第52話 心の壁③
ハオランの呼び出した土塊の精霊が、主に向かってくる敵を阻むように立ち塞がる。
精霊の構える巨大な戦鎚のせいで距離を詰められないため、腹を立てたウォルターがミライに問う。
「何なのだ奴の能力は。あんな強力な精霊魔術は見たことが無いぞ!」
「陣の能力は『食物の昇華』。食べた物を自分の力に変えるから気をつけて」
「これまた面倒な。能力というのは、いつもこうだ!」
「ぶつぶつウザい。炎精降臨・破国激」
さらに土人形の後ろから、髪と腕、そして脚が豪炎で出来た巨大な精霊が姿を表す。
炎精が軽く一振りした腕から、無数の炎球が降り注ぐ。
『防火しろ!』
ミライが水の防壁を張って防いでみせる。
だがその隙にハオランは二つの精霊の間に飛び込み、それぞれの手でガシリと掴んだ。
「打ち砕いてやる」
すると炎精の身体が土精に覆いかぶさり、まるで法被を纏ったかのように一体化した。
業火を纏った戦鎚が大地を抉り、燃え盛る石礫が二人に襲い掛かる。
「一か八か……! 『隆起しろ』!」
防ぎきれないと考えたミライは、自分の足場に手を当て、天に向けて突き出した。
土柱は火炎石が直撃して崩れてウォルターと共に宙を舞うが、ミライは両手を精霊に向け、強力な水魔術と風魔術を放った。
「……ウザい」
自慢の精霊を倒されたハオランが愚痴を呟く。
一方のミライは両手から炎を噴射し、華奢な身体でウォルターの巨大を支えながら着地した。
「おい、魔術を唱えた後の歌と舞はどうした。バサナの魔術とは違うのか!?」
「恐らく詠唱はオリジナル。私やサリエラが独自にアレンジしているのと同じ!」
「であらば、あまり経験や知識はアテにしないほうがいいか!」
「何度やっても無駄だよ。陽精降臨・破軍閃」
「ぬぅおおおおっ!」
「……は?」
突撃した貴族戦士を迎え撃つため向かわせた陽光の精霊が、ウォルターの魔剣で斬り払われる。
流石に焦りを感じたハオランはバックステップを取り、ウォルターの剣戟を避け続け、そしてカウンターと言わんばかりの蹴りを入れて吹き飛ばす。
「ただの人が転生者に、勝てるわけないだろ」
「ふはは、これは僥倖だ! 我が宝剣リバイアサンが、まさか効果抜群とは。偶然とはいえ、貴様のネタが割れたよったわ!」
「……なにがおかしい」
ジークでもサリエラでもないただの貴族に見透かされて指を差されたためか、ハオランが青筋を立てて歯噛みする。
「通常バサナの魔術は、呼び出した精霊に『歌』で指示を出す。だが貴様の精霊は歌なしで行動できるよう擬似生命体のようにしているが、そのぶん魔力消費は激しくなる!」
「それに擬似生命体だから、生命力を吸う魔剣とも相性が良い……なるほどね」
「恐らく魔術書を食べて覚えた付け焼き刃、と言ったところか。それでも脅威なことに変わりはしないがな」
キメ顔で種明かしをされた骨男のストレスは、もはやピークに達していた。
「ウザい。脂肪がちゃんと付いてることも、そのスカした態度も!」
マイナス百点と叫び、ハオランが再び光精を呼び出す。
「くはっ、同じ手が通じると」
「待って、なにかおかしい!」
したり顔で魔剣を構えるウォルターをミライが必死に静止した。
彼女の予感は的中し、ハオランは自らの口と光精に手を当て、何らかの能力を発動させた。
「……あのとき食べていたのって」
「お察しの通りじゃない。カビみたいな味だったけど」
光精と融合したハオランが、ゾンビのような前のめりの姿勢を取りながら返す。
彼は最初に陽魔術を放つ寸前、バサナの転生者であるミエコ・ハサマの髪を食べていた。
彼女の能力は「右手と左手に持ったものを合成する」というものだ。
彼女の身体の一部を摂取したことで、その能力をハオランも使用できるようになっていた。
「まずい、どうにか」
「もう遅い!」
ハオランが光速で距離を詰め、ミライに膝蹴と裏拳のコンボで吹き飛ばす。
「っあ!」
「オマエは後だ。そこで仲間が殺されるのを見てろ!」
咄嗟に体勢を整えてウォルターに加勢しようとする。
「っ、なんで、動けないの……!」
だが、突如として身体に力が入らなくなってしまった。
本来、回復魔術やポーションは、あくまでも応急処置でしかない。
本来、体力や魔力は質の良い入浴や食事、睡眠などを経て、ゆっくりと時間をかけて回復する。
たとえポーションなどで体力を戻しても、無茶をすると蓄積したダメージがぶり返してしまうのだ。
「ぐぉおおおお!!」
「消えろ、消えろ、消えろッ!!」
ウォルターも自分が光速には追いつけないことは重々承知していたため、防御体勢を取り相手の魔力切れを待つ作戦に出た。
だがそんなことは知らぬと言わんばかりに、ハオランは嵐のような乱打を見せる。
「……このままじゃ、ウォルターが……!」
自由の利かない身体を這いずりながら、ミライはウォルターに加勢しようとする。
だが、一撃一撃が石壁を壊すほどの攻撃を受けながらも。
「……クハッ」
「何が、おかしい!」
ウォルターは、笑っていた。
「貴様の、ことだったんだな。ミライが言っていた、痩せた怖い男、というのは!」
「ッ、あのクソガキが、逆恨みをッ!!」
ミライは肥えた貴族に、貴方を見ていると安心すると口を漏らしたことがあった。
ウォルターが是非を問うと、痩せている人にトラウマがある、と吃りながら答えたのだった。
(そうだ。過去から逃げてばかりだった。ヒロにもシノハラのことを伝えられなかった。でも、そんな私でも、受け入れてくれた)
俯くミライにウォルターは返した。
『忌み嫌っていた我の身体が役立つ日が来るとは、思いもしなかったわ!』
人生とは分からないものだ、と笑い飛ばしてみせた。
(だから私も、全力でウォルターを助けたい……いや)
体力の限界に達した身体を、限界突破した精神力が支える。
震える両脚で大地を踏み締め、思いの丈を咆哮すると。
「助ける。絶対に!」
同時に、全身にパリンと割れる音が響き渡った。
「――えっ?」
目を凝らす。何の脈絡もなく響き渡った異音に警戒するが、眼前には更なる異変が起きていた。
(ミライが我を心配してくれているのだ、必ず生き残る!!)
(その気色悪い右脇腹を打ち抜く。次は両腕を何度も砕いてやる)
彼女の決意の叫びと共に。
「――心の声が、聞こえる?」
心の壁が、砕かれた。




