどだった。


「醤油ラーメン……それも、インスタントではないものを」


「正直、手間はかかるさ。でも店に負けないレベルの味は出せてるはずだよ」


「これがオオマノメの新境地……!」


「正直畏れ多いと言いますか、写真に収めたいと言いますか」


「食べないならお先! 豊穣神に感謝を!!」


 息を呑むムネニクとレティシア達にはお構いなしといった様子で、我慢の限界が来たエリーゼが、箸を指で掴みつつどんぶりを持ち上げ、麺ごとスープを口に流し込んだ。

 ゴクン、と旨味の詰まった湯を飲み込む音が響いた後。


「涙出て来た……」


 感激し、ヒロに教えてもらった通り箸で麺を掴み、目の前の食に没頭し始めた。


「では拙者も。う、んまぁアぃッ!!?」


 ムネニクも一番槍を切ったエリーゼに続き、豪快に麺をひと玉掴んで頬張る。

 レティシアに至っては、目を見開きながら流れ作業のようにパッパッ、パッパと箸を進めていた。

 護衛の兵士も盛り上がる中、一人だけ出遅れたモリモリはおろおろと慌てふためいた後。

 意を決したかのように、箸を麺の海に突き刺し、持ち上げ、噛みついた。


「ッ! な……」


 立ち上がり、力が抜けてどんぶりを落とし、一歩、二歩と後ろに下がる。

 そんな殿に皆が注目する中、モリモリは口を大きく開け、叫んだ。


「なんと不味な馳走じゃああっ!!」


「はぁああ!?」


 あまりにも空気が読めていない発言によって、宴会ムードが修羅場と化す。


「嘘を吐くでないぞ殿ぉ!?」


「|こんなに美味しいんですよ《ほんなにほひひいんへふほ》!?」


「いつの間に三杯も!? アタシも、アタシもおかわり!!」


 白い頬にチャーシューの食べ残しを付けたレティシアを見たエリーゼが、空のどんぶりをヒロに差し出す。

 それを受け取ろうとしたヒロを指差し、落としたラーメンを踏み台にしながらモリモリが糾弾した。


「味付けが薄いわ! 精進料理でおじゃるか!?」


「嘘でしょ……」


「いつも粗塩や砂糖なんてものを手掴みで食っているからですぞ! だから舌がバカになっておるのです!!」


「ともかく! 自分で吐いた唾も呑めんとはプロキアの転生者も程度が知れたでおじゃる! 今後ワシの料理はレティシアに作ってもらうでおじゃるからな!!」


 そしてどんぶりを足蹴にし、ぷりぷりと怒りながら出ていった。


〜〜〜〜〜〜


「ってことが昨晩あったんですよ」


「あんのバカ皇子、舌までバカとはたまげたなぁ」


「こんな美味いのにねぇ〜?」


 翌朝、余った食材を使って、ヒロとエリーゼ、そしてレティシアは臨時の炊き出しを行なっていた。

 いかにも古き日本といった服装をした町の人々が、仕事の手を止めて焼き豚の皿を手に談笑する。


「にしても、この雑炊! とんでもなく美味えなこりゃ!」


「豚骨スープを使ってますから。旨味もしっかりバッチリです」


「あの穀潰しがこんなに美味くなっちまって……アンタに譲った甲斐があったってもんだ」


「そう言って頂けると、きっとあの豚も浮かばれるでしょう」


 豚を提供してくれたキノコ屋の親父が、家族の前で男泣きを見せる。


「てか、アンタも配りなさいよ。食べてばっかじゃないでさ」


「私は食べる専門なのでいいのです」


「まだ許可してないぞ〜。働くって言ったのはそっちだろ」


「ぐむぅ……」


「いいじゃねえかナカジマの兄ちゃん、レティシアちゃんは沢山食べてこそ、なんだからよ」


「随分と人気なんですね」


「あたぼうよ! あんたチビ助んとこじゃなく、オラん店の看板娘をやって欲しいってもんだけどよぉ」


「ずりぃぞ、オイラんとこが貰いてえのに!」


 威勢も元気も良い男たちが、互いに笑いながら肩をどつき合う。

 美人で強いレティシアに比べて、ワガママなモリモリは町人から人気がない。

 その意味を、昨日今日だけで非常によく実感していた。


「――あらぁ。戦争中だというのにお祭り騒ぎだなんて、えらい余裕ありますなぁ」


 だからこそ、関所の兵士の士気も低かったのだろう。

 金棒の輪が鳴る音が、町人たちの団欒を引き裂いた。


「ヒィッ!?」


 一斉に棘のある華のように艶やかな声の方を向いた町人たちが、その姿を見た途端に逃げようとする足を振るわせ、動けなくなる。


「……エリーゼ、俺の後ろを離れるなよ」


「う、うん!」


 和やかな料理の雰囲気から一転し、ヒロとレティシアは侵入者に対して厳戒態勢をとる。


「酷いわぁ。まるで妖でも見たかのように」


 笛と太鼓の音と共に、それは列を成したお付きを連れながら現れた。

 鮮やかな紅桜の意匠の着物と、満開の花を模した王冠のようなカンザシ。

 白く塗られた肌に、黒いまつ毛。口紅と同じ髪の色。

 いかにも『花魁おいらん』といった様子の転生者が、外八文字に高下駄を鳴らす。


「……アイツは」


 先頭の美丈夫が金棒と共に持つ提灯に刻まれた名は。

 ヒノワの文字で、『サクラ』を意味していた。


「サクラ太夫……ッ」


「あら、随分とわっちも有名なんやねえ。そういうお前さんらは何処の誰どす?」


「レティシア。アマノガを守る転生者です」


「ヒロ・ナカジマ。訳あってここに流れ着いた転生者だ」


「へえへえ、転生者が二人も。こりゃ、わっちが不利やわぁ。悲しいわぁ」


 よよよ、と袖を口元に持ってきて、わざとらしく泣き真似をする。

 そしてサクラ太夫はすぐに、不適な笑みを袖からのぞかせる。


「けどなぁ。下剋上、燃えるわぁ。好きなんやわぁ、大物狩り」


「なぜ町を……と聞くのは野暮か。せめて場所を変えないか」


「いんや、ここでええわぁ」


 花魁が腕を振るうと同時に、取り巻きが一斉に散らばる。


「みんな揃って、あの世行き。ほな」


 そう、サクラが戦闘態勢に入ろうとしたとき。


「ハーッハッハッハッ!!」


 緊張した空気とは場違いな、クソガキの高笑いが響き渡った。


「何事やの?」


 サクラの顔から笑みが消え、苛立ち混じりの視線を町人の後ろに向ける。

 それと同時に町人、金髪の村娘、そして転生者も視線を向けた。

 そして、その真意を理解したエリーゼとヒロは、仲間のはずの少女に対して心の底からドン引きしていた。


「ハーッハッハッハッ!!」


「――なっ」


 天女の格好をした美女たちが、紙吹雪と共に舞い踊る。

 そして力自慢の男衆によって神輿に担がれながら現れたソレは。


「何やってんだお前ぇッ!!」


 まるで花魁道中に対抗するかのように、扇子を広げて高笑いをする宮廷魔術師クソガキ、サリエラの姿だった。

 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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