第59話 二人の絆⑤
ミエコ・ミナイは駆けていた。
戦闘の邪魔にならないよう離れてから暫く経ったため、いつも通り勝利を一番に見なければと足を進めていた。
「もうそろそろ、だよね?」
文武両道才色兼備たる城山真央のオマケに、響弥が負けるはずがない。
絶対に大丈夫。そう確信していた。
「きょーや、だいじょ……!?」
そして、信じ難い光景を目にしてしまった。
キョウヤの身体はマナに還り始めていた。
必死に治そうとしてはいたが、桜色の傷が復活を許そうとしなかったのだ。
「ま、だ……終わりたく、ねェ……!」
「きょーやぁ!! なんで、どうして!?」
「やっと、やっと現れた……オレより、強ェ奴……超えて、オレは、最強に……!」
「そうだよぉ! まだ終わってなんかない、だから死なないでよぉ!!」
美恵子は常に彼の側で見ていた。
どんな分野でも自分よりも強い人間に立ち向かい、何度負けても最後には勝つ。
だからこそ、今度も大丈夫だと信じていた。
「……まだ、オレは、負けて……」
「ど、どうしよう、どうしよう!?」
地べたを這いずり、身体が溶け、最凶の転生者の本体が露出してゆく。
パニック気味なミエコが、顔をブンブンと横に振りながら見渡す。
なにか、なにか自分にできることはあるか。
「ぅえ?」
そのとき。気を失っている赤髪の男の身体から、マナの塊が飛び出した。
それは一直線に飛翔し、白い狼の体内へと溶けていった。
「……ヮゥ」
生気の無かったモンスターから声が漏れる。
「……みつけた」
そして、絶望していたミエコの口角が、希望に歪んだ。
〜〜〜〜〜〜
「ヒロ、起きて。ヒロ!!」
何とか歩けるまで回復したジークが、ヒロの名を呼びながら身体を揺さぶる。
だがヒロの意識は戻らず、息をしているのかも怪しいほどだった。
「……あと一本か」
顔をしかめながら、灰の村で作られていたポーションを懐から取り出す。
最前線へ戻る道中で拾ったものだったが、ヒロの服がボロボロになっている様子から、彼が戦闘中に落としたのだとジークは察した。
これを飲ませれば、意識が回復するかもしれない。
だが、ここで使ってしまうと、ジーク自身が窮地に陥ったときに為す術が無くなってしまう。
ただでさえ国王が最悪の手を打ち共和国側が優勢なのだ、死にかけの転生者と戦える勇者を天秤にかけたとき、今の状況では勇者の方が命の価値は重かった。
「ジーク殿! それをヒロに使ってくれ!!」
そうクレーターの上から叫んだのは、アゴの割れたプロキアの兵隊長だった。
彼は、炎魔術による大爆発を見て、恩人の危機を察していた。
そのため部下に対獣人の戦線を任せ、馬を一直線に走らせたのだった。
「戦場から逃げてきたの? なら、いまの状況はわかるだろ」
「ああわかっている、数えるのも嫌になるくらい仲間が死んだ。ジーク殿が戦線に来れば、幾分かはマシになることも百も承知だ!」
「なら」
「だが! 勝ったのだろう、ヒロ達は!」
兵隊長は、キョウヤが着用していた服を指差し、喉奥から声を張り上げる。
どこにも遺物が見つからなかったが、マナ化したときのように服だけが残されていたため、ジーク達は『キョウヤ・シノハラは斃された』と結論付けたのだ。
「それに、一度は諦めた我が命を救ってくれた恩人を見捨てるくらいなら……!」
「……いいんじゃないかな。このまま、英雄として語り継がれるのも」
「ふざけるのも大概にしろ!!」
勇者にあるまじき言葉を遮るように、兵隊長は小瓶を取り上げ、ヒロの口へ中身をねじ込んだ。
「……」
「頼むヒロ、戻ってこい!!」
アゴの割れた男が必死の形相でヒロの名を呼びかける。
しかしジークは、その様子をただ見ているだけだった。
「……げほっ、ゔぇえ」
「ヒロが息を吹き返した!!」
泣きかけていた兵隊長の顔が晴れ、ジークに喜びを分かち合おうとする。
「おはよう、ヒロ。シノハラに、勝ったんだってね」
「……ああ」
ジークが歯切れの悪い言葉を投げたが、ヒロは真剣な面持ちのままマオの方を向く。
「まだ、終わってない」
「動くな、先ほど死にかけたばかりなのだぞ!!」
「大丈夫です。すぐに、この悲劇を終わらせてきますから」
フラフラとした足取りで白い狼に近付き、撫でる。
マオもヒロに身体を寄せると、その周囲をピンクの光が包み込んだ。
「……まさか、土壇場で能力を」
「わからない。だけど」
そして桜色に輝く絆ノ装備を身に纏い、兵隊長が来た方を向く。
「俺は、剣と魔法で人々を助ける勇者だから」
力強い決意の言葉を残し、クレーターの外へと飛び立った。
〜〜〜〜〜〜
ヒロとキョウヤ、そしてミライとハオランが対峙している一方で、プロキア城下町の防壁前は目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
頭の足りない主君のせいで、多くのプロキア兵がマナへと還った。
いま戦場を支配していたのは、敵国の壁を打ち壊そうとする獣人の戦士と、見境なく生物を襲うモンスターだった。
「この壁は最終防衛ラインだ! 何としてでも守り切れ!!」
もはやここまで押されていたら、作戦もあったものではなかった。
そのためサリエラも新米士官に指揮を任せ、前線で杖を振るい獣人たちを殲滅していた。
「しっかしプロキアにも居るもんだなぁ! 肉体派魔術師ってのが!!」
「口を動かす前に街のみんなを守れ! 一歩たりとも入れるな!!」
「わーってるっての!!」
褐色の転生者であるサラは冗談を交えながら、かつて仲間だった獣人たちを叩き潰していた。
野心深い獣人たちは躍起になって、追放されたバサナの王の首を取りにかかっていた。
それを迎撃する形で、サラは究極の肉体を振るっていたのだ。
「ワタシ達なら何とかできるとはいえ、このままだと兵士たちは全滅だ!!」
「我が軍勢が強いのは嬉しきことだが、敵に回ると厄介極まりない!!」
「チクショウ、三人でどうしろってんたよ!!」
サリエラ、シンヴァ、サラの三名以外は、獣人とは互角に戦えない。
一秒ごとに死の危機が迫り、乗り越えなければならない状況だった。
このままだと防壁が破られ、城が落ちるのも時間の問題だった。
――桜の嵐が吹くまでは。
「……モンスター達が、一瞬で?」
「なにが、起きた?」
数十ほどで戦場の支配権を争っていたモンスターが、一瞬で大半がマナとなった。
王国軍も共和国の戦士も、理解が追いつかず困惑し、互いに戦いの手が止まった。
その隙に王国軍を守るべく降り立った嵐の主が、腹の底から声を張り上げる。
「そこまでだぁああああああッッ!!」
空気がビリビリと震え、全ての獣人の鼓膜を揺らす。
咄嗟に耳を塞いだサリエラが見たのは、見たこともないほど強力な装備を纏ったヒロの姿だった。
「バサナの新たな王、キョウヤ・シノハラは! 先刻、俺たちがこの剣で斬り伏せた!!」
「なんだと!?」
「ヒロ……それ、キョウヤの服で間違いないのだな?」
サリエラが掲げられた布切れを指差して問い、ヒロが力強く頷きを返す。
「じゃあ、アイツはキョウヤ様より強え奴ってことか?」
「新たな王の誕生ってことか!?」
大将を討ち取られた獣人たちが、どよめきの合唱を起こす。
「俺たちはお前たちの王に打ち勝った。よってバサナの掟に従い、命令を下す!」
騒がしい敵兵たちを諌めるように、ヒロが高らかに宣言する。
「戦争は終わりだ。祖国に帰り、元の日常へと戻れ!!」
両軍に戦慄が走った。
眉ひとつ動かしていなかったのは、彼をよく知るサリエラと、この戦争を憂えていたシンヴァのみだった。
「ヒロ、おまえ勝手に!」
「ざけんな、こっちは沢山殺されているんだ! 釣り合わねえだろ!!」
「……それでも、この悲劇をここで終わらせなければいけないんだ」
ヒロは、この戦争で何かを得た者だ。
だが何も得ないところが失うばかりで、納得のいかない者も大勢いただろう。
そして、仲間の仇を討ちたい者もいるだろう。
だが、プロキアは勝ったのだ。
だからこそ、これ以上は何も求めず、どこかで悲劇の連鎖を終わらせなければならないのだ。
「これでよかったんですよね」
「最高以上だ……心から、本当に心から感謝を」
「ふざけるなァ!!」
沈黙を招いたのは、ジャガーの獣人の戦士だった。
怒りに身を任せてヒロを引き裂こうとするが、敵の手によって受け止められる。
「やっぱりそうかシンヴァ。誰より強えのに誰より臆病なテメェの入れ知恵か!!」
「違う! 俺はこれ以上の戦いは必要ないって」
「だったら尚更だ! キョウヤ様は、ようやく我々に戦争を用意してくれたってのに!!」
ジャガーの戦士が、さらに力を込める。
「なぜだ! 沢山人が死ぬんだぞ!!」
「上等。殺って、齧って、咀嚼する。キョウヤ様が再び、我々の野生を覚醒めさせてくれた!!」
これが、バサナの本来の姿だった。
誰よりも強く、誰よりも戦争を望まないシンヴァの姿勢が異常だったのだ。
狂信とも取れる爪を振り下ろしてヒロを弾き飛ばすと、ジャガーの戦士が号令をかける。
「アイツを殺した奴が新たな王だァア!!」
「シンヴァになるより万倍マシじゃああああ!!」
瞬間、獣人の大軍が特攻を始める。
敵は最初から、対話で解決する気が無かった。
そして、平気で他人を傷つけ、そして寄り添う気もなかった。
「……シンヴァ王。申し訳、ございません」
「――!」
ヒロの剣の向きが、ゆっくりと命を絶つものへと変わる。
「敗残兵を処す愚行、お許しを」
「ま、待てッ――!!」
ヒロは一心不乱に、向かってくる敵を倒し続けた。
剣を振るい、魔術を放つ度、数十、数百もの獣人が散っていった。
結果、バサナの全戦力を投入した戦争は、プロキア王国の完全勝利で終わりを告げた。
祖国を守り、獣に命を喰われたプロキアの英雄たち、計一万八千九百三十二名。
劣等種に斃された哀れな戦士、計四千二百八名。
ヒロの線引きを越えた決死隊、計三万一千六百二十三名。
呆然と立ち竦み、プロキア兵に斬り捨てられた敗残兵、計三千四百九十一名。
バサナ軍で生き残ったのは、後先を考えず背中を見せ、英雄から逃げおおせた脱走兵だけだった。




