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第74話 第三皇子の侵攻④

 豆料理を振る舞うと豪語したヒロは、さっそく城下町の市場に出向いた。


「で、なにを作るの?」


「それなんだけどさ……」


 興味津々といった様子でついてきたエリーゼに、ヒソヒソと耳打ちをする。


「はあぁ!? レパートリーほぼ全滅!?」


「潰すとマナ化しちゃうから、味噌っていう大豆を発酵させた食材も作れないんだ。だから、どうしても醤油ポーションを使ったものになるわけで」


「ヒロも料理で失敗すること、あるんだ」


「そりゃするよ。けど、十分リカバーはできる」


 そうニヤリと笑いながら足を運んだ先は、山で採ったキノコを売る店だった。


「へい、どんなご用で?」


「豚を一頭ください。一等怠け者で、働かないヤツです」


 レティシアによると、ヒノワ皇国では豚を使って山に生えたキノコを採る文化があるらしい。

 そのため五大国の中で唯一、豚を家畜として飼う風習があるらしい。


「そりゃええけど……ほらコイツ。調教でもすんのかい」


「いえ、調理してモリモリ様に献上します」


「豚を調理だぁ!?」


 キノコ屋の親父が心底たまげた様子で、後ろの棚も巻き込んで倒れてしまう。

 そのせいでキノコの入ったザルもひっくり返ったが、素早くヒロとエリーゼが回収し、元に戻した。


「……アンタ、只者じゃねえな」


「料理には自信があるので。舌を唸らせて皇子の減らず口を塞げるか、試してみようと」


 一点の曇りもない眼を見た店主が、ダハっと豪快に笑い飛ばした。


「面白えこと言うじゃねえか、いいぜタダで持ってけぇ!!」


「え、いいんですか!?」


「キノコを探そうともしないタダ飯食らいだ、こっちも厄介払いできて丁度ええってな!」


「ありがとうございます! 料理は町の皆様にも提供するので、是非!」


 脂肪が身体中に張り付いた大柄の豚を受け取ったヒロは、手を振りながら店を後にした。

 だが、店が見えなくなったところで豚が歩くのをやめ、ダルそうに寝転がり始める。


「ありゃ、止まっちゃった」


「仕方ない、いちど涼しい路地裏で一休みしよう。ほら頑張れ〜」


 一休みという言葉に反応したのか、豚がすぐさま立ち上がり、物陰へと入り込み再び寝転がる。


「ここなら見てないな。狩人装備イエローフォーム


「ギッ!?」


 そして計算通りといった様子でヒロが弓兵の装備を顕現させ、豚の眉間に光の矢を撃ち込んだ。

 すぐさま慣れた手つきで鉄の細い矢を差し込み、脊髄を破壊する。


「よし、戦士装備レッドフォームっと」


「生き物を運ぶためだけに最強装備出してんじゃないわよ」


「しゃーないだろ、太りすぎて四百キロはあるだろうし。装備出さないと重すぎて無理だって」


 こうして豚を抱えて城の厨房に持ち帰ったヒロは、手早く血抜きと解体を済ませ、部位ごとに肉を並べる。

 次に使わない部位は冷蔵保存用の宝箱に収納し、バラ肉の塊をアミに纏めてから焼き始めた。


「手慣れてるわね……」


「真央が昔『家畜の解体から料理作って!』なんてワガママ言ってきたからな。それで覚えた」


「……そっか」


「骨は前菜のスープに使ってやるからな。どうか、安らかに」


 そのまま二つ置かれた鍋の一つに骨をガラガラと入れ、強火で煮込み始める。

 すぐさま骨がマナと化し、一気に旨味や灰汁が鍋いっぱいに広がる。

 灰汁をおたまで丁寧に取って捨てる様子を見学していたエリーゼが、ぼそりと声を漏らした。


「ヒロってさ。なんでそんな料理上手いの?」


「そりゃ、なるべく美味しいものを食べたいからな。俺もだけど、何より真央にも」


「他に秘密あるでしょ」


 並行して作っていた茶色い煮汁に豚バラ肉を入れた直後、ヒロは息を吐き、笑みを漏らした。


「やっぱ、エリーゼに隠し事はできないな」


 そして目を伏せ、ゆっくりと目を開ける。


「俺さ。料理は、最大級の命への感謝だと思っているんだ」


「感謝?」


「俺たちが生きるために失われた命を想うと、杜撰ずさんには出来ないからさ。だから、感謝」


 ヒロの視線の先にあったのは、二つの鍋。

 一つは、試行錯誤を重ねて配合された煮汁に入れられた豚の肉。

 もう一つは、豚の生涯を支え続けた骨が、地に根を張っていた薬草と共に煮込まれて出来たスープだった。


「結局、この世界は食うか食われるかだ。生きるために弱い命を食らって、その屍で舗装された道の上に、俺たちは立っている」


「……シノハラみたいなこと言うのね」


「心の底から憎いけど、シノハラとは根っこが一緒だって思ってるからさ。けど、だからこそ。俺は、命に感謝しないとって思ってる」


 ただ食らうのではなく、血肉となってくれる相手に最大級の敬意を払う。

 これが仇敵との違いだろう、とヒロは考えていたのだ。


「命に感謝、かぁ……」


「ただ」


 ヒロの眼に影が落ちる。


「……最近、それが出来なくなっているような気がするんだ」


「どういうこと?」


「バサナとの戦争から、命を簡単に奪えるようになっている気がするんだ。無意識に、敵の命を奪おうとしている気がする。敬意を払えなくなっているような気がするんだ」


 命の線引きも確認せず、太陽鮭の命を簡単に奪おうとした。

 ヒロを試そうとしたレティシアを、一方的に殺そうとした。

 そして、今回。

 悪意なく醤油を飲ませた者たちを、怒りのまま命を奪おうとし。

 咄嗟に、脳裏に浮かんだ『料理』へと矛を変えたのだった。


「……俺は」


「どんなことがあろうと、ヒロはヒロよ」


 だが、エリーゼは断言した。

 アタシが一番アナタを知っている、と言い切るかのように。


「……そうなのかな」


「クルトを、仲間を、そしてアタシを全力で守ってくれる。だからアタシも、ヒロを全力で信頼できるの」


「……はは」


「そんな貴方が好き」


「本当に気持ちが良いくらいに言い切ってくれるよな」


「じゃないと響かないでしょ、アンタには」


 こりゃ勝てないやと言わんばかりに、ヒロは後頭部をかいた。


「ありがと。どうしようもなくなった時は、頼むわ」


 エリーゼが「当然」といったような笑みを返すと、調理場に置かれた見慣れない茶色の箱を指差した。


「で、その四角い箱は何よ」


「ああ、これ?」


 ヒロが角の丸っこい小型の金庫のような箱を手に取り、平然と口を開いた。


「ヒムラの遺物ドロップアイテムから作られた熟成器だよ」


「……は?」


 エリーゼは絶句した。

 かつてバサナで助けてくれた、老化の能力を用いる転生者。

 そしてモンスター化させられ討伐された後、ヒロに看取られた転生者。

 そんなエリーゼの恩人の遺物から作られた便利道具を、平然と使っている様子が信じられなかった。


「これで醤油を熟成させて、あと焼豚に味を染み込ませる。アイツの命、最後まで大切に」


「しゃーーっ!!」


 突如、エリーゼが猫のように飛びかかり、爪を立ててヒロの顔を引っ掻き始める。


「人の心とか無いの!? だって、え、だってあんな別れ方だったでしょ!」


「痛ててえ!?」


 結局ヒロがエリーゼを宥める頃には、すっかりスープが煮詰まり始めてしまっていた。

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