第53話 心の壁④
満身創痍の窮地で、ミライは『心の声』を聞けるようになった。
『雷霆よ走れ!』
そのまま「右脇腹に攻撃する」という敵の声に導かれるように、ウォルターの右脇腹前へと雷槍を飛ばす。
「痛っ?」
雷はハオランの左手に直撃し、そこから纏っていた陽光の精霊が剥がれてゆく。
「そこまで邪魔したいか、クソガキ」
(陽精を纏い直して、アイツの両眼を潰してやる)
「読めてるよ。『神罰よ降れ』」
「っう!?」
光を纏い直して少女の方へと振り返り、一瞬で間合いを詰めようとする。
だが、ミライは待っていたと言わんばかりに天から雷を落とし、眼前に辿り着いたハオランに直撃させた。
(何かおかしい。いちど距離をとって)
「下がらせない。『貫け』」
「チィッ!?」
バックステップで距離を取ろうとするも、背後から土柱が追撃する。
(ならば炎精とのコンビネーションで)
「呼ばせない。『燃え尽きろ』」
「っがぁあ!?」
精霊を呼ぼうとするも、喉を強火で焦がされる。
「っう、オマエ……どんなカラクリを使った」
(まさか、これがシノハラが言っていた)
「能力の進化?」
「っ、そういうことか!」
忌々しいと言いたげにミライを睨みつける。
「能力を使い続け、マナを吸収し続けることで能力が進化する。オマエ、ボク達の心を読めるようになったのか」
「そうみたい。だから、貴方の考えていることも、全てわかる」
ミライが右腕を上げた瞬間、空中に無数の光の剣が発現する。
そして『舞い踊れ』という号令と共に、剣は様々な軌道を描きながら、ハオランを目掛けて飛翔する。
「そんな攻撃、幾らでも」
「読めるよ」
「けっ?」
「どこに避けるのか」
「くっ!」
「全部読める!」
「ぎぃっ!!」
今のミライにとって、ハオランの考えは全てお見通しだった。
そのため光剣の軌道を敵の避ける方向へと調整し、有効打を与え続ける。
「ふざけるなよ、このクソが」
「……一つだけ聞かせて」
口の悪い骨男に憐れみの視線を向けながら、ミライが問う。
「私のこと、どう思ってたの?」
「ッ」
ハオランは一瞬驚いたような表情を浮かべ、すぐさま怒気のこもったものへと変えた。
「大嫌いだった。オマエのことが、ずっと」
「……そっか」
ミライが眼を伏せ、深呼吸する。
「ウザい、キモい、最悪だ。サリエラでもジークでもないデブに、ボク達を不幸にしたクソに、ボクが負ける未来なんてマイナス一万点だああ!!」
勢いそのままに鬼の形相を浮かべたハオランは、すぐさま呼び出せる最強の精霊を召喚しようとする。
だが、覚悟を決めた未来の前では、何もかもが遅かった。
『夜の風を切り駆ける馬
子を腕に抱き去りゆく男
霧の魔王よ、冠と尾を持つ者よ
柳を揺らし、傲慢なる者に手を伸ばせ!』
隠し持っていたありったけの魔水晶を触媒とし、足元だけでなく大地にも翡翠色の魔術陣を投影し、翻訳で極限まで省略したプロキア最大級の大魔術を解き放つ!
『第七位……風魔術ッ!!』
ドォンという爆音と共に、あまりにも強大すぎる暴風が巻き起こった。
オロチやヒュドラのような、鋭くも強大な竜巻がハオランを喰らい尽くす。
反動でミライも彼方へと吹き飛ばされるが、後方の対角線上にウォルターが来るよう立っていたため、なんとか彼が受け止めることで事なきを得た。
「ぐおおおおおお!?」
想像を絶する暴風に当てられ、身体があらぬ方向へと捻じ曲げられてゆく。
「……おい、嘘だろう」
「……そう」
だが、それでも。
そんな中でも、ハオランは暴風を食べていた。
(これを食べれば三属性だ。あとは水属性を取り込んで全属性になれれば、どんな精霊だって呼び出せる!)
ハオランは空気を食べて風属性になることができなかった。
そのため新たな属性を一時的に取得するため、風属性、水属性の魔術が来ることを待っていた。
全属性になれば、それだけ呼び出せる精霊の種類、そして数も増える。
圧倒的な力での蹂躙を始めようと画策していた。
「が、ぁ?」
「……始まったようだね」
だが、ハオランは無知だった。
身体の内側を蝕まれる感覚に陥り、気がつくと吐血していた。
「いだい、いだいい!!」
「ただ魔術書を食べて体得したんでしょ。だから、『三属性』の適性を持った場合について、知らなかった」
適性のある属性は、基本生まれつき決まっている。
通常は一属性、極稀に二属性。また数年に一度、全属性の適性を持った者が生まれ、二属性や全属性の適性を持てば、天才として人生が約束されると言われている。
だが三属性はというと、体内で属性同士が喰らい合い、魔力が暴走して生命を蝕んでしまうのだ。
アルテンシアでは先天性の障がいとして差別の原因となるため、三属性の生物は存在しないという前提のもと、魔術書には記載しないようになっているのだ。
「いま陣の身体は、本来持っている土属性が、相性の良い風属性の魔力に食べられている。そして風属性の魔力も、相性の良い炎属性に食べられている」
「ぁあ、ああぁあああ!!」
「二属性の適性を持ったとしても、炎と土、または水と風の二種類しかいない。相性の関係ない属性同士でなければ、体内で喰らいあって重篤な障害が残るから」
「みず、水をお!!」
「全属性の適性を持ったとしても、それは互いの属性が抑制し合って何とかなっているだけ。少しでもバランスが崩れればすぐに生命の危機に陥るから成長スピードは普通よりも遅くなるし、魔術を撃った後は他の属性も撃ってバランスを取らないといけない」
悶え苦しむハオランに、炎、土、水の魔術を空撃ちしながらゆっくりと近づく。
その手で引導を渡すため、ウォルターから借りた魔剣を引き摺りながら。
「……本当は、やりたくなかった。サリエラは、三属性で苦しんでいる子供を救うための研究もやってるから」
「ぁあ、ボマエェ……!」
「……でも、陣の本当の想いは墓まで持っていく。そう、決めたから」
そのまま、魔剣リバイアサンの柄を両手で握り、天に掲げる。
「……だから。貴方を、殲滅する……!」
カッと目を見開き、刃をハオランの心臓へと下ろした。
「……もう、いい……すべ、て……」
「うん……そうだね」
そしてハオランは、全てを諦めたような表情のまま、身体をマナへと還していった。
「……おやすみ。陣」
世界中の料理が映る写真の形をした遺物を、ミライは優しく拾い上げる。
それが手の中へと吸収されるのを見届けた後。
「ぅぅ」
「ミライ!」
糸の切れた人形のように、地面に倒れ込んだ。
「やはり限界だったか」
「……ありがとう。来てくれて、嬉しかった」
「おいやめろ! 死ぬなんて言わないよな!?」
いつもとは違い突如素直になったミライに、もう死ぬのではないかという恐怖を覚え、思わずたじろいでしまう。
「大丈夫。私、生きるよ。だって」
そして助けてくれたウォルターに、無邪気な笑みを返しながら。
「友達を、悲しませたくなんて、ないもん」
心からの本音を打ち明け、そのまま、すぅすぅと寝息を立て始めた。
「……そんな可愛い顔も出来たのだな」
ウォルターも安心したように表情が緩む。
「酢豚にパイナップルを付けると美味しくなると言うけれども私はそうは思わないパイナップルはあくまでもフルーツでデザートやおやつ感覚で楽しむものであり主菜に混ぜるのは味への冒涜ではないだろうか」
「やはり可愛くなんてないわ!!」
だが直後に独特な寝言へと変わってしまったため、ウォルターのツッコミが戦場跡に木霊した。




