第35話 異世界からの召換①
「ぶっ飛べぇ、人間のガキがぁ!!」
「……っ」
ヒロの2倍はあるクマの獣人が、剛毛と筋肉で覆われた腕をヒロに叩きつける。
重い一撃が人間にヒットすると共に、共和国随一の闘技場に、観客たちからワァァと上がる歓声が響き渡る。
「いいぞやれー!」
「ただの人間のガキに負けんじゃねえー!」
太陽が煌々と照り付け気温が非常に高まっている中、クマ男がヒロを殴るたびに観客の熱気も最高潮へ近づいてゆく。
ヒロは布地の薄さにムラのある土色の服を着せられ、安物の剣と盾だけを持たされていた。
対する相手は腰のみを守るバサナ伝統の鎧だけだ。だが逆三角形に造られた筋肉の鎧が、並大抵の武器は弾き返しそうなほどの威圧感を放っていた。
「どうした? オマエ転生者なんだろぉ??」
「だったら何だ」
「使えよ、能力。このまま殴り倒しても盛り上がらねえぜ?」
クマがニヤニヤと笑みを浮かべながら挑発する。
「十分盛り上がってるだろ」
「俺様の気分の問題だ!!」
貧相なガキに冷めた顔で返されたためか、クマの顔は急速に赤く染まってゆき、その勢いで相手の顔面に剛拳を叩きつける。
「それが本気か?」
「ッヴゥウウ!!」
しかしヒロは避けずに頬で受けてみせ、逆に挑発をしてみせる。
自分を象徴するものを貶され全身の毛が逆立ったクマが雄叫びを上げながら、力任せにヒロの頭へ連続でパンチを放った。
「顔面整形させてやるよオマエ!! これからゴブリンとして生きていくんだなぁ!!」
「フッ」
「グォオオ!?」
何度目かの大振りな拳が当たろうとしたとき、ヒロが頭突きを合わせ、頭よりも大きな右手を破壊する。
「パワーはあるけど技は無い。アイツはこんなモノじゃなかった」
「な、何を」
「お前じゃ役不足だ」
ヒロの顔は血とアザでボロボロになっていたが、意識はハッキリとしていた。
そんな馬鹿なと言いたげなクマ男の金的めがけて、共和国民なら誰もが憧れる鎧すら打ち破る膝蹴りを、一撃。
何かが破裂する音が鳴り響いた後、泡を吹きながらクマ男は白目を剥いて気絶した。
「……ノ、ノックアウト! 勝者、ヒロ・ナカジマ!!」
シンと静まり返った闘技場をレフェリーの判定が満たした後、観客席からブーイングと怒号が鳴り響いた。
「ざけんなぁ! 人間に負けるなんてテメェは獣人の恥だ!!」
「テメェに幾ら賭けたと思ってんだ!!」
「偉いぞ人間、今日は焼肉だぁー!!」
一部ギャンブルに勝った観客からは感謝や歓声が上がっていたものの、プロキアの人間であるヒロは背中で罵声を浴び続けていた。
〜〜〜〜〜〜
「……ふぅ」
顔中を傷だらけにして薄暗い控え室へ戻ったヒロは、次の試合の予約を済ませてから、椅子に座って一息ついた。
気が付いたら、ヒロはバサナ共和国で奴隷剣闘士をしていた。一瞬にして滅ぼされた灰の村でキョウヤに敗北してからの記憶は殆どない。
今ヒロにあるのは筆舌し難いほどの屈辱感と、罪を犯して剣闘士へと堕ちた獣人の中に放り込まれた疎外感だけだった。
「……1人ぼっちって、やっぱ寂しいんだな」
いつも近くにいた仲間はいない。前世でいつも側にいてくれた真央もいない。
改めて、敗北で様々なものを失って自分の惨めさを身をもって噛み締めていた。
「お、お疲れ様ヒロ。はい、水とポーションみたいなもの」
だが、小瓶を2つ持ちながら隣に座った金髪の少女の声を聞いた瞬間、ヒロの目に生気が戻ってゆく。
「エリーゼ!? どうしてここに、てか何だよその服!?」
「トシキって奴に連れられて。それで、ここで働けって」
「アイツ……!」
いまエリーゼが身につけているものは、腰と胸のみを守るバサナ伝統の鎧だった。男は腰のみだが女は胸にも装着する風習があるらしく、他の給仕係も同じ衣装を纏っていた。
だが大切な部分以外は素肌が露わになるため、家族以外にあられもない姿を見せたことがない彼女は火が出そうなほどに赤面していた。
エリーゼが持ってきた小瓶を飲み干すと、顔や身体の傷がみるみる癒え、元に戻ってゆく。だがヒロの表情は、暗いままだった。
「……ごめん。俺、アイツに勝てなかった」
「ううん。アタシ達の為に戦ってくれたもの。それに生きていてくれただけで、嬉しい」
「……」
彼女は優しく慰めてくれるが、祖父を目の前で奪われた彼女に気を遣わせている自分が更に情けなく思え、強く拳を握りしめてしまう。
「おお、いーいおんながいるじゃねえかあ」
そんな2人に、頭の悪そうな顔をしたゾウ型の獣人がノソノソと近寄ってきた。
「な、何よアンタぁ!!」
「おまえ、おでとあそぼうや。たのしませてやるぜえ?」
「やめろ。嫌がってる」
「あぁん?」
ヘラヘラと浮かべた笑みを反転させ、4メートルほどの体躯をヒロは近付けて睨みつける。
「おではなぁ、いっぱいころしてんだぞお。にんげんも、にゅーとも、いっぱい」
警告を聞かなかった大男の眼前へ、衝撃波が起こるほどの正拳突きを放つ。
すんでの所で止まったが、これだけで実力差を理解したゾウ男は冷や汗が止まらなくなった。
「それなら殺されても文句は無いよな?」
「ィイッ!?」
たちまち逃げてゆくゾウ男を見送ると、今度は次の試合が始まるとのスタッフの呼びかけが起こった。
先ほど予約していたヒロは、虚無を浮かべた表情のまま立ち上がり、戦場へと身体を向ける。
「次の試合に行かないと」
「ちょっと、休まないとダメよ!」
「少しでも経験値を得て強くならなきゃ」
まるで戦闘マシーンのように変わり果てたヒロを、エリーゼは心配そうな顔で見送る。
「ヒロ……」
「おい新人! いま終わった剣闘士の手当てしないと!」
「は、はい!」
彼の試合を見届けたかったエリーゼだったが、先輩獣人に注意されて戻されてしまった。
〜〜〜〜〜〜
その試合も勝利できたが、結局ヒロは再びボロボロになっていた。
(今回の相手は速度自慢だった。その速さに着いていけるようになれてよかった)
ヒロは能力を使わず敵を制圧しようと考えていた。
今のヒロでは、キョウヤとのステータスに天と地ほどの差がある。そのため装備を出さず、身体能力の高い獣人を圧倒できるほどの実力が無ければ再び負けると思っていたからだ。
(一度装備を出したら、魔力が全快するまで再発現はできない。そして途中変更も不可。武器だけの発現もダメ)
改めて自分の能力を見直す。確かに強力だが弱点も多く、何より装備を出し終わったところをキョウヤに突かれたら、それだけで死がほぼ確定するため恐れていた。
(でも、新しい装備は出せるようになっていった。たぶん全て装備は出尽くしたけど)
改めて自分の弱点と、それを補う方法を導出しようと頭を回す。
(RPGと同じだ。経験値を貯めて、レベルを上げて、新しいスキルを覚える。せめて能力のクールタイムをどうにかできれば)
「もうやめてよ!」
「っ!?」
フラフラになりながら頭を巡らせいたため、ヒロは後ろから抱きつかれるまで、エリーゼの存在に気がつかなかった。
「そうやって思い込んで自分を追い詰めるの、ヒロの悪い癖!!」
「……っ」
「お爺ちゃん言ってたでしょ、自分を信じろって! だから」
「……俺だって!」
泣きながら必死に止めようとするエリーゼに、ヒロも思わず強く言い返す。
「俺だって、こんなことしたくない! でも、絶対に負けちゃいけない奴に負けた。真央を奪われ、先生を奪われ、それでもなお負けて居場所まで奪われた!!」
「なら尚更いつもの自分らしく居なきゃダメ!!」
負けじとエリーゼも強く返す。
「RPGってのが好きで、料理が好きで、そして何より優しい、いつものヒロのままアイツを倒してやろうよ。それが本当の意味でアイツを打ち負かしたってことだよ!」
「……それじゃ足りないんだ」
「そんなヒロが好きなの! アタシは!!」
「っ!?」
今日受けたどんな一撃よりも、エリーゼの言葉が強く響いていた。
「だからさ。いつものヒロのまま、お爺ちゃんの仇を。そして、マオって人の無念を晴らそうよ」
「……」
涙を堪えながら、上目遣いでエリーゼが想いの全てをぶつける。
やがてヒロの氷塊のような表情も溶けてゆき、次第に涙が溢れていた。
「……エリーゼ」
「なによ」
一通り泣き終わったヒロは優しくエリーゼの腕を下ろす。
「ありがとな」
「〜〜〜〜っ!?」
そして今度は逆に、面等を向き合いながら抱きしめた。
「なんか、頭にかかってた霧が晴れた気分だ。周りが見えていなかったけど、急に見えるようになったって感じがする」
「な、なら今の自分の行動見てよ。恥ずかしいよ」
「少し、このままにさせて欲しい。俺が勇者になる意味を、いま絶対に守りたいものを。身体に、魂に染み込ませたい」
彼女の体温を全身で感じ取る。
二度と感じ取れない、なんてことが起こらないように。
ずっとこれからも、この温もりを覚えていけるように。
「エリーゼ」
魂に彼女の体温を刷り込ませた後、今度は肩をガシリと掴み、輝きを取り戻した瞳を合わす。
「今度こそ、俺が必ず守る。そして、必ずシノハラを倒す」
「……ヒロ……」
「だから、いつも通りの俺でいれるよう、そばにいて欲しい」
「……うん……」
思春期の乙女らしい返事を聞いたヒロの表情が優しくなる。
そして近くで瞳を合わせあっていた年頃の男女の顔が、段々と近付いてゆき……
「わ、わーー!!?」
「ぶげぇ!?」
急に正気を取り戻したエリーゼが、目を回しながら頭突きを放つ。
「や、やややっぱダメぇ! 妊娠しちゃうから、赤ちゃんできちゃうからぁ!!」
「おい待て、キスくらいじゃ出来ないだろ! それこそセ」
「なーんでそんなことシラフで言えるかなぁ、ほんとに、もぉー!!」
「えげげげげ、肩外れるぅ!?」
結局エリーゼは帰還の遅いヒロを心配したスタッフが止めるまで、彼の肩へグルグルパンチをお見舞いしたのだった。




