第36話 異世界からの召換②
翌日から、ヒロは自傷行為にも等しい戦い方をやめた。
冷静に敵を観察し、相手に合わせた最良の一撃を放ち続けて場を制する戦い方へと戻していた。
そんなヒロを天上の特等席から、共和国最強にして最凶の転生者、キョウヤは笑いながら見下ろしていた。
「ハハッ、更に強くなってやがるなアイツ! もっとだ、もっと敵を喰らえや!!」
「そんなに気に入ったの、アイツのこと」
彼の肩からヒョコリと顔を覗かせたミエコが問うと、肯定の意を込めた笑み浮かべる。
「何でもオレを倒すために何でもするくれェのタマ持ってやがる。こりゃ暫く暇しなさそうだ」
「ふーん……あのカラスは、なんて?」
「ギャースカうるせェから黙れっつっといた」
「ひ、ひえぇ」
弱いクセに偉そうな態度をする将軍を思い出し、明らかに嫌そうな表情を浮かべる。
そのため気分転換と言わんばかりに、近くに立っていたトシキへ矛先を向ける。
「にしてもヒムラも酷ェ奴だな。あの村の生き残りを攫うなんて」
「昔っから良い女は上等な戦利品やろ。それに、俺は戦利品を好きにしとるだけや」
「今の時代、女をモノ扱いは洒落になんねェぞ」
「それ言うたら、あの方は何や。モンスターを戦利品にしよったで」
「な、なんか……人を守るモンスター、だって」
「メイドインプロキアやから調教もされとらんのに、偉い賢いやっちゃな」
転生者だらけの特等席に姿を現さない、もう1人の転生者の眼に思わず感心していた。
「まあどっちもいいんじゃねェの? 勝手出来るのは強ェ奴の特権だしな」
「おおきに。ほんじゃ好きにさせてもらいますわ」
「きょーや、アイツのこと気に入ってるね」
「ああ。なんでも前世で人を殺しているらしいしな」
その瞬間、トシキはひょうきんな態度を一変させ、老化の亜空間を放ちながら最凶の転生者の首を握り潰さんとする。
対するキョウヤもイジった相手の腕を掴み、亜空間が当たらないようへし折った。
「おいおい、冗談言っただけだろ」
「……前に、それ言わんといてと頼まんかったか?」
「おーこわ。まあこの調子で血気盛んな奴だから気に入ってるんだよ」
「ぅえ、悪趣味ぃ」
「テメェが言えたことか」
ジトっとした態度を取り続けるミエコにツッコミを入れ、腕を折った相手に回復用の小瓶を投げ渡す。
「悪かったよ。ただオレがテメェを気に入ってるのは事実だ、仲良くしようぜ?」
「……ほんま趣味悪いわ」
腕を治した後も、トシキは王様気取りな高校生を睨み続けていた。
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「……はー、ほんま疲れるわ」
1日の仕事を終わらせたトシキは、いつも以上に疲れた様子で床に寝転がる。
有力なバサナの転生者は全員、シンヴァ王が用意した豪華な部屋に住んでいる。
トシキもそれを気に入っており、力を持ちながらも争いを好まないライオンの王のことも評価していた。
「それはこっちの台詞よ。これ、いつまでさせる気?」
「そう言わんといてぇな、おかげで立派に成長できたやろ。成長って、尊いことなんやで?」
「こんな成長いらないわよ」
「……しゃーないなぁ」
捕虜としてトシキのベッドに座っているエリーゼが、今にもバサナの衣装から溢れそうな胸を腕で隠しながら怒鳴りつける。
そのためか再度自分たちの目的を認識させようと、人差し指を彼女の目の前で立てて見せる。
「これも、ヒロっちゅう奴助けるためやろ」
「……まあ、そうだけど」
トシキの確認に、少し俯きながら応える。
すると彼も腕を頭の後ろに組んで再び寝転がり、愚痴を吐き始める。
「気に入らんねん、力まかせにどうにかしよー言う奴。その果てが大量殺戮ですかて」
「だからアタシを密偵に仕立て上げたの? 素早いクルトのほうが適任でしょ」
「あー。そりゃ理由が3つあるんやわ」
そう、指を3本立てて見せる。
「まず女のほうが怪しまれにくいやろ。それも可愛らしい小娘やったらな」
「……なんか引っかかる言い方」
「ほんで、お前はヒロと仲良かったやろ。あのまま剣闘士やってたら心とか壊れとったしな」
「ま、まあね。でも、ほんとに戻ってくれてよかった」
そう言った計らいをしてくれたんだ、と少し表情が和らぐ。
「そして3つ目」
「3つ……?」
ずいと顔を近づけ、勿体ぶった様子で息を溜める。
そして、満面の笑みを浮かべながら。
「俺の趣味や」
「え、は?」
口を開き、戯言を発していた。
「何よ、ふざけなさいよ!? もったいぶっといてそれは無いでしょこの変態!!」
「変態って2回も言わてもうたわ!?」
「だってそうでしょ!? アタシ攫って恥ずかしい服着せて、それでこんな働かせるなんて!!」
「しゃーないやろ! こんなドスケベな服が伝統衣装っちゅうんやから!!」
鍛えた肉体を魅せながら暑さを防ぐ、という意味のある歴史を知っている分、トシキはもどかしさを覚えていた。
「まあ安心せぇ、お前に色恋抱くのはあり得へん。もう心に決めた人が居るんやわ」
「……その言い方も癪なんだけど」
「ま、そのおかげでヒロっちゅう奴にも肩入れしたくなるんやわ」
「そうだったの?」
少し興味ありげに耳貸す様子を見て、トシキは昔話を始めた。
「その娘はえらく珍しい病でな。子供の頃から全く成長できんかったんや」
「病気? そんなの教会の方々が、大体どうにかできるでしょ?」
「そらアルテンシアではそうやわ。けど、魔術なんて無い世界もあんねん」
エリーゼは、考えつかないといった様子で首を傾げる。
「その娘と結婚の約束もしとったんやけどな。俺や周りと違って成長できなくて、時間が止まっとる事を悲しんどった」
「それとアンタの変態性に何の関係があるのよ」
「影響されて、俺も成長っちゅうもんに執着みせるようになった。あの娘が出来んかったことが、羨ましい思うようになったんやわ」
はぁ、と溜息を吐き、続ける。
「そんで、あの娘の時間は永遠に止まってもうた……そして、それをずっと馬鹿にした奴の時間も……俺が、止めてもうた」
「えっ、アンタ」
「故意やない……いや、先が見えんくてもカッとなって突き飛ばしたから故意なんやろな」
自嘲気味に、そして喉の奥から無理やり言葉を出すように続ける。
「前に進む成長を望んどったのに、後ろに戻る老化の能力を授かったってのも、ほんま酷い皮肉やで。転生するとき、神サマに会った覚えないんやけどな」
「それでも! その娘のことを、アンタは大事に思って……その結果なんでしょ!?」
「その結果だとしてもな、命を奪ったことには変わらへん。アルテンシアに来てからは、それにも慣れてもうた」
ハッとした。彼は、エリーゼの思い浮かべるヒロの姿と似ていた。
好きな人のためなら何だって出来て、そして命を大切に想える。
「ねえ。命の線引きって、してる?」
「はぁ?」
気がついたときには、身を乗り出していた。
自分にも出来ることがある。
ヒロがしてくれたことを、そしてヒロにしてきたことを、彼にも出来る。
「ただの人殺しにならないための、このラインを越えない限り命を奪わない、って線引き」
「アホらし。命を奪うのに甲も乙もあるかい」
「確かに奪われた側はたまったものじゃないよね。わかるよ、どんな理由であれ仲間が殺されたら、きっとアタシも相手を許せない」
エリーゼは深く頷き、そしてしっかりと目を合わせて続ける。
「でもね、そんな相手の痛みを理解して寄り添えるのって、凄いことなの。アンタも昔はそれが出来ていたはずよ」
「ヒロには今も出来てるっちゅうんか?」
「アタシが知る限りは、だけどね。だからさ」
エリーゼは正座し、そして誠意を込めて両手を顔の前で組み、頭を下げた。
「アンタのこと、悪い人じゃないんだなって、わかった。酷い言い方ばっかしてしまって……ごめんなさい」
それはプロキアの最上級の謝罪の姿勢、日本でいう土下座と同じ意味のジェスチャーだった。
トシキは息を呑んだ。気がつくと、ここまで人の心を動かす転生者の言動を思い返していた。
「……そういや、アイツが投降しろー言うとったとき、殺意は見えへんかったな」
「……」
「うん、何となくソイツのことがわかった気がするわ」
「ほんと?」
彼の口調にこもる想いを感じ取ったエリーゼが、顔を上げる。
「ああ。ワガママなガキやな」
「……まあ、そうかも」
「けど、嫌いじゃあらへん。何より、なぜか共感できるんやわ」
「確かに」
そう微笑みを返し合うと、トシキはヨッコラセと立ち上がり、部屋を後にしようとする。
「どこ行くの?」
「ちょっくら、うちの総大将はんに急用ができたわ」
そう手をヒラヒラと見せながら、廊下へと踏み出す。
(話せてよかった、おかげで腹が決まったわ。シンヴァはん、俺はヒロに賭けるで)
その眼には決意が宿っていた。
そして、全存在を捧げてでも見届けたい景色を描く。
自分の信じた王が、再び玉座へ戻る様を。
(アイツは俺が逃げたことにも真正面から立ち向かっとる。なら、ちょいと贔屓しても、バチ当たらんよな?)
そして、自分の信じた男が、最凶の男を打ち倒す様を。




