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第60話 二人の絆⑥

「……ぅう」


「!」


 ヒロが目を覚ましたのは、ギルド『白猫の爪団(キャトナイラ)』に借りている自室のベッドだった。

 陽光がカーテン越しに差し込み、ずっと看病していた少女を照らしていた。


「ミライ、俺……」


「……!」


 今にも泣きそうな表情を浮かべながら、ミライがヒロを抱きしめる。

 

「よかった。目、覚ましてくれて、よかった……!」


「……俺」


 ヒロの震える手を握り、額に押し当てる。


「何も言わないで。大丈夫、大丈夫だから……!」


「ありがとう。でも」


「仕方なかったんだよ……だって、そうじゃなきゃ」


「心では、わかっているんだ。命の線引きを越えて、プロキアの兵士たちを平気で殺して。大将首が取られて目的を失ったのに、それでも戦争を止めようとしなかった」


 戦争で命が失われるのは当然だ。

 だからこそ、戦争が日常であってはならない。

 ヒロは先導するキョウヤを倒したが、戦争は止まらなかった。その結果、多くの獣人ニュートを葬ってしまったのだ。


「何人殺したかわからない。羽のように軽く命を扱って、数えきれないほどの命を散らした。仕方なかった、なんて言葉で割り切りたく無いんだ」


「それは誰目線の想い?」


「……えっ?」


 いつも大人しかったミライの問いに、ヒロは思わず目を丸くした。


「私たちにとっての勇者は、敵にとっての愚者。価値観の違う命をどっちも背負おうって思ったら、それこそ矛盾しちゃうよ」


「……」


「それに、マオに頼まれたんでしょ。なら、マオの望む勇者にならないと」


「おいちょっと待て」


 ヒロが違和感を感じ、目を細める。


「俺、いつ真央と勇者になる約束したって言ったっけ」


「私、心が読めるようになった。それで見た」


「勝手に読んでんじゃねえ、プライバシーの侵害だぞ!? デリカシーとか無いのか!?」


「こうすれば、コミュニケーションで齟齬そごも起こらない。やったね」


「やってねえよ!」


「はい、いま『齟齬起きてたろ』って言おうとした」


「それマジでやめた方がいいぞ! 俺だからいいけど嫌がられるから!!」


「むっ」


 結局コミュニケーションが苦手なことをツッコまれたミライは、頬を膨らませて不機嫌であると抗議する。


「つーん。せっかく励まそうとしたのに」


「うん、マジでありがとな。だいぶ救われたし、本調子に戻ってきた」


「ほんと?」


「当然。俺、こんなに沢山の人に助けられてきたんだなって。何度も、実感させられちゃって」


「はい泣かない」


「今ので涙ないなったわ」


 心を読まれて感傷的な雰囲気が台無しになったところで、バーン、と壊れるほどの勢いでドアが開かれた。


「ヒロー! ゆで卵買ってきたぞー!!」


「起きないと、僕たちで食っちゃうぞー?」


「全く、貴様らは……おいヒロ、食材はあるから飯の支度をせよ」


「アンタら人の心とかある!?」


「お、みんな。見舞いに来てくれたのか」


 食材や花を手にしながら、エリーゼ達がズカズカと入ってくる。

 しかし、まさかヒロが起きているとは思わなかったためか、ジーク以外の三人は手に持ったものを落として、呆然としていた。


「ビロがぼぎだあああああああああ!!!」


「ぐぇっ、締まる締まる!?」


「エリーゼが一番うるさいじゃん」


「ねえ。ヒロから、離れてほし」


「ミライー? 起きたら即連絡、ワタシは言ったはずだぞー?」


「ヒュ」


 上司から詰められたミライの口が、バッテン印のように萎む。


「待って、俺どれくらい寝てたの?」


「ざっと一週間だな」


「一週間も!?」


「その間、狼のモンスターは我の屋敷で保護していたから安心しろ」


「マジでありがと! 心配だったんだよ……」


 ウォルターの粋な計らいに、ヒロが胸を撫で下ろす。


「当然だ、ヒロは最大の功労者なのだからな」


「ウォルター卿、ヒロにその話は」


「大丈夫。ミライのおかげでな」


「うそぉ!? アンタ、えぇ!?」


「ぶいぶい」


「アハハ! ミライも一皮剥けたってことだなぁ!!」


 無表情のままダブルピースを作るミライに、エリーゼが仰天し、サリエラが腹を抱えて笑ってみせる。


「なら話は早い。身支度をしたら広場へ来い、皆がヒロを待っている」


「俺を?」


「戦争で勝ったら、最大の功労者が勝利宣言をするのが通例なんだ。僕も、何度もやったことだしね」


「……わかった。すぐ準備するよ」


 胸に拳を当てて返事をすると、すぐにウォルター達は王国兵たちを集めに出向いた。

 そして暫く身支度をしてから外へ出ると、生還した王国兵たちが道を示すように整列し、その外で町人たちが祝福を贈っていた。


「バサナから守ってくれてありがとー!!」


「勇者ヒロ、ばんざーい!!」


「……!」


 勇者。確かに、ヒロはそう呼ばれた。

 幼き頃に真央と約束し、前世では決して叶わなかった夢。

 ワァァッという歓声を受けながら栄光の道を踏み締める一歩は、とても重く、そして、魂を震わせるものだった。


「……なったんだな。俺、本当に、勇者に」


 しみじみと噛みしめ、特設された壇上へと立つ。

 先程までとは一転して静かになったプロキア国民へ向けて、ヒロが静かに口を開く。


「俺はずっと、勇者になりたかった」


「はじめは、幼馴染の真央との約束だった。剣と魔法で人々を助ける、そんな勇者になりたかった」


「前世では叶わなかったけど、こうして勇者って呼んでくれて……正直、嬉しさと恥ずかしさ、そして後ろめたさが混じったような、複雑な気分なんだ」


 恥ずかしそうに、ヒロは頬を掻く。


「ここに立っているってことは、俺はプロキアの転生者として、沢山のバサナの獣人を殺したってことだ」


「確かに、最初に仕掛けてきたのはバサナだ。ここにいる人々の中には、家族を殺された人も多いと思う。俺も、第二の故郷を滅ばされた」


「だけど、バサナのほうも同じなんだ。戦士一人ひとりに家族が居て、信念を持って戦った。俺たちに大義はあるけれど、それでも、命を奪い、数多の悲しみを生んだことに変わりはない」


「だからこそ、言えることがある」


 すうぅ、と肺を満たすほど息を吸い、明日を照らすほど自信に満ちた笑みで宣言する。


「戦争が終わって良かった。最後まで生き残ってくれて、本当に嬉しい。そして――」


「俺たちの、プロキアの勝利だ!!」


 城下町が歓声で満ち溢れた。

 紙吹雪が舞い、勝利を分かち合い、勇者の栄光を共に讃えていた。


「お疲れ様。凄くサマになってた」


「カッコよかったぞ、ヒロ!!」


「ありがとう。少しは、勇者に近付けたかな」


 照れを隠すようにヒロが微笑む。


「これからどうするの?」


「それなんだけど、まだやりたいことは沢山あるんだ」


「ふむ?」


 首を傾げるミライとサリエラに、ヒロが続ける。


「真央を人間に戻す。モンスターを転生者にする方法、あるはずだから」


「おぉ? そりゃまた凄いこと言ったな!?」


「真央も見つかったし、シノハラも倒せた。そして、勇者になれた。夢は叶ったけど、その度に、次の夢が出来ちゃって」


「貪欲だね。私もだけど」


「だから次は、人間に戻った真央に直接伝えるんだ。勇者になったよ、って」


「長い旅になりそうだな」


「ああ。だけど、俺なら出来る」


 自信に満ちた決意を聞き届けた二人は、呆れたように笑みを浮かべる。


「俺ならじゃなくて、俺たちなら。でしょ」


「ワタシも、異世界召換術式の秘密を広めた責任がある。共に行こうじゃないか!!」


「ありがとう。共に行こう、みんな!!」


 三人は手を合わせ、次なる明日へと足を運ぶ。

 その先に、より良き未来があると信じて。

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