第73話 第三皇子の侵攻③
「……ぅう」
ヒロが目を覚ますと、木造の天井が目に入ってきた。
身体の感触から、どうやらレティシアによって布団に寝かせられていたのだなと知覚する。
そして布団の寝心地や畳や襖の質から、また助けられたのだと判断した。
「やっと気が付きましたか」
白い髪をポニーテールに結んだ、水晶のように綺麗な瞳を持つ少女が、正座をしながら顔を覗かせる。
「……真央……じゃないな」
「二回目ですよそれ」
寝ぼけたヒロに、レティシアが半目でツッコミを入れた。
「てか、腹の傷」
「はい、完治しました。この方のおかげで」
レティシアが指し示すと同時に、金髪を三つ編みにした少女が襖から顔を覗かせ、すぐに駆け寄ってきた。
「ヒロ! よかったぁぁ……」
「エリーゼ、生きてたのか!?」
「ええ。ただ、サリエラが……!」
「サリエラがどうしたんだ?」
一緒に飛ばされたはずの宮廷魔術師の安否を問うと、エリーゼは焦ったように口を開けた。
「撃ち落とされたの! 雷の砲弾で!!」
「嘘だろ……!?」
聞くところ、大嵐に巻き込まれる中、戦闘力を持たないエリーゼはサリエラにキャッチされたようだ。
投げ出された後も、その勢いを利用して空中浮遊を続けていたらしい。
だが、モリモリの居るアマノガ領と、第三皇子の居るシンエイ領の関所が見えたところで、雷の能力による砲弾がサリエラを襲ったのだという。
「なんか、黒い塊が雷を纏っていて、それでサリエラの防壁も軽々と突破して……!」
「だからアマノガ側に落とされた、と。そしてサリエラという方はシンエイ側に落ちたのですね」
確かに関所の兵士が連れてきたのと一致する、とレティシアは納得する。
「ええ。でも、アレは一体なんなの?」
「鉄砲……いや、電気で加速しているからレールガンか?」
「ソレは拙者が説明させていただきますぞ、御客人!!」
突如、襖から爆発したような音が部屋中に広がり、それに負けないほどの大声が鳴り響く。
三人とも肩を振るわせながら音の方を見ると、チョンマゲ頭の爽やかな顔をした大男と、彼を止めようとするモリモリの姿があった。
「え、えぇ?」
そのチョンマゲ頭の男の姿を見て、ヒロは頭が真っ白になっていた。
「なんで裸なのぉ!?」
なぜなら、彼は白い褌のみを身につけており、パンプアップした上半身がモロに露わとなっていたからだ。
湯沸かし器のように顔を赤くしたエリーゼが、地面に落ちているものを徐にマッチョへと投げつける。
「えっち! 破廉恥! バサナ出身なの!?」
「はっはっは、元気があるなら何だって出来ますな!!」
「ほら見たことか! だから出てくるなと言ったでおじゃる!!」
チョンマゲが筋肉の鎧で布団や枕などを弾き飛ばし、モリモリが巻き添えを喰らい倒れてしまう。
「あ、貴方が、藩主様……?」
「おっと申し遅れました! 拙者、アマノガ藩主、タカハナ・ムネニクと申しまする。以降お見知り置きを!!」
「は、はい……自分は」
「ヒロ・ナカジマ殿にエリーゼ・ワァグナー殿ですな!」
「あ、はい」
ペースが全く掴めず、とうとうモリモリのほうがマシじゃないのか、とヒロは思い始めていた。
「その砲撃を放った転生者は『サクラ』なる転生者でござりまする!」
「それで能力は?」
「わかりませぬ!」
「わかんねえのかよ!?」
ムネニクが自信満々に調査不足を宣言したためか、ヒロが敬語を忘れてツッコミを入れてしまう。
「なら何で撃ったってわかるんですか!」
「それが奴の最終奥義でござりまする故。何らかの能力で黒い塊を集め、砲台を作り、雷神の力を借りて敵を撃ち抜く。それと厄介なことに、一度砲台を作ってしまえば暫く連発できてしまうのです」
「んだそりゃ、無茶苦茶な……」
「ですがご安心を!」
ムネニクが発達した胸を、ドンと拳で叩く。
「聞いたところ、ヒロ殿はオオマノメを倒されたとのことで! このヒノワでは、エダマノメやオオマノメを討った者には、特上の料理を振る舞う風習があるのです!」
「え、そこに何の安心要素が」
「口に入れれば力がみなぎる至高の料理! これにて、敵を破壊する力を得られるということです!」
「別に俺は破壊したいわけじゃ無いんですけど……」
「まあでも強くなれるならいいでしょ! ヒロのレパートリーも増えるし!!」
「まあ強くなれるってのなら……」
「決まりですな! では宴会場へ参りましょうぞ!!」
期待に胸を膨らませるエリーゼとムネニクのテンションに押されながら、ヒロは疲れの残る身体を引きずり宴会場へと足を運ぶ。
金色の屏風の置かれた豪勢な会場に入ったヒロを迎えたのは、あまりにも不釣り合いな物が乗せられた膳だった。
「……え、塩茹でしてカットしただけ?」
「はい! エダマノメの実でござりますぞ!」
それは膳よりも遥かに大きい、八分の一にカットされたマノメの実だった。
外も中も枝豆やそら豆のような色をしているが、規格外な大きさのスイカを彷彿とさせる形状をしているため、一目では何が乗せられているかわからず混乱は必至だった。
「これが、ヒノワ皇国の料理……!」
「いや塩茹でカットだからね? 食材が珍しいだけよ多分?」
物珍しい光景に目を輝かせるエリーゼに、ヒロが冷静なツッコミを入れる。
「ささ、そのまま齧り付いてくだされ!」
「あ、うん。いただきます」
そして流されるまま、マノメの下部を持ち、口いっぱいに噛み締める。
すると、シャク、シャクという気持ちのいい食感と共に、爽やかな甘味と丁度いい塩気の合わさった風味の良い味が脳を駆け巡った。
「うまっ……!」
「そうでしょう! 選ばれし戦士のみが口にできるヒノワの至宝、たんとご賞味くだされ!」
「え、アタシも食べたいです!」
「申し訳ござりませぬ、これはマノメを倒した者しか口に出来ぬ決まりです故」
「えぇ、嘘ぉ……」
「塩茹で以外で調理したものは、ワシ達も食べられるでおじゃるよ!」
「本当!? ならぜひ食べたいです!」
ヒロが舌鼓を打つほど美味しい食材を使った料理に、エリーゼとモリモリは今すぐにでも食べたそうにヨダレを貯め始める。
そう外野が盛り上がっているうちに、ヒロは巨大な実の塩茹でを完食し、口を拭って手を合わせていた。
「ご馳走様でした! あと、すっごい元気になりました!!」
「マノメは良質なマナの塊、摂取するだけで力が漲るのは当然です」
「レティシアさんも食べたことあるんだっけ」
「はい。エダマノメ料理であれば」
「エダマノメ料理? ってことは、オオマノメ料理も!?」
「もちろん、ご用意しております!」
「おおぉぉーー!」
すっかりマノメの味を気に入ったヒロは、さらに上質な料理が登場すると聞いてテンションが極限まで高まっていた。
多岐にわたる調理法のある、最高級の大豆を使った料理だ。
いったいどんなものが出てくるのかと、ヒロは頭の中で予想を始めていた。
「お待たせいたしました!」
だが実際に出てきたものは、ヒロが想像もしなかったものだった。
「オオマノメポーションでござります!!」
「……嘘だよなオイ」
透明なビンに入った黒い液体が、目の前の膳にドンと置かれる。
そこから香る、前世で嗅ぎ慣れた調味料の香ばしい匂い。
一気にヒロの顔の輝きが消え、色が青くなってゆく。
「ささ、一気にグイッといってくだされ!」
ムネニクはヒロに、日本でいう『醤油』のイッキ飲みを勧めてきたのだった。
「まさか原液で飲めとか言わないよな」
「それ以外なにがあるのでしょう!」
「あるだろ! せめて薄めろよ、じゃなきゃポーションじゃなくて毒だろうが!!」
「ヒロ様、こちらは純然たるポーションです。一杯グイッと」
「そうよヒロ! ポーションならアタシも勉強したいし、グイッと!!」
「そうですぞヒロ殿、グイッと!!」
「お主はオオマノメを倒した勇者でおじゃる。男を見せるためにも、グイッと!!」
「ピィッ」
〜〜〜〜〜〜
「……ぅう」
ヒロが目を覚ますと、木造の天井が目に入ってきた。
身体の感触から、どうやら気を失った後、布団に寝かせられたのだなと知覚する。
そして布団の寝心地や畳や襖の質から、同調圧力によるイッキの後、吐瀉物を撒き散らしてしまったのだと判断した。
「ヒロ、大丈夫!?」
「あのポーションが実際に飲まれるところは初めて見ましたが、まさかこうなるとは」
「……頭おかしいだろ。醤油を原液でイッキさせるとか、道徳とか無いのかよ」
オオマノメを倒す者は極めて珍しいため、このような無知による惨劇が生まれたのだと、レティシアは推測した。
だが、その程度でヒロの腹の虫は治らなかった。
「キレたぞ……お前らに、『本物』の大豆を使った料理を見せてやる」
「えぇっ、本当!?」
エリーゼの声には、困惑よりも期待の色が強く出ていた。
「覚悟しとけ。絶対に舌鼓を打たせてやるからな」
程度を知らない異国の民に対する負けられない戦いが、いま始まる。




