第65話 大国の秘宝⑤
口先をレイピアのように尖らせた、百メートルはあろうかという程の大魚。
大空という海を泳ぐ白金の鮭が、大気を軋ませるほどの咆哮を上げながら姿を表した。
「もはや怪獣だよねこれ」
「ミライは置いておいて……ヒロ、知っておるのか!?」
「前にジークが倒した、月鯨と同時期に現れたモンスターみたいな奴だよ。たしか白猫の爪団での報酬は十五万ギル、そして遺物を含めると五十万ギルの大物だった気がする!!」
「そんな化け物と鉢合わせてしまったというのか我々は!?」
戦慄するウォルター達を視界に捉えた太陽鮭は、身体を横回転させて何かを宙にばら撒く。
よく見ると、それはバランスボールほどの大きさをした赤い球体だった。
宝石のように輝くソレは、地面に着弾すると同時に爆発し、中に潜んでいたヤモリのようなモンスターを出して獲物へと襲わせる。
「え、鮭だよねこれ。爬虫類出てきてない?」
「ともかくエリーゼはワタシの後ろへ! 第五位土魔術!!」
瞬く間に魔術礼装へと着替えて杖を装備したサリエラが、砂を触媒として城と城壁を作り上げた。
小型モンスターが壁に突っ込むが、砂の壁に埋もれて窒息し、遺物を遺してマナへと還ってゆく。
「……一体どれだけの命が、コイツの召喚で失われたんだろ」
「いまソレを言っている場合ではないだろう!」
アルテンシアとは別の世界から回収された魂の塊を見てヒロが呟くが、壁を張っているサリエラがツッコミを入れた。
「でもどうすんのよ。アレじゃあラチがあかない!」
「このまま籠城ともいくまい。食糧とサリエラの魔力が尽きる」
「……ん、食糧?」
ミライが何かを思いついた様子で、ヒロの肩をチョンチョンと突く。
「ヒロ。塩ジャケ、食べたくない?」
「なるほど。いいねそれ」
「はぁ!? モンスターを食べるってのか!?」
「共喰いを気にしているのなら、私たちが遺物の魔力を糧にするのと同じ」
ウォルターの嫌そうな顔を横目に、ヒロが最強装備を顕現させようと息を吸う。
だが、白い狼のマオが何か言いたげに吠え出した。
「ワォウォン!!」
「え、真央。その装備だと、あまり勝算が」
「バゥウ!」
「……わかった。それなら」
「え、言葉通じるの?」
「言葉が分からなくても、心は通じる!!」
幼馴染の指示に従うようにして、ヒロが右の人差し指を天井に突き立て、それを太陽鮭へと向けるように下ろす。
「狩人装備!」
まるで何かを発射するように右手を上げると同時に、ヒロとマオの身体が黄色く光り輝いた。
顕現せしは、クロスボウを腕に担いだ狩人の装備。
そして、その相棒となる狼に付けられた、黄金の鞍だった。
「へぇ、狩人装備を出したら、真央に乗れるようになったのか」
「ワゥ!」
自身の能力の成長に興奮した様子で、ヒロはマオに跨り、しっかりと掴まった。
「ヒロ、さっき魚を食べると言ったが、どうやるんだ!?」
「バサナの、肉の加工をする技術と原理は同じだよ。マナは生物の想いによって形を変える。だから、死んだと思わせないように即死させる」
「矛盾してないか!?」
「かなり残酷だから、目を瞑っていた方がいいかも」
「いいや、今から食す物に目を逸らすなど御法度だ」
「サリエラならそう言ってくれると思ったよ」
ふと微笑みを返した直後、マオは砂の城の天辺を踏み締め、大きく跳躍した。
狙いが悟られないよう、イクラ爆弾や身体に向けて光の矢を撃ち続ける。
そして弾け飛んだ瓦のようなウロコやイクラ爆弾を足場にし、上へ、上へと向かってゆく。
「まずは、脳を破壊する」
太陽鮭の頭を足蹴にして上を取ったところで、ヒロがクロスボウに光を最大まで集約し、発射する。
光の矢は鮭のコメカミを打ち抜いた。
そして動けなくなった大魚が、海に向かって墜落する。
「これだと、脳が再生したら再び動き出す可能性があるし、死を自覚させたらマナ化する。そうならないよう、今のうちに血抜きをして失血死させる」
海上で痙攣する鮭の上に降り立ったマオが、ヒロの指示通りにエラの内部を爪で引き裂く。
すると海に鮭の血が噴水のように噴き出してゆく。
「最後に、神経締めだッ!!」
そしてヒロが腰にある矢を取り出し、槍のように構えて眉間に突き刺した。
鮭は数度ビクンと痙攣した後、身体を真っ直ぐに動かなくなった。
「よし。これで、この鮭はバサナでいう遺体になった」
「嘘だろう!? これ、死んでるのか!?」
「まあな。ほら、目の色が変わって中央を向いてる。それに口も開いてる」
「そう言われても、ワタシは魚に関して無知だぞ。生でも食えるのか?」
「どんな寄生虫が潜んでいるかわからないから、よく焼かなきゃね。とりあえず陸に運ぶの手伝って」
「む、わかったぞ!」
言われた通り、サリエラが土魔術で砂のゴーレムを作り出し、鮭を陸地へと丁寧に運んだ。
無事着陸した鮭にヒロがナイフを入れると、中からウネウネとした身体の長い虫が這い出てくる。
「うえぇ、巨大なアニサキスだの何だのがてんこ盛りだ。これ、戦士装備の剣で焼きながら切った方がいいかもな」
「やっぱり食べないほうがよいのではないか!?」
「ここまでやったんだし食べなきゃ勿体無い」
「ミライ、貴様はそういうキャラであったか?」
目を輝かせて涎を垂らすミライに、ウォルターが引き気味な視線を送っていた。
「よし……何とか解体できたぞ。みんなは即席でデッカい物干しを作ってくれるかな?」
「いいけど……どうして?」
「このメチャクチャに余った切り身を天日干しにして、保存が効くようにする。ほら、バサナでも肉の干物が出てきたじゃん?」
「そっか! それの魚版ってことね!!」
エリーゼが納得したように手を打ち鳴らし、テキパキと仕事を進めた。
「よし、っと……まあ俺らは食べる前にヒノワへ行っちゃうだろうから、ヴォルフガング家の人か代行者に回収させて、街の人たちに提供しようかなって思ってるけどね」
「もの珍しい魚の干物であるからな」
「儲かる、儲かる」
青髪の貴族と翻訳の転生者は、目の前に広がる高級品のカーテンに目を輝かせていた。
そうこうしているうちに、木の棒に刺して焚き火で焼いた鮭がすっかり出来上がっていた。
「よし、食べるか!」
「魚なんて食べるのは初めてだぞ! では――」
サリエラ達が大きな口を開けて食べようとした、そのとき。
触れたもの全てを切り裂く突風が、一行に襲いかかった。
「あぁぁ、魚がー!?」
「これは斬撃か!?」
「何奴だ! 姿を現せ!!」
エリーゼを庇ったウォルターが吠えた先に、刀を片手で構えた黒髪の男が立ち塞がっていた。
長い髪を後頭部で纏めた、切れ長の目と顔立ちをした美丈夫だった。
ヒロ達の世界で言う『和風』といった様子の深緑色の服装を纏っており、それは周囲に数十名ほど侍らせた笠を身につけた従者も、色合いこそ違えど、おおよそは同じだった。
「……貴様が、ウラカワ・モリモリか?」
「否。あのような品の欠片も無い者と一緒にされては困る」
「ってことは、もっと上の位ってことか?」
「応。朕はヒノワ皇国が第一皇子、ウラカワ・シゲシゲ」
ヒロの問いに答えたシゲシゲが、刀の切っ先をプロキアの人々へと向ける。
「又、鎖国を脅かす貴様らの首を断つ者だ」
「いきなり随分な出迎えだな……!」
皇国へと入る前から、至高の侍が行手を阻んできた。
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