第34話 最凶の転生者⑤
「きょーやぁ! だいじょうぶ?」
「オレ1人で十分だっての」
「へへ、やっぱさいきょーだね。きょーやは」
血を拭いたボロ雑巾のように倒れているヒロを見て勝利を確信したミエコが、キョウヤのもとにパタパタと駆け寄り、腕にしがみつく。
対するキョウヤはうざったらしそうに溜息を吐きながら返していた。
「あ、あいつ……マナになるのかな」
「ならねェよ。この程度で終わるようなタマじゃねェだろ」
「……まだ、負けて、ない……!!」
「ほらな?」
再び口角を上げて醜悪な笑みを浮かべ、少女を後ろに追いやり、起きあがろうとする負け犬に顔を目一杯近付ける。
「お前さ、そんなにオレが憎いの? そんなにオレを倒したいの?」
「当たり、前だ……!!」
体力を限界まで振り絞り、拳を放つ。
だがあまりにも弱く、そして遅く、瞬きすらせず顔面で受け止められてしまった。
「真央は、唯一の親友だった。弱くて情けなくて虐められていた俺なんかの友達に、ずっと居てくれた……!!」
血と涙と共に、身体に残った力を更に絞る。
「ゲオルク先生も、そうだ。運動ができない俺に根気よく付き合ってくれて、ここまで強くしてくださった!!」
前世から抱いていた無念を拳に込める。
負の感情を噛み締め、顔を強く歪ませる。
「何の恩返しも出来なかった! その前に、お前が奪ったからだ!!」
奪われたものを想い拳を握る。ポタポタと血が指先から垂れてゆく。
「その機会を奪った、お前は! 絶対に許さな」
慟哭と共に拳が放たれるよりも先に。
キョウヤのアッパーがヒロのアゴを捉え、そのまま宙へと吹き飛ばした。
「ひぃっ!?」
力なく頭から落下し後ろへ転がった様を見て、なぜかゴスロリ少女が悲鳴を上げた。
そして血で全身を濡らしたヒロの胸ぐらを掴みあげ、叫ぶ。
「いいか耳の穴かっぽじってよく聞け! テメェの大切なものを奪われたのは、全部オレより弱ェからだ。取り返せないテメェが悪い!!」
一才の慢心もない、厳しい面持ちで続ける。
「弱者にも人権をー、弱いもの虐めはやめようー、なんて言うけどな。なら部活の大会で負けた奴は? 受験で志望校に落ちた奴は?」
「ぁ、かぁ……」
「負け組だよ! 頑張ったことは素晴らしいとか綺麗事ほざくがな、周りは結果しか見ねェ、評価しねェ!」
「……ぁ、け」
「それで勝ち組は更に自信を付けて勝ち続け、負け組は自信を失い負け続ける。それがこの世の仕組みだ!!」
もはや意識を繋ぎ止めて言葉のようなものを発するのもやっとなヒロに、まるで魂へ刷り込ませるように吠え続けていた。
「わかってんだろ。勝った奴、強ェ奴が正義だ。弱者に人権なんて無ェんだよ!!」
「きょ、きょーや……もう、意識が」
「……そうかよ」
鬼の形相を緩めたような険しい表情を浮かべたまま、ヒロの装備は解除された。
それを見届けたキョウヤはヒロを背負い、踵を返す。
「コイツを奴隷剣闘士にする。共和国の連中の見せ物にな」
「ぁえ。プロキア侵攻は?」
「やめやめ、帰んぞ。クングルーには、暫くプロキアには行かねェって伝えとけ」
「ぁ、うん。なら、みぃも帰る」
とてとてと前に躍り出ると、キョウヤは彼女をお姫様のように抱き上げる。
そして器用に2人を抱えたまま、大ジャンプして本国へと飛び去っていった。
「……っ、そんな」
「負けたのか? 爺ちゃんも、ヒロも?」
奇跡的にキョウヤの能力の範囲から逃れていた2人が、床下の塹壕から顔を出しながら慌てふためく。
「せやで。これがウチの総大将はんや」
「ぁ……ぁあ」
そしてエリーゼ達も、気配を感じ取った敵国の転生者に見つかってしまった。
〜〜〜〜〜〜
その日、雨雲のせいで空はすぐに暗くなり始めていた。
そんな中、アゴの割れた兵隊長の馬車が、道を開けろと言わんばかりに猛スピードで街を駆けていた。
「どけ! 国の英雄を死なせたくないならな!!」
そのまま教会前で馬を止め、包帯を巻かれたボロボロのジークが運び出された。
「ジーク!!」
「酷い怪我」
仕事を早めに切り上げ白猫の爪団で夕食をとろうとしていたサリエラとミライが、仲間のもとへ駆け寄る。
「村がバサナに襲われた……一緒に逃げてた村人は、いま乗っている人以外、全滅した……!!」
ジークは共に馬車へ乗せられた、3人の女子供を指差していた。
「なんだと!? ならヒロとエリーゼは!?」
「まず治療しないと。死んじゃうよ」
「待って……まず、捕虜も運び出さなきゃ」
ジークが指を震わせながら、鋼の鎖で縛られた褐色の少女を指差す。
「たしか『究極の肉体(笑)』とかいう能力の」
「笑うな!! んで2連敗すんだよ、おかしいだろアタシは転生者だぞ!?」
「そうだな。共和国の転生者、サラ・アルバレスだったか」
「ああ、そうだよ。アッサリ負けて捕まった転生者だよ」
真剣な面持ちで問いを投げたサリエラに、サラが忌々しげに吐き捨てる。
その隙にミライがジークのに回復魔術を施し、なんとか動けるまでに怪我を治した。
「ソイツは楽だった。けど、獣人の軍団と、『もう1人の転生者』に遅れを取った……!」
「……そうだよ。アイツはクングルーのお気に入りだからな」
「バサナ三将、狡猾なるクングルーか。これまた厄介な奴がプロギアを攻めようと考えたものだな」
サリエラは未知を既知に変えようと常に動いているため、バサナの情報もある程度頭に入っていた。
そのため強さ至上主義の国で大将軍にまで昇り詰めた男に、警戒を示さずにはいられなかった。
「にぃ、ちゃん……生き、でだぁ……!!」
「クルト、お前こそ無事だったのか!?」
ボロボロで森から城下町まで駆け抜けてきたクルトを心配し、地を這いながらも駆け寄り抱きしめる。
「隙見て、逃げてきた。オレ、脚だけは自信あるし」
「泥だらけだしずぶ濡れじゃん。はやく教会の中へ」
「ありがと。でも、話さなきゃいけねーこと、いっぱいあるから」
顔見知りがボロボロだったため、流石のミライも心配して教会へ温かい毛布を借りに行った。
「……落ち着いて、聞いてくれ。キョウヤって奴に、灰の村は滅ぼされた」
「――ッ!?」
「他の村も、滅んだ。皆殺しにされてるから、城下町まで、伝わらない」
「大丈夫。もう大丈夫だから……!」
嗚咽混じりに無念を吐き出すクルトを、サリエラが優しく抱きしめる。
「じゃあ爺さんは。エリーゼとヒロは!?」
「拐われた。ヒロはキョウヤって奴に、姉ちゃんは変な口調の奴に!!」
「拐わ、れ……?」
「爺ちゃんは……じぃ、ちゃんは……!!」
朝まで元気だった村の皆を、たった一瞬で消された記憶が蘇る。
クルトは日本語に精通していないため、キョウヤが何かを呟いたことしかわからなかった。
それでも、たった1秒にも満たない行動で村を滅ぼした、という受け入れ難い事実を心に根付かせ、思い出しただけで頭を抱えて絶叫させるには十分だった。
「……ゲオルク師……」
サリエラも、惜しむように呟いていた。
そして何より、ジークは怒髪天をつく勢いでサラの首を絞めにかかっていた。
「――吐け!! バサナの戦力、武器、魔術の性質、あとはもう色々全部!!」
「よせジーク!」
「知らねえ! 知ってたとしてもテメェには言わねえ!!」
「なんだと、ならここでお前を遺物に」
「待てぇい!!」
強く鳴り響く雨音を掻き消すように号令が響き渡った。
一斉に振り返ると、そこには脂肪をよく蓄えた青髪の貴族、ウォルターが立っていた。
従者や護衛は付けているものの雨に濡れ、そのせいで整えられた髪はすっかり崩れていた。
「ウォルター卿、せめて傘くらいは……」
「おお、そうだったな」
従者から傘を受け取ると、そのままクルトの真上に差し出し、膝をついて目線を合わせる。
「貴様の魂の嘆き、我の心にも届いたぞ。よくぞ話してくれた」
「そ、その……濡れてます、すごく!」
「最前線で辛い思いをした者の前で、我だけ濡れぬなど有り得ぬからな」
貴族が村の少年の心を憂い、施しを与えている。
その事実だけで、クルトの流す涙は温かいものへと変わっていった。
「あとは任せよ。国を挙げて抵抗するよう、国王様へと進言する」
「そうだな。こうなった以上、取れる手段はただひとつ」
「ジェベル条約により異世界召換術式を緊急起動させ、抑止力を集め抵抗する!!」
アルテンシアには、もしプロキアやバサナのような大国が他国へ大義なき侵攻を企てた場合、月に1度までと定められている異世界召換術式を緊急作動しても良いという条約がある。
今回クングルーが指揮を取り、プロキアの村を滅ぼした。そしてクルトが生き証人となれたおかげで、バサナ側は言い逃れが出来なくなった。
「サリエラは確か、ちょうど異世界召換術式について調べていたな?」
「ああ、ヒロに頼まれた」
「であれば、来るべき時まで研究を進めてくれたまえ。強力な、そして道理のわかる転生者を召喚できるようにな」
「わかった。ウォルターも頼んだぞ」
サリエラの言葉に頷いたウォルターは、すぐさま部下へ怪我人や捕虜の搬送を命じた。
これから、戦火が両国を舞う。
そう予感させるように、雨は次第に強くなっていった。
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