第39話 異世界からの召換⑤
ヒロが剣闘士にさせられてから2週間が経った。
「な、なんとか勝てた……!」
「お疲れ様! はい、回復薬」
「ほんと助かるよ。いやぁ、ほんと他の相手も強くなってんなって」
ヒロが料理当番になってから、剣闘士の質は飛躍的に向上した。
もともと殆ど大麦飯しか出されなかったところを栄養バランスの良い献立にしたことで、身体の造りがみるみる良くなっていったのだった。
そのため剣闘士たちは実力以上のパフォーマンスを出せるようになり、試合のレベルが上がったと観客にも好評だった。
「おう、お疲れさん! はい、今日の食材」
「オマエの料理を食うと、力が湧いてくるんだナァ!!」
「ありがと! んじゃ、飯の仕込みでもしましょうかね!」
当然、剣闘士たちにも好評で、むしろ自ら解放の権利を手放してまでヒロに食材を提供するようになっていた。
「凄いよね。レシピが広まって、お客さんに料理を売るようになったんだもん」
「そのようなものが無料で食せるのだから、剣闘士を辞する者も居なくなった……か」
「おかげで他の方々も強くなって、良い特訓になってます。負けたときもありましたし」
剣闘士は命を落とすことも多いが、いざというときはレフェリーがストップをかけるため、負けても生き永らえることができていた。
そして、獣人たちもヒロの料理の才を認めており、彼らが勝つ際も殺さずにいてくれていたのだった。
「ほい、出来ましたよ。今日は、漢方ソースの豚もつ煮です!」
「ヒロ、バサナの生き物も調理できたの!?」
「そか、プロキアに豚は居ないんだな。居たとしても家畜にはしてなかったっけか」
文化間のギャップに様々な反応を見せる2人を遠目に、シンヴァは焦りを募らせていた。
(……まだか。そろそろ転生者が召喚されるはず。そのときが、戦いの始まりを告げる狼煙となるというのに)
異世界召換術式を起動するこの日、シンヴァはキョウヤに対して反乱を起こそうとしていた。
だが事前に練っていたはずの計画が始まらないことに、苛立ちを覚えていたのだ。
「おい、大変だみんな!!」
「次の試合は中止、中止だ!!」
そんな中で、試合に出ていたはずの剣闘士が急ぎ戻ってくる。
(……始まったか)
何か異変が起きた。きっと、そこまで遠くない場所でモンスターが暴れている。
ここまでは計画通り、と思っていたときだった。
「闘技場のすぐそばで、知らないモンスターが溢れている!!」
「なッ!?」
観客の悲鳴。モンスターの咆哮。
それらが入り混じり、バサナの民のレジャー施設は、いつの間にか阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
(まずい、最悪だ。よりにもよって、ここが選ばれたのか!!)
転生者やモンスターが発生する場所は予測できない。
そのため、突然首都にそれらの脅威が発生する場合もあるのだ。
「おいおいおい、なんやこれぇ!?」
「き、きょーやぁ! どうにかしないと、お客さん逃げちゃうよぉ!!」
特等席で国の混乱の様子を見ていたトシキとミエコも、慌てふためき、声を上げていた。
「あ? いま忙しいんだけど」
「って何しとんねんワレェ! 何こんな非常事態にカレー食っとるんじゃあ!?」
だが最凶の転生者は、そんなこと知らんと言わんばかりに、売店で購入したカレーをガツガツと食べていた。
「きょーやぁ! それヒロって奴がつくったんだよ! 毒入ってたらまずいよぉ!!」
「ッるせェエ!!」
食事の邪魔をされたキョウヤが怒号を飛ばす。
そして心の底から悲しそうな表情を浮かべた。
「オレはな……いま負けたんだよ。こんなもんを美味ェって思っちまった。だから誰よりも強くなるため、コイツより強ェ飯作らなきゃなんねェ」
「あぁぁ、こうなったらテコでも動かないよぉぉ」
「いやアホなんとちゃうんか?」
生前からキョウヤと一緒に居て行動を理解していたミエコに、関西弁の転生者が思わずツッコミを入れる。
カレーを完食したキョウヤは闘技場を後にする前に、天井へ向かって声をあげた。
「あとは頼んだぞ、ハオラン。オレは鍋回してくる」
「……はぁぁ」
すると天井の一部が外れ、中からぬるりと髪が足まで伸びた痩せ型の青年が這い出てくる。
トカゲのように着地したハオランは、ぶつぶつとうわ言を言いながら、壁にかけられた松明を貪り始める。
「面倒臭いのに頼まれた、マイナス30点。ご飯くれなかった、マイナス30点。捕まえた狼が見つからない、マイナス40点」
「げぇ、0点なってもうたぁ!」
「ひぃぃい! ば、ばりやー!!」
キョウヤに次いで凶悪と謳われる転生者が、ギョロリと大きな眼を動かし、標的のモンスター集団に目線合わせる。
独特な魔術の詠唱が終わったのを聞き届けたミエコは、懐から出したガラス玉と石壁に手を合わせ、球型の防壁を作り出してトシキ共々身を守ろうとした。
「陽精降臨・破国閃」
そしてバサナ特有の精を使役する魔術が放たれ、閃光に包まれた陽精が地面に降り立った。
瞬刻、精が拡散し、目に入るものを光の刃で斬り裂いてゆく。目にも止まらぬ速さで次の獲物……モンスターを、観客を、そして闘技場を切り裂き、崩していった。
数十秒もすると、闘技場は崩壊し、そこに居た生物の殆どはマナへと還っていたのだった。
「……終わり。寝る」
「ひぃ、ひ、ひぃい……」
「お、お疲れさんした〜……」
多大なる犠牲を出しながら対象を沈黙させたハオランは、猫背のまま城の方へと消えていった。
バリアを解除してへたり込んだゴスロリ少女を横目に、トシキが頭を巡らせる。
(最悪やな。けど、そうこう言っていられへん。ここに散らばったマナを、シンヴァ王が取り込めば)
そう、不測事態が起こったときのパターンを思い起こそうとしていたが。
(マナが、殆ど無うなっとる……!?)
さらなる不測の事態が発生してしまい、シンヴァ王を探すために駆け出した。
〜〜〜〜〜〜
地上は崩壊したが、地下に収容されていた剣闘士たちは何とか皆無事だった。
陽精は目に入るものを攻撃し続ける習性があった。しかし地下は目に入らなかったためか、攻撃対象に含まれていなかったようだ。
「……仕方あるまい。貴様ら」
「これ出れるんじゃね!?」
「行けるナァ、こりゃ!!」
「なぁ!?」
つい先刻まで出たくないと言っていた剣闘士たちも、状況が混沌としたせいか地上を目指して突撃し始めてしまった。
急遽、剣闘士たちを反乱のための傭兵として雇おうとしたシンヴァだったが、その目論見は外れて自由を謳歌しようとしていた。
「やっぱ自由がいいわこりゃあ!!」
「ヒャッハァー! 自由だァー!!」
魔力切れで陽精が消えたのを確認した剣闘士たちは、嬉々として更地へ消えていった。
ヒロも後に続こうとするが、呆然と立ち動こうとしないレオルーに違和感を覚える。
「あの、レオルーさんはここから出ないのですか?」
「そういう君はどうなのかね」
「ここを出て王国に戻ります。仲間に色々と知らせないと」
「仮にも君はシノハラの奴隷であろう」
「それは貴方もですよね」
ヒロが正体を看破したような視線を送ると、シンヴァも観念した様子で仮面を取り、ライオンの面を見せた。
「いつからわかっていたのかね」
「エリーゼが話してくれました。1週間も前から」
「なんだと」
「仕方ないじゃないですかぁ!! 初日から色々と情報証拠集められてて、もうバラすしか無かったんですよ!!」
「きっと敵なんだろうなと警戒してました。すみません」
「仕方あるまい。私はプロキアの敵国の王なのだから」
いまの立場を見て自嘲気味に笑いながら続ける。
「私はキョウヤ・シノハラに玉座を奪われ、仮初の王とされていた。さらに、かつて体感した奴隷剣闘士の身に、再び落とされた」
「……相当な屈辱だったでしょう」
「ああ、筆舌し難いほどにな。故に、今日を叛逆の時とする……はずだった」
「計画が狂った、ということですか」
「ああ。少し着いてきたまえ、道すがら話そう」
促されるままシンヴァの後ろへ着いて行くと、闘技場の更に地下へと続く隠し階段へと辿り着いた。
そこを降りながら、シンヴァは口を開き、語り始める。
「今日は大国が揃って異世界召換術式を起動する日だ。故に、召喚された転生者やモンスターの対処に敵戦力が裂かれたところで、各個撃破を見込んでいた」
「流石に無理がありすぎますよそれは。まず分断されるとは限らないじゃないですか」
「いや、いまシノハラたちと密接に繋がっているクングルー将軍なら」
「ああ。奴は間違いなく、転生者たちに回収を命じただろう」
「でも、あの能力ですよ、無茶が過ぎるのでは」
「それには及ばぬ。あの能力は音を遮断すれば対処可能だ。そして、今日に限れば私のほうが力で上回れる」
「え、それってどういう」
ヒロの抱いた疑問は、目の前に広がった光景によってかき消されていった。
「……モンスターばっかりだ」
「なんでこんなの保管してるの……!?」
そこには異形がガラス張りの台座に乗せられ、まるで展示されているかのような空間だった。
薄明るいその部屋では、人の気配を感じ取った瞬間から、今すぐ出せと言わんばかりに
さらに、モンスターの乗せられた台座には、それぞれプレートがあしらわれていた。
『ジョン・ヘンダーソン、17歳、アメリカ』
『ソア・ヨンハ、23歳、コリア』
まるで別世界の人の名前のような単語が彫られた青銅のプレートを、ヒロは流れるように凝視していた。
「着いたぞ。彼女だ」
「……あの狼!」
シンヴァに促された先には、白い狼がガラスの台座の外でうつ伏せになっている姿があった。
だがヒロが近くにいるとわかると、耳を立てて顔を上げ、ワゥと鳴いて見せていた。
「よかった、生きていたんだ!」
「彼女が先ほど回収したマナを、能力で移送してもらう。これで一時的にだが、力を極限まで引き出せる」
「え、モンスターと協力関係を結べたんですか?」
「君の名前を出したら、二つ返事だったよ」
「え、それってどうい――」
その瞬間。
「――ぁ、ぁあ」
ヒロの眼は開かれ、白い狼に釘付けとなっていた。
〜〜〜〜〜〜
同じ頃、プロキアでは研究に没頭していたサリエラのもとへ、嬉々とした様子でウォルター達が雪崩れ込んでいた。
「自衛の正当性が認められて、追加で異世界召換術式の起動許可が下りた! いけるぞ、転生者を召喚しまくってシノハラを倒そうではないか!!」
「うん。仲間になるとは限らないけどね」
「一言余計なのだ貴様は」
狭い隠し部屋でわちゃわちゃと騒ぎ立てる2人だったが、いつも誰よりも騒がしくしているサリエラが、今日に限って全く反応を見せなかった。
「……サリエラ?」
「異世界召換術式は、どうなってる?」
開かれながら散らばった本を避けながら顔を覗き込む。
「ダメだ……異世界召換術式は、絶対に使ってはならない」
その眼は、罪に溺れていた。
知らぬ間に禁忌へ触れてしまい、人間性に揺らぎが生じ始めていた者の眼だった。
「ミライに翻訳してもらってから疑問に感じていたのだ。何故、『召喚』ではなく『召換』なのだと」
「さっきから何を言う。強い転生者を」
「それがダメなんだ!!」
サリエラが震わせながら怒鳴り声をあげる。
そのまま手で顔を覆い尽くし、膝から崩れ落ちる。
「転生者、並びにモンスターは……」
「異世界人を殺して抜き取った魂を召し、マナへと換えたときの、副産物だ――!」
「……なん、だと」
「ならモンスターも、元は……」
〜〜〜〜〜〜
震える足が、前へ前へと動いてゆく。
前のめりになり転びながらも、ぼやける視界に映る白い親友へ手を伸ばさんとする。
ようやく合点がいった。
なぜ、あの白い狼は尋の言うことだけ聞いていたのか。
「ずっと、そこに居たんだな」
なぜ、尋を守ろうとしていたのか。
「ずっと……守ってくれていたんだな」
なぜ……ずっと尋にマナを与え続けていたのか。
「真央――」
「……ワゥ」
涙を流しながら強く抱きしめるヒロに、白い狼――マオは、小さく嘶いた。
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