第50話 心の壁①
「ええと。広瀬雅人さん、でしたよね」
「はい。この村は貴重なレアメタルが採れると伺いまして。我々の技術で、是非とも採掘や交易のサポートができればと」
「流石は耳が早い。それに、日本企業なら安心だ」
「ありがとうございます。これからどうかよろしくお願いします、陣さん」
北京から遠く離れた村の役場にて、スーツを着たサラリーマンと紺の服を着た初老の男が硬い握手を交わしていた。
数年前まで名前すら無かった辺境の村だったが、近年の技術革新により価値の見出された金属が採れるため、各国の大企業がこぞって出資し始めた。
しかし周辺の村々で死者が多発したことで臆病になっていた村長は、唯一事故を起こしていない日本の総合商社を選んだのだった。
「未来ちゃんも、これからよろしくね」
「……に」
「に?」
スーツの裾を掴みながらサラリーマンの身体を挟んでいる、茶髪をショートカットにした8歳ほどの少女が、辿々しく何かを伝えようとしていた。
「你好……!」
「うん、こんにちは。挨拶できて偉いね」
「っ、っ?」
「ははは。未来は、これからもっと話せるようになるんだもんな」
「うん。頑張る」
父に頭を撫でられた未来が、両手をグッと握って頑張る姿勢を示していた。
しかし、日本語と英語しか話せない少女にとって、閉鎖的な村での生活は決して良いとは言えないものだった。
「島国に帰れよ!」
「なんか言えよ日本人!」
「むっ……!」
村の子供からは言葉がわからないのを良いことに罵詈雑言を吐かれ、ときには石を投げられたこともあった。
日本語が伝わらず、かといって暴力も良くないため、頬を膨らませて嫌悪感を示すしか無かった。
「お前ら、何してんの」
道端で騒いでいたこともあって、足元まで伸びた黒い髪を持つ痩せこけた青年が、少年たちを睨みながら姿を見せる。
「げえ、蒙然!」
「村長にチクられたらマズい、ズラかるぞ!」
「……アイツら全員マイナス五十点だな」
ガリガリと後頭部を掻きながらボソリと呟き、焦点を未来へと向ける。
「お前はマイナス三十点。一人で外を歩いてるからこうなる」
「……っ、っ」
「何か言ったら?」
「……謝謝っ」
「簡単なことは話せるんだ」
「?」
「……面倒くさいな、お前」
簡単な言葉しかわからないサラリーマンの娘の扱いに困り、蒙然は溜息を吐いていた。
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二人の親が仕事の話をしているとき、暇をしていた蒙然は未来に付き合わされていた。
いつも蒙然は面倒だと呟いていたが、少女が自分を兄のように慕ってくれる気分は、あまり悪い気分では無かったようだった。
『なんで優しくしてくれるの?』
そんなある日、未来が兄代わりの青年に疑問を投げかけていた。
この頃には簡単な言葉なら紙に書けば伝えられるようになったため、いざというときは筆談しようと考えていた。
「アイツらだって悪気はないんだ、外様に敏感なんだよ。それに外国人ってだけで虫唾が走る奴も、この村には少なくない。中には、お前を呪われた子って言う奴もいる」
「……?」
質問こそしたが、未来には彼の言葉が理解できていないようだった。
「……正直、ボクもお前が呪われた子だって思っている節はある」
恨み節を吐いていたが、いつも不機嫌そうな顔をしていた蒙然の目に、段々と光が灯り始めていた。
「けど、外には美味しそうなものが沢山ある。宅配ピザにパエリアにスシ、見るだけで腹が減るようなものを、腹いっぱいに食べ歩いてみたい。その写真を見せてくれるだけでも、嬉しいからさ」
夢を語る青年の姿を見た未来も、目を輝かせて頷いていた。
「まあ何かあったら言えよ。助けてやるから」
「助け……ありが、いや、謝謝っ」
「……もっと沢山の言葉、覚えたら?」
「あははっ」
「笑うとこじゃないよ」
無邪気に笑う少女を見て、やっぱ苦手だ、と蒙然は呟いた。
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広瀬家が越してきてから数ヶ月もすると、村は始まって以来の活気を見せるようになっていた。
レアメタルで儲けた金で労働者を沢山受け入れ、インフラが整備され、さらに学校も作られた。
語学堪能で勤勉に働く日本人に、排他的な村人も段々と理解を示すようになっていた。
「いやはや、広瀬さんのおかげで村も潤ってきましたよ!」
「それは何よりです。蒙然くんも、未来と仲良くしてくれてますし」
「ええ。それも、この村長としてではなく、私個人として嬉しいのです」
村長は涙を浮かべながら、続ける。
「蒙然は食いしん坊ですが、どんなに食べても太らない体質で。おかげで気味悪がられて、友達が出来ませんでした」
「未来もそうです。僕が海外転勤ばかりなもので、色んな国に連れ回してしまって。嫁にも逃げられちゃいました」
「私のとこは風邪で……辛さ、わかりますとも」
「でも、頼れるお兄ちゃんが出来たって喜んでて、いまは中国語の勉強を頑張っているんです」
サラリーマンが照れながら誇っていた娘が笑顔で家まで駆けてゆく姿を遠目で見ながら、これからを語る。
「いまは素直に名前で呼び合えないかもしれませんが、いつかは」
「ええ。これほど親として嬉しいことは、ございませんな」
周囲に馴染めなかった子供たちが、明るく振る舞えるようになる。
そんな日を、彼らは信じていた。
「火事だぁあ!!」
ドォンという爆音が鳴り響くと同時に、村の男たちが騒ぎ、逃げ惑い始めた。
出火元もわからぬほど広く燃え盛った炎は、たちまち木造の家屋を飲み、村人を包んでゆく。
原因は、春節で上げる花火だった。村の悪ガキが倉庫でボヤ騒ぎを起こし、それが打ち上げ花火に引火した結果、大爆発を起こして破片が焼夷弾のように降り注いだためだった。
「お父さん!」
「いったい何が!?」
「未来、蒙然くん、はやくこっちへ!」
何が起きたのかわからず戸惑う子供たちを、サラリーマンが村の外へと避難させようとする。
「そっちは駄目だ! そっちの倉庫には爆弾が――」
村長が叫び駆け出した直後。
炭鉱夫用の倉庫から、超高熱を持った爆風が巻き起こった。
「っ、ぐぅ!!」
サラリーマン達は吹き飛ばされ、地面に倒れ込む。
「皆、大丈夫!?」
「……痛いけど、動ける!」
「蒙然くんは!?」
「……っ」
「蒙然、く――!」
知り合いの無事を確認しようとした男が、二つのことに気がつき目を開いた。
一つは、痩せこけた青年の脚が折れ、動けなくなっていたこと。
そしてもう一つは、目の前で恰幅の良い老人が、焼け焦げた背中に破片を生やしながら亡くなっていたことだった。
「ねえ、陣……逃げよう、友達でしょ?」
未来が涙を流しながらも、覚えたての辿々しい中国語で友人に逃げるよう伝える。
娘の想いに応えるように雅人が青年を抱えようとする。
「やめろ!」
「っ!?」
だが、その手は強く払われてしまった。
「もう、いい。お前らはやっぱり、呪われていた」
「なに言っているんだ! はやく離れないと、建物が崩れて」
「じゃあこれは何だ!? 何で、村が燃えている?」
「ひぃっ!?」
血を吐くほどの慟哭を見せる蒙然に怯え、未来は尻もちをつき小さく震え出してしまった。
「……そうか。お前、まともに喋れないもんな。てことは、呪われた子だったんだな」
「違う、少し、喋れる、なったよ?」
「ならオマエにもわかるように言ってやる」
覚えたての言葉を辿々しく発する少女に、青年は血の涙を流しながら呪詛を放つ。
「オマエに、友達は、居ない」
瞬間、未来を酷い耳鳴りが襲った。
彼と話したくて、言葉を覚えた。
彼の気持ちが知りたくて、言葉を覚えた。
彼を初めての友達だと思って、言葉を覚えた。
だが、最初で最後の理解できた言葉は。
「ぁ、あ」
「未来ッ!!」
頭の中がノイズだらけになり、過呼吸気味の肺に火の粉が入るのも、落ちる瓦礫から父が守ってくれたことも、気にならなくなっていた。
そんななか見えていた光景は、最期まで怨念混じりに睨みつけながら瓦礫の下敷きとなる、蒙然の姿だった。




