第45話 前世の因縁①
ライオンの姿をしたバサナ共和国の元王、シンヴァの命を狙うモンスターを退けたヒロは、共に逃亡してきたマオとエリーゼと共にプロキア王国の城下町へ戻ろうとしていた。
しかし、プロキアとバサナの国境付近から城下町までは非常に距離があり、村娘たちを無視してヒロとマオが全力で走ったとしても3日はかかるほど距離が離れていた。
「ヒロ、無事!?」
「ミライ、来てくれたんだな!」
そのため、代行者ギルド『白猫の爪団』の連絡用石板で仲間に救援要請を送り、転移魔術でさっさと帰ろうと考えていた。
転移魔術は明確に風景を想起できる場所でなければ飛べないため、ミライが空から一行を捜し、そして合流した。
「エリーゼも無事そ……むっ」
キョウヤに連れ去られていたヒロとエリーゼを心配して全速力で飛んできたため肩で息をしていたミライだったが、エリーゼの姿を見た瞬間、むっと頬を膨らませた。
ローブで隠れていたもの、その下は胸と腰の部分しかない鎧であり、白い柔肌と豊満な上乳が露出した色気の強いものとなっていたためだった。
「その卑しい格好は何?」
「す、好きで着てるわけじゃないわよ!」
エリーゼが赤面しながら、ローブをぎゅっと抱き絞る。
「貴様ら、神聖なる『ミスリ』を私の前で侮辱するか!!」
「伝統ある民族衣装をコケにされて怒る気持ちはわかりますが……アレはそういう文化がなきゃセンシティブが過ぎますって」
「ぐ、むぅう……!」
避暑と肉体美を追い求めた伝統衣装をコケにされた元王が、牙を強く食いしばり怒号を殺している。
「てか、その人……いやライオン? 誰なの」
「ああ、それは……」
ヒロは共和国で起きたこと、そして白い狼の正体などをミライに語る。
だが何か腑に落ちないことがあったのか、途中で話を遮るように問いかける。
「思ったんだけど、共和国って言ってるのに王様いるの?」
「突っ込むところ、そこ?」
「いやほら、共和制って専制君主制ではなく、国民が選んだ代表が国を統治する方式じゃん。王政じゃないから変だなって」
「え、そうだったの」
「アタシも知らなかった」
政治体制にてんで興味がなかった少年少女が、目を点にしながら顔を合わせる。
「バサナの国民の総意は『強い者に従う』だからな。そして他国が王政や帝政を敷いている以上、こちらも王と名乗るべき、とされてきたのだ」
「じゃあ、下克上は日常茶飯事?」
「当然。弱き力で国をどうして動かせよう。故に、私は日々鍛錬を欠かさず、玉座を5年も守り抜いてきた」
「たった5年だったの!?」
「そして奪ったのがシノハラ、と」
「屈辱だが、これもバサナの掟だ」
ライオンが野心を再び瞳に灯し、右拳をグッと握りしめて眼前に掲げる。
「だが、私は再び強さを示し、必ずや玉座へと舞い戻る」
「え。それで助けを頼むって、強さを示すための手段は何でもありなの?」
「人脈や知略も強さのひとつ。使いこなせてこそ、であるからな」
「……よくこの蛮族の国が大国になれたね」
「アタシも、他の国に下げる頭がない気がしてきた」
「酷くないか?」
「と、とにかくさっさと帰ろ!?」
このままだとラチが明かない、また追手が来てもまずいと感じたヒロが促すと、すぐさまミライが転移魔術を唱え、一行は城下町へと飛翔した。
数分ほどで正門前に到着した直後、ヒロが膝を折りマオに優しく告げる。
「マオは外で待ってて。モンスターが勝手に中に入るのもアレだし」
「クゥン……」
「大丈夫! ウォルターか白猫の爪団に頼んでみるから!!」
ヒロが必死に手を合わせてお願いしている様を見て、マオは渋々頷いた。
「そうだ、サリエラは何処? ちょっと伝えたいことがあって」
「いまは会えないかも。追加の異世界召換を止めようと交渉中」
「追加で? そんなことできるの?」
「うん。ちょっと長くなるから、王城まで歩きながら話す」
道すがら、ミライは異世界召換術式の真実について、ヒロ達に伝える。
王となったときから知っていたシンヴァ以外、あまりにも衝撃的な事実に息を呑んでいた。
「……嘘だろ」
「既に噂程度だけど城下町にも広まってる。じゃないと、追加召換を止められないから」
「止めるって、そりゃ当たり前だろ! だってそんなことしたら」
「どこかの異世界の、どこかの時代で……大量に生き物が殺される」
「……この世界は、アルテンシアは。他の世界の犠牲で成り立ってたってのかよ……!」
異世界召換術式は、定期的かつ自動的に、無作為に選ばれた異世界と時代に対して発動される。
様々な事象を起こして得られた魂をアルテンシアに召し、万能エネルギーたるマナへと変換する。
この余りにも非人道的な所業に、ヒロは眉間を歪め、歯を強く食いしばっていた。
「エリーゼが動揺してないの、意外」
「……酷いと思われても仕方ないけど、アタシはアルテンシアしか知らないもの。転生者とモンスターが一緒だったってことのほうが、衝撃だった」
「……」
「モンスターのことは憎かった。人の気持ちも知らないで好き勝手暴れて、命を奪って。酷い奴だって思ってた」
ローブの首元をぎゅっと握り締めるも、俯いていた顔を前に向け直して続ける。
「だけど転生者にもモンスターにも、良い奴もいれば悪い奴もいる。本当はもっと世界は難しいしわからないことだらけだろうけど、今はそう思うことにしたの」
「……凄いね、エリーゼは」
「うぇえ、ミライが素直に褒めてる!? 明日、大嵐とか来るの!?」
「むっ」
「大嵐はわからない。だが、バサナの戦士は嵐の如く来るであろう」
「むっ!」
今日いちばんの驚きを見せた村娘と真面目な顔でボケに乗るライオンに対し、ミライが頬を精一杯膨らませて遺憾の意を示す。
そんな道中、傷だらけの褐色の少女が王国兵に追われながら、ヒロ達の方へと向かってきた。
「脱走だ! 捕虜が脱走したぞー!!」
「勇者は嫌だ勇者は嫌だ勇者は嫌だぁあ!」
「えっ」
「あっ」
かつてトラウマの原因と共にいた赤髪の少年が立ち塞がっていたためか、バサナの転生者、サラが顔を青くしながら足を止める。
「なんでお前プロキアに居んの!?」
「なんでお前ライオンのおっちゃん連れてんの!?」
互いに指をさし合いながら、驚愕の声を返しあう。
「バサナから追放された。あと玉座も正式に奪われた。だからプロキア側に付くこととした」
「マジかぁ……てかトシキはどうしたんだよ、アイツもバサナ側ってか?」
苦虫を噛み潰したような表情で問うと、シンヴァは表情を曇らせながら、伝える。
「……彼は、最期まで私の従者だった」
「……そうかよ」
複雑な想いを舌打ちで吹き飛ばすと、サラはパシンと自分の両頬を叩いて、決心を孕んだ両眼を主へと向けた。
「ならアタシもコッチ側だ。おっちゃん達と違ってアイツは肉くれねーし。それに、ウォルターは腹いっぱい食わせてくれるし!」
「そうか……! 感謝する!」
「だからさ、はやくヒロってやつ連れてきてくれよ。あんな美味い飯、食ったことなかったから!」
唾液を口に溜めながら満面の笑みで頼み事をするが、シンヴァは呆れた様子でヒロのほうをちょいちょいと指差す。
「え、俺?」
「え、お前だったの!? あのイカれ正義マンと一緒に居た」
「誰がイカれているって?」
「ヒィ!?」
まるで鬼神のようなオーラを放ちながら追いついたプロキアの勇者ジークが、サラの能力の緩んだ一瞬のうちに両脚の腱を削いでヘッドロックをかける。
「罪を背負った君には、相当の罰が必要だ。脱走した罪、プロキアの兵士を傷つけた罪、そしてバサナに生まれた罪」
「やめろ、死にたくない! 死にたくないぃ!」
「……ジーク」
「おかえり。随分と遅かったね?」
バツが悪そうに目を背けるヒロに対し、ジークは皮肉混じりに返す。
師を、村を守れなかった事実が背筋を走るも、震える首を何とかジークに向け、重い口を開く。
「……色々、話したいことがあるんだ。だから後で」
「今すぐ」
「っ」
「それが誠意でしょ」
「……わかった。シンヴァ様、申し訳ございませんが」
「構わぬ。話がついたら私も向かう」
ヒロは一礼した後、ジークに連れられる形でヴォルフガング邸へと足を運び始める。
「あ、アタシは今すぐ着いてくから! なんかまずいことになりそうだし!」
仲間なはずの兄と親友が、まるで処刑者と罪人のように歩いている様を見兼ねたエリーゼも、彼らの仲が裂けぬようにするため足を急がせた。




