第71話 第三皇子の侵攻①
大嵐に遭いヒノワ皇国の竹林に飛ばされたミライは、同じく飛ばされた白い狼のマオと合流した。
そして衝撃を防ぐために魔力を使い果たしたためか、マオの言葉を翻訳できるようになっていた。
「初めて、話せた」
「だね〜」
「というか、めちゃくちゃ声綺麗……でも何で今まで話せなかったのかわからない」
「わたしの能力で、翻訳は無効になってたし」
「いや、モンスターと自体初めてなんだけど」
「そりゃきっと、ミライちゃんのレベルが上がったからでしょ」
「レベル?」
「ほら、RPGとかであるじゃん」
なおも首を傾げるミライに、マオが補足する。
「わたしも、他のモンスター食べ続ける生活を送っていたら能力使えるようになったし。経験値を溜めるとレベルアップできる、基本中の基本じゃん?」
「だからヒロに魔力を?」
「うん。尋くん、ずっと無力なことを嘆いてたし。だから、ちょっとお手伝いをってね」
「好きなんだ。ヒロのこと」
「好きってものじゃないよ」
あまりにも真っ直ぐな瞳で、マオが返す。
「わたしの全て」
「全て、って。ならどうして」
「待って」
マオが顔を向けて指し示した先には、三メートルはあろうかという細長いタツノオトシゴのようなモンスターが飛び跳ねていた。
ちょうど竹藪が保護色となっているため、ミライは怪物から目を逸らすまいと視線を釘付けにする。
「……モンスター」
「だね。少し様子を見よう」
そのまま二人はしゃがみ、気配を殺す。
「ミライちゃん、あのモンスターの翻訳って出来るよね」
「……ノイズみたいな声しか聞こえない。マオの声しか翻訳できない」
「ぅえ、そうなんだ」
マオが拍子抜けといった声を漏らした瞬間、モンスターの動きが変わった。
ゆっくり飛び跳ねていたソレが突然前のめりになり、身体をバネのように縮めて射出させた。
そして、その先には簡素な服を着たヒノワの平民が居る。
「人が喰われる!」
「待って」
「どうして!」
すぐさま助けに入ろうとするミライをマオが静止する。
「わたしたちは鎖国中の皇国に密入国してきたし、見つかるとまずいよ」
「だからって見捨てられない」
幸い平民が腰を抜かしたおかげだ突撃を避けられたため、少し時間の余裕ができたミライはマオに注意を強く向ける。
(モンスターが成長すれば、手に入る経験値も多くなる。そうすれば、尋くんをもっと強くさせてあげられる)
「っ、貴方……!」
「ありゃ、そうだったね。ミライちゃん、心が読めるようになったんだっけ」
「知らない!」
身勝手な理由で被害を出すわけにはいかないミライが足から火花を出しながらスタートを切る。
そして、すぐさま獲物を捕食しようとするタツノオトシゴの前に躍り出た。
『痺れろ』
先手必勝と言わんばかりに雷撃を放ち、敵の身体を焦がそうとする。
しかし有効打にはならず、極限までバネのように身体を収縮させたモンスターが、ミライへ向けて突撃の姿勢を取ろうとした。
「あ、貴方は」
「そんなことはいい。真っ直ぐ家に帰って」
「は、はいぃ!」
一瞥すると同時に平民が四つん這いになりながらも急いで逃げ出した。
同時に、ギリギリまで絞った身体を射出し、まるで音速のミサイルと言わんばかりの突進を繰り出した。
『鉄壁よ、出よ!』
標的となったミライは、自身の目の前に分厚い鉄の壁を発現した。
そしてモンスターの身体は鉄壁に激突し、反動でひしゃげ、そのまま破裂した。
「敵の撃滅を確認。遺物、回収完了」
一面に飛び散った緑の肉片や血から、古い子供向けオモチャの部品を彷彿とさせる遺物を回収した。
そのまま、後を追ってきたマオを睨みつける。
「あちゃ〜、もったいない」
「どの口が! そうやって人を見殺しにして得た魔力で、ヒロを!!」
「怒る気持ちもわかるよ。でもヒノワ人は尋くんに関係ないじゃん」
「関係って……!」
「実際、灰の村ではこんなことしなかったし。わたしも転生してからは人を殺してないしね」
「……貴方まさか」
あまりにも平然と言葉を並べるマオに恐怖を覚え、ミライがジリジリと後ろへ下がってゆく。
「流石に全員じゃないよ? どうしようもないやつだけ」
一歩、前に出る。
「尋くんはね、わたしたちの夢を叶えるために自分の人生を賭けられる、最高に優しくてカッコよくて可愛い勇者様なんだよ」
二歩、躍り出る。
「だからわたしも強くなった。わたしのほうが強くなった。姫として、降りかかる火の粉を払い続けた」
「なら、どうしてシノハラなんかと……!」
「それも仕方なかった。わたしとタイマンとかいう下らないことをしたいがために、尋くんに危害を加える、なんてほざいてきたから」
距離は詰まらない。広がらない。
だが、ミライは一歩、また一歩と後ろへ下がり続ける。
「さすがに官僚の息子である篠原響弥が消えたら、今までのこともバレるもん。それで尋くんに累が及ぶのは嫌だから」
「ッ……!」
ミライは足を止めた。そして俯き、声を絞り出す。
「よくわかった……貴方が、ヒロを凄く想っていることも」
「当たり前だよ」
「そして、どうしようもなく壊れていることも」
マオも足を止める。
そして自嘲気味に声を吐き出す。
「……そうかもね。わたし、壊れてるのかもね」
だが、さも当然と言わんばかりにマオは顔を上げた。
「だからこそ、尋くんと居なきゃダメなんだ。普通の感性を持った尋くんと居なきゃ、わたしは本当にどうしようもなくなっちゃうから」
「……ふざけないで」
「ふざけてなんかないよ」
「勝手に人の命を奪うって。それ、ヒロが一番嫌いなことだって、わかってるでしょ!」
「……」
マオが一瞬、怯んだ。
「それを話せない、隠している貴方に」
そして息を荒げながら、ミライが真っ直ぐ言い放った。
「ヒロと一緒に居る資格なんて、ない」
風の音も聞こえなかった。
竹の葉が擦れる音がすると同時に、マオは震える口を開けようとした。
「……ありがと」
「違うでしょ。貴方は」
「わたし、目標ができた」
「……は?」
予想外の答えが返ってきたためか、再びミライは一歩後ろに足を進めていた。
だが目の前の少女に、マオは真っ直ぐ言い放った。
「必ず人間に戻る。そして、自分の言葉で伝えなきゃ。今までのこと、全部」
「……そう」
「だからさ。このこと話したら」
一瞬で視界が狼に侵略された。
「貴方の遺物を砕くから」
「――」
ミライは心の底から恐怖を覚えた。
捕食者の低い言葉が骨の髄まで響き渡り、尻餅をついていた。
「や、やや、約束。する」
「ワゥワゥッ」
そしてマオの返答は、魔力が戻ったため意味を感じ取れなかった。
どんなモンスターよりも凶悪な狼の真意を垣間見たミライは、自身の手を見る。
(私には、貴方が信用できない)
いつか絶対、マオをヒロから遠ざける。
そう決意させるには十分だった。




