第58話 二人の絆④
「うぇええええん!!」
空や動物で彩られた部屋に、少女の泣き声が響き渡る。
「女のくせに、なにかいてんだよ!」
「ピンクのヒーローなんてキモいんだよ!!」
夢中になって描いていた絵を破った意地悪な男子が、ダメ押しと言わんばかりに茶化してくる。
「やめろ!」
それを見た正義感の強い少年が間に入り込み、少女を守るように両腕を横に広げる。
「なんだよおまえ、かっこつけたいのか!?」
「あそびのじゃますんなよ!」
「あそびじゃないだろ! まおちゃん、泣いてるよ!」
「うるさい! これでもくらえ!」
そのまま少年は意地悪な男子に、袋叩きにされてゆく。
もともと少年は身体が弱かった。そのため反撃できずに、どんどん殴られ、アザが出来ていった。
「こら、なにやってんの!」
やがて先生が気付いたおかげで、意地悪な男子たちは逃げてゆく。
「せん、せ……あいつらが」
「もう、喧嘩はダメでしょ?」
「ちがうよ! あいつらが、まおちゃんをいじめてたんだよ!」
「そうだよせんせい、ひろくんはなにもわるいことしてないよ!」
「でも、真央ちゃんもそんな絵を描いていたからからかわれたんでしょ。もっと女の子らしくしなさい」
「……」
話が通じなかった。
自分の好きなことを否定された真央は、思わず黙り込んでしまった。
「お返事!」
「……はい」
真央の弱々しい返事を聞いた先生は、満足げに他の子供のもとへ戻っていった。
「まおちゃん、この絵って」
「ち、ちがうよ、これは」
先生の背が小さくなった後、尋が五つに破られた絵を拾い上げる。
親友に見られるのが恥ずかしくなり、思わず真央は取り上げようとした。
「カッコいいよ、これ! けんとまほうをつかう、さくら色のゆーしゃ!」
「えっ?」
だが、尋の反応は真央の予想とは違うものだった。
目をキラキラと輝かせながら、真央に破れた絵を見せていた。
「このマフラーみたいなマントとかカッコいいし、さくらみたいな剣もカッコいいし、もうぜんぶカッコいい!!」
「……ほんと!?」
「うん! ぼくも、これかんがえていい!?」
「うーん……じつはね、これね。ひろくんをイメージして描いたんだ」
「え、ぼくを?」
尋が、キョトンと目を丸くする。
「つよくて、まほうつかえて、なんでもなおせて、はやくて、しなない。そんな、前あそんだゲームの『ゆうしゃ』だったら、よわいひろくんもつよくなれるかなって」
「よ、よわくなんかないよ!」
「でも、まえなにもないところでころんで、ないてたじゃん」
「うぅっ」
尋が、痛いところを付かれたと言わんばかりに口ごもる。
そんな彼を気に留めず、真央は瞳に夢を映しながら語り続ける。
「わたしね。ひろくんが、せかいでいちばんカッコいいって、思ってるんだ」
「ほ、ほんと?」
「うんっ! わたし、しょうらいはひろくんのおひめさまになる!」
「そ、そっかぁ。おひめさま、かぁ」
かつて兄に貸してもらい、真央と共に遊んだゲームを思い出す。
その中に出てきた可憐なヒロインと真央を重ね、顔を火照らせながら立ち上がる。
「じゃあ、ぼくはまおちゃんの『ゆうしゃ』になる! けんとまほうをつかって、だれかをまもれる、そんなゆうしゃに!!」
「うんっ! いっしょにゆめ、かなえようね!!」
自信満々に立ち上がった少年と、泣き止んだ少女。
二人は互いの約束を忘れないよう、小指を結んで誓い合った。
〜〜〜〜〜〜
(そうだ。それから一緒に最強の装備を考えて……けど結局、俺は強くなれなかった。それどころか、真央はどんどん強くなって、不釣り合いに思えて)
子供の頃は、何でもできると思っていた。
だが歳を重ねるごとに、自分は何もできないことに気がついていった。
(でも、今は違う。力を得た、仲間を得た。何かを出来るようになってきた。なのに……)
意識は鮮明になってゆくが、身体はみるみるマナへと溶けてゆく。
(一度でいい。あの装備を着たい)
願いは届かず、頭が溶けてゆく。
(俺たちの考えた、最強の、装備を――)
そして、桜色の勇者が描かれた遺物を遺して、ヒロの身体は散っていった。
「――ん」
少女の声が聞こえる。耳は残っているようだ。
「――くん」
視界が段々と鮮明になり、身体を光が包んでいることを認識する。
「死んじゃうなんて情けないよ、尋くん!!」
目を覚ます。
そして目をこする。
万物の源となるマナが、ヒロの身体を修復していた。
「……また、助けられたんだな」
マオは首を掴まれる寸前、マナの塊を上に飛ばしていた。
それが時間をかけて落ちて辿り着き、ヒロの身体を包み込んだのだ。
「わたしね。尋くんが居たから、強くなれたんだよ」
「俺が?」
「うん。今でも尋くんが世界で一番カッコいいって、本気で思ってる。弱いけれど優しくて、誰よりも、わたしのことを思ってくれる。本当に、わたしには不釣り合いなくらい」
「違う!」
俯く清楚可憐な少女に、尋は必死に叫ぶ。
「こんな俺にも優しくしてくれた! ずっと、一緒に居てくれた! だから、俺は……俺は……!!」
言いたいことが多すぎて、言葉が詰まり、嗚咽する。
そんな尋の様子を見た真央が、ふと笑みを返した。
「……なら尋くん。お願いがあるんだ」
彼の頬を両手で支え、額を付け合う。
「本当の、勇者になって」
尋の目がいっぱいに見開いた。
かつてゲオルクに勇者になる理由を問われたとき、胸に灯した決意の炎。
それが全身を包み込み、マナの光を桜色へと鍛え上げてゆく。
「絆ノ装備!!」
そしてヒロの号令と共に、マナがヒロ達の考えた最強の装備へと姿を変えた。
桜の花弁を模したマフラーと、ヒロイックなロングソード。
照らす陽光を玉虫色に返す、淡紅色の鎧と盾。
それは幼き日、共に考えた最強の装備。
そして。桜色に輝く、夢の始まり。
「真央。俺たちの絆は……永久に不滅だ」
いま、二人の願いが此処に顕現した。
(なんだあの装備!? 死の淵で能力が進化したのか!?)
姿を変えて優雅に着地したヒロを見て、キョウヤが目を見開き身震いする。
『滅べ!!』
すかさず滅亡の命令を放ち、周囲の岩々も含めて塵芥と化す。
「効かな――ぎぃッ!!」
しかし、ヒロには全く効いていなかった。
それどころか、三文字の命令の間に数十メートル離れていた距離を一瞬で詰め、ロングソードで切り裂いてみせた。
(やべェ、こいつ速すぎる!!)
瞬間、キョウヤも自身に強化の命令を下し、ステータスを底上げして対応する。
だが、ヒロの攻撃が掠る度、命令したパンプアップした身体が萎んでいった。
「ハハァ! 最高だ、最高じゃねェか!! ようやくオレの超えるべき壁が」
一気に劣勢へ追い込まれた中でも、戦闘狂は喜悦していた。
そして力一杯に拳を固めて放つが、ヒロが跳躍し、太陽を背に大魔術を放った。
「第七位炎魔術ーーッッ!!」
「があぁあああああああああああ!!」
ドーム状に抉られた大地へと、プロキア最強の炎魔術を放つ。
大陸中に響き渡るほどの轟音と共に、周辺の木々も消し飛ぶほどの白い爆発が戦場を覆った。
「ぁ、あァ!!」
何とか防御命令で防いでみせたキョウヤが、震えかけている身体を鼓舞するように吠える。
「最強の装備が何だ!! オレは、オレは誰よりも強い。最強の男なんだァ!!」
「越えてみろよ、最強! 俺と真央の絆をなぁ!!」
キョウヤは荒地を、ヒロは空を蹴り、両者の武器がぶつかり合う。
そして押し負けたのは、キョウヤの拳だった。
『止まれ!!』
すぐさま静止命令を出すが、ヒロには全く効かない。
『吹っ飛べ! 弾けろ!! 滅べ!!!』
何度も命令を出すが、その度に身体を刻まれてゆく。
「うおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!」
『止まれェッ、治れェッッ!!!!』
全身全霊の咆哮と共に、ヒロは剣の乱舞を放つ。
キョウヤも回復しようとするも、傷の治りが追いついていなかった。
「負けねェ! 負けられねェ!! オレは、こんな、ところで」
「お前の負けだ!! 篠原、響弥ァアアアアアア!!!!!!」
一瞬だった。
ヒロが勝ちを確信し、慢心した。
その隙を見逃すほどキョウヤは甘くなく、捨て身の突進で押し戻し、喉元に拳を入れ込んだ。
「勝ったァ! 死――」
血の混じった咳をしたヒロを見て勝ちを確信したキョウヤだったが、表情を固めて追撃を止めた。
ヒロは、居合の如き姿勢で剣を構えていた。
そして木々が薙ぎ倒されたにも関わらず、周囲に桜の花弁の如きマナが舞っていたのだ。
(いや待て、最終奥義なら使ったはずだろ!? なら、あの構えは何だ!?)
悪寒が背筋を走り、キョウヤはバックステップを踏む。
だがヒロが顔を上げると同時に、抜いた剣身が眼光と共に光り輝いた。
「爛漫の!」
右上へ向けて、居合一閃。
「桜にも散る」
切り返しの横薙ぎ。
「定め在りッ!!」
さらに踏み込み、切り上げる。
「ゆえ現世は!」
右斜めへ袈裟に切り落とし。
「盛者、必衰――!!」
再び左へ切り返し、反動を活かして回転斬りをお見舞いした。
そして、桜の如き傷を付けた敵の身体へ、全身全霊をかけた仕舞いの一撃を放つ。
「桜花ァァアアアアアア!!!!!! 斬、鉄ゥゥアアアアッッ!!!!!!!」
敵の血と持ち主の魔力を吸い真っ赤に染まった桜の斬撃が、キィインという甲高い金属音と共にキョウヤの身体を割いた。
「かはっ……?」
だが、派手に見得を切った大技の割に、身体にはダメージが見られない。
「ハッ、最終奥義が二つなんてハッタリ――?」
そのとき、キョウヤから桜が舞った。
桜花のように刻まれた傷から、みるみる身体が桜色の花弁となってゆき、散り始める。
「ぐ、ぁ、うぉ、おおおおおお!?」
成す術は無かった。
身体の崩壊は、命令しても止められなかった。
「俺たちの、勝ちだ」
ヒロは剣を振り下ろしてから動けなくなったが、二人の絆の勝利を確信したように、呟いた。




