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第37話 異世界からの召換③

 剣闘士歴5日の奴隷少年は強い苛立ちを覚えていた。


「ヒ、ヒロ……本当にやる気?」

「当然だろ。もう我慢の限界だ」


 つい最近エリーゼが機嫌を直してくれたにも関わらず、再びストレスがピークに達しかけていた。


「おい。ちょっといいか」

「あァ? なんだ人間の分際で」

「テメェはプロキアの! 俺っち達をどうする気だコラ!!」


 威嚇する犬のような形相を浮かべながら近付いた相手は、獣人ニュートの集団だった。同じ奴隷剣闘士だが、種族も国も異なるヒロとは不倶戴天ふぐたいてんの仲であった。


「お前らに言いたいことがある」

「んだとゴラァ!?」

「用件によってはただじゃ済まねえぞコラ!」


 トカゲやヘビの姿をした獣人たちがヒロを囲み、メンチを切る。

 だがヒロは臆さず、リーダー格の男に向かって何かを差し出しながら、怒鳴りつけた。


「料理が下手すぎなんだよ。お前らは!!」

「……ハェ?」


 大麦飯が盛られていた皿を見せつけられたトカゲは、夢にも思わなかった言動をされたせいで気が抜けた声を漏らしてしまう。


「お前らが今週の料理当番だってのに、何だよこのバランス!? 大麦ばっかり、そしてたまに干し肉の塊! 野菜は何処行った野菜は!」

「そう言われても、ナァ?」

「戦闘ばっかりしてきたし。それに、干し肉さえ食えればナァ」

「何でだよ、脳筋しか居ないのかバサナの戦士ってのは……!」


 あまりにも残念すぎる食の事情に、思わず頭を抱えてしまう。

 同時に、士気の差でプロキア軍がバサナを圧倒できるのではないかとさえ、考え始めていた。


「美味くて栄養価のある戦闘糧食は戦場で必須! だから全員俺に勝てねえんだよ!!」

「んだとゴラァ!?」

「じゃあテメェが作ってみろやゴラァ!!」

「おぉ? いいんだな?」


 待ってましたと言わんばかりに、ニィと悪い笑みを浮かべていた。


〜〜〜〜〜〜


「よーし、料理当番になれたぞー!」

「や、やっちゃったぁー!?」


 明らかに気分を良くして帰ってきたヒロに、エリーゼがテンションの差に戸惑い、頓狂な声を上げた。

 だが戸惑ってこそいたものの、ヒロの料理が食べられるためか、声に喜びを隠せていなかった。


「やっと、やっと肉が使える……!」

「干した肉を食べたとき、凄い顔してたわよね」

「当然だろ!? 肉をマナ化させずに保存できる技術があるのにハエみたいな味のを出されたら、流石の俺でも厨房に入っていくしかないだろ!!」

「た、確かに他の剣闘士もすっごい顔してた……!」


 その不味さというと、人間嫌いの獣人の中にも、ヒロに「よく言ってくれた」という視線を送る者もいた程だった。

 バサナは肉食の文化こそあるが「食えればいい」という気質があるため、料理の技術が殆ど発展していない。

 そのため料理係は基本的に標準食の大麦飯を盛り付けるだけだが、今日は干し肉の調理という面倒な仕事が追加されたため、味のある素材を不味くするような調理が施されていたのだった。


「てことで、食材ってどうやったら仕入れられるの?」

「あー、それはね」

「それはワレが話そう、新入り」


 2人が座るテーブルの島に、ドスンと筋肉隆々の男が入ってきた。

 彼は鉄仮面と腰鎧のみを装着していたが、画面から溢れ出る勇ましいタテガミが、彼の雄としての強さを表していた。


「貴方は?」

「ワレはレオルーという。君と同じ剣闘士だ」

「ご丁寧にありがとうございます。俺はヒロです、んでこっちがエリーゼ」

「はっ、貴方まさか」


 何かに気がついたエリーゼがそれを伝えようとした瞬間、レオルーが口を塞ぎながら彼女を隔離した。


(むんー!?)

(気が付いたようだな。だが黙っていてくれ、彼はバサナを殆ど知らないから都合がいい)

(王様ですよね!? シンヴァ王ですよね)

(そうだから黙っていてくれ! 頼むから!)


 変装したバサナ共和国の王が、敵国の村の小娘に必死になって頼み込んでいた。

 そのため彼女も圧に負け、こくこくと首を縦に振るしかなかった。


「待たせた。それで、食材の仕入れだったな」

「あ、はい。やり方がわからなくて」

「試合で勝ったときに貰えたコインがあっただろう」

「はい。いちおう取っておいてますけど」

「それを使えば、外の資材が手に入る。肉、魚、衣服や娯楽。勝者には当然の権利だ」

「な、なるほど……」


 力こそが正義が信条の国らしいな、と引き笑いを浮かべる。


「だが実際に使う者は居ない。飯は大麦のみで事足りる上、娯楽も一定期間で配給される干し肉で事足りるからな」

「ぜんっぜん事足りなかったのですがその」

「まあ仕方あるまい。それ以上の名誉……奴隷解放の権利を買うため、貯蓄が必要だからな」

「いまを我慢して、未来を買うってことですね。道理で交換所のシフトだと暇なわけだ」


 それなら言ってくれればよかったのに、とエリーゼは同僚に陰口をこぼす。


「だから、もしプロキアへ帰りたいのであればコインは貯めておけ。さもなくば」

「ってヒロどっか行きましたよ!?」

「すみません。干し肉とスパイス、あと野菜セットください」

「何やっているんだ貴様ァ!?」


 少しレオルーが目を離した隙に、赤髪の転生者はフラっと交換所の前に立ち寄っていた。

 すぐさま慌てて追いかけ、ガシリと剛腕で肩を掴み、ぐわんぐわんと揺らす。


「話を聞いていなかったのか貴様は!? プロキアに帰る方法は、自由になってシノハラと戦う方法は、コインを貯めるしか無いのだぞ!?」

「そうよ、出ないとあのクソ野郎をぶっ飛ばせ無いのよ!?」

「だからこそ、まだここを出るわけにはいかないんです」


 2人から必死に考え直すよう騒がれながらも、ヒロは信念を込めて冷静に語る。


「獣人の皆さんと戦ってみてわかりました。彼らは強い、身体能力が人間とは段違いだ。だからこそ、能力を使わずに軽々と倒せるようになる必要があるんです」

「でも、あんな前みたいな戦い方はダメよ!」

「もうあんなことはしないよ。俺らしい戦い方で、完封できるようになりたいからな」

「君は、ここが窮屈だとは思わないのか!?」

「そりゃ窮屈ですよ、知り合いもエリーゼしか居ませんし。だからこそ、美味い飯を食べて少しでも気分を晴らさなきゃ」


 スタッフから次の試合に出る剣闘士の名が呼ばれ、ヒロは声の方向へ身体を向けた。


「肉の調理法を買うため、ちょっと試合で稼いできます」


 そのまま自由ではなく情報を買うべく、命懸けの戦いへと馳せ参じていった。


「……トシキは、こんな戯けに賭けるつもりなのか」

「あ、あはは……」


 そしてヒロが戻ってきたのは、それからたったの10分後だった。


「圧勝しておる……」

「めちゃくちゃ強そうな剣豪だったのに」

「やっぱ楽しみがあるとやる気出るよな〜」


 数多の剣闘士を斬り伏せてきた獣人を一瞬で倒したヒロは、肉をマナ化させない方法を伝授してもらい、厨房に立った。

 すぐさまタオルで髪を覆い隠し、手を洗い、手際よく大鍋に切った具材を入れ、よく煮込る。

 そして灰汁を取り除き、出来上がったスープを、いつもの大麦飯の上にぶっかけた。


「はい、お待ちどうさん!!」

「お待ちどうさん、って……」

「ワレらの、剣闘士と給仕の分もか?」

「カレーは沢山具材を煮込んだほうが美味しいんでね!!」


 そう笑顔で言いながら、全員分の食事を用意して配膳してゆく。

 料理係を奪われたトカゲの獣人たちも、その手慣れた動きに目を丸くして大人しくなっていた。


「これ、毒入ってないよナァ?」

「でも滅茶苦茶美味そうな匂いするナァ」

「食べないならお先! 豊穣神に感謝を!!」


 待ちきれない様子で食前の挨拶を済ませたエリーゼが、素早くスプーンを口へと運ぶ。

 すぐさま目を星のように輝かせ、皿を口に近づけてがっつき始めた。

 その様子を見て、ほかの獣人たちもカレーライスを口へと運ぶ。


「何だこりゃあ!?」

「良くわかんねえけど美味いナァ!!」


 厳選されたスパイスの辛味と根菜の甘味、そして肉の旨味が溶け合い、口いっぱいに広がり活力を与えてゆく。

 食文化に疎いバサナの民も、たちまち美味い美味いとしか言えなくなるほどに心を掴まれていた。


「喜んでくれて何よりだよ。作った甲斐があった」


 皆の喜ぶ姿を見て幸せそうに笑うヒロを見て、レオルーは呟く。


「私は彼を見誤っていた。その場に足りないものを一瞬で割り出し、補うとは」

「ただ料理が上手すぎるだけですよ多分」

「だが、ここの空気が反転したのも事実。王として、彼には天晴れと言わざるを得ない」

「王様、スープ口についてますよー」


 そのまま近くに座っていたエリーゼのツッコミも聞こえぬ程に、シンヴァは集中して思案を巡らせる。


(今月の異世界召換まで、あと10日。その日までに、彼をもっと知らなければ)


 そのまま目を閉じ、いまの玉座に座する暴君の姿を思い浮かべ、決意を新たにする。


(私の戦争……シノハラから共和国を解放する、その日ために)


 かつて自身が王として君臨した国を憂い、本当の敵を倒さんと心を燃やしていた。

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