第32話 最凶の転生者③
「なんかヤバい、はやく中へ!」
「え何なになに!?」
突如、身体が身の毛もよだつ程の恐怖に包まれたヒロは、咄嗟にエリーゼ達をワァグナー家の中へと押し込んだ。
そのまま床下に掘られた地下壕へと押し込み、床板でフタをして息を潜め始めた。
「ここ、使う日が来るなんて思わなかった」
「そうか? オレは爺ちゃんに入れさせられてばっかだったぞ?」
「だからここに隠れようって思ったんだ。恐らく、バサナ共和国の中でも最強クラスの転生者が来たかもしれない」
「はぁ!? 森のド真ん中の辺境にか!?」
「クルトが言ってたんでしょ、周辺の村を壊滅させていってるんだって!」
まさか本当に自分の村が襲われるとは思ってもいなかったクルトが、パニック気味にヒロ達へ問い詰める。
「おい、まさかこの村が無くなるなんて言わないよな!? 大丈夫だよな!?」
「……」
「なんか言えよ!!」
クルトが泣きそうな顔でヒロの胸ぐらを掴み、揺らす。
「……最悪の事態は覚悟しておいたほうがいい」
「ざけんなよ!! なら何で隠れてんだよ、オレも戦う」
「俺だって、村を守りたいよ」
白い服の第2ボタン辺りを掴んでいたクルトの手を下ろしながら、ヒロは冷静に諭す。
「だけど、先生がジークに、村人の避難を命令しているのを見たんだ。……とても1人では勝てる相手じゃないのに」
「おい、それって」
「先生は……村人とジークを逃がす、時間稼ぎをしているんだと……そう、思う」
息を詰まらせながら告げられた祖父の想いを受け止めきれず、クルトは過呼吸気味に息を詰まらせる。
「……じゃあ何で隠れてるの。アタシ達を、なんで隠したの!!」
「恐らく、ここが1番安全だからだ。敵の主力が来ているってことは、避難中に獣人の戦士隊に襲われる可能性がある」
「でも、見つかる可能性もあるだろ。獣の嗅覚とかで」
「そのときに俺が守れるように……ってのもあるかな。2人までなら何とかなるし」
そう、吐き捨てるようにヒロが告げる。
「嘘。本当の目的、あるでしょ」
「……やっぱエリーゼは鋭いな」
「ヒロの活躍を城下町でも見てたしね。どうせ、敵の能力を近くで観察して助太刀しようとしてたんでしょ」
「はは、やっぱ敵わねえや」
村の少女に真意を見透かされたヒロは、バツが悪そうに頬をポリポリと掻く。
「俺がこの世界に来て良かったって思えるの、先生やエリーゼ、クルトが居てくれたのが大きいんだ」
「……そうなの?」
「もちろん、ミライ達にも感謝してる。村の皆んなにも感謝してる。だけど、1番近くで生き方を教えてくれて、笑い合ってくれて、そして慕ってくれて。そして、家族みたいなものって言ってくれたことが、本当に嬉しかったんだ」
「ヒロ……」
「な、なんだよ。照れるじゃんか」
恥ずかしそうにする2人を見て微笑み、そして真剣な面持ちへと変える。
「だから必ず守る。先生も死なせない。俺の装備は、勇者になる意味は、大切な人を守るためにあるのだから」
「……それってマオのことだったりする?」
「当然、それもあるかな」
「ふーん」
結局その人も含まれてるのねと言いたげな、ジトっとした視線をエリーゼは剥けていた。
「そろそろ開けてもいいか? ダメでも開けるからなー」
「だな。まずは相手を知らないと――」
クルトが天井代わりの床板を半開きにすると、玄関越しにゲオルクと敵の姿が網膜へと入り込む。
「――ぁ、ぁ」
一瞬で、敵が誰なのかを理解した。
余裕綽々といった様子でヘラヘラと笑みを浮かべている敵を認識した瞳孔は全開となり、さらにアゴと腕がガタガタと震えていた。
「篠原、響弥――!」
「っ!?」
その理由を口から漏らし完全に脳が知覚した瞬間、普段絶対に見せない明確な殺意を血管を介して全身に巡らせる。
「え、姉ちゃん知ってんのか?」
「知ってるも何も、ヒロの幼馴染を奪った奴よ!」
「はぁ!? っておい、爺ちゃんが!!」
ゲオルクの全身は傷だらけで血濡れとなっており、腕と脚があらぬ方向へと曲がっていた。
杖に仕込んでいた刀身を地面に刺し、支柱代わりにしなければ立ってられないほどに痛めつけられていた。
「フーッ、フーッ、フーッ」
「……こんなヒロ、初めてみた」
「……オレもだよ」
最初にヒロが戦った転生者にも殺意は見せていたが、あくまでも命を奪う覚悟のない抽象的なものだった。
だが今は違った。恩人を痛めつけ、村を危機に陥れている敵が、幼馴染を自分から奪った奴だった。その事実だけで、脳を焼き尽くすほどの怒りが全身の奥底から込み上げていた。
「ヘェ、やるじゃんか。前んとことは大違いだ、こりゃ当たり引いたな」
「……どの口が言う。ならば、その傷の無い身体は何だ」
「何だろうな。ジジイがもっと若いときにやりたかったよ、アイツも老化の能力じゃなくて若返りなら良かったのにな」
「奇怪な能力に頼るくらいなら、儂は死を選ぶ」
「そりゃ最高だ。やっぱアンタは当たりだ」
キョウヤはニィと笑みを浮かべ、灰の村の特産品であるヤックポーションのビンをゲオルクの足元に転がす。
「何のつもりだ」
「飲めよ」
「自害しろと?」
「傷を癒せってことだよ。第2ラウンドだ、もっと楽しもうぜ?」
「知らんのか、この森で回復魔術やポーションは使えん。毒化する」
「チッ、面倒な森だな」
敵は一転して白けた様子を見せる。
だが一瞬、機嫌を悪くして目線を逸らした隙をゲオルクは見逃さなかった。
傷だらけの老体にムチを打ち、左脚を破壊しながら踏み込み、敵との間合いを詰めた。
そして仕込み杖の刀身を横薙ぎに振るう。キョウヤも間一髪で後ろ飛びをしたものの、金の装飾が施された赤い服が少し裂け、そこから血色のシミ溜まりが作られていった。
「ハハァ! 転生して初めてオレの身体に傷がついた、やっぱ最高だぜジジイ!!」
「ならば毎秒その最高とやらを超えさせてやる」
そのまま右脚だけで立ちながら、剣が分身して見えるほど素早い突きを繰り出してゆく。
キョウヤはギャハハと笑い声を上げながら全て目で追い、かわして見せる。
ゲオルクもただ避けられているだけではなく、身体中から血を出しながらも速度を上げ、そして避ける方向を読み突きの軌道を変えてゆく。
「こりゃ負けるな、死ぬかもなァ!! いいぜ、もっと打ってこいよ!!」
それでもなお、キョウヤはかわし続けた。獣のような天性のカンで、全身を使い流してみせていた。
「ゲオルクさんや、オラ達も戦うべ!」
「逃げた先に獣みてーな人がおって、それから逃げてきたんでさ!」
「アンタが居なきゃ灰の村じゃねえだよ!!」
ジークが逃していたはずの村人たちが、獣人に追われるように引き返してくる。
だが、その声に対する反応は無かった。あるのは「眼前の転生者を殺す」という想いだけだった。
「貴様も他の転生者と変わらん。偶然強く生まれただけで驕り高ぶるその性根、叩き壊してくれる」
ゾーンに入り全盛期以上の力を見せる古の勇者が、ついに最凶の転生者の身体を捉え、2発だけだが突きを喰らわせた。
「ハハァ! やってくれるじゃんか。なら次は、オレの能力を耐えてみろや」
「随分と自信があるようだ。だが無敵の能力など存在し」
『死ね』
「な――」
たった、2文字だった。
その言葉が放たれた瞬間、ゲオルクを支えていたものがプツリと絶えた。
彼だけでは無い。その周囲、キョウヤの声を聞いた村人、そして獣人。
そのすべてが、1秒にも満たない行動で生命活動を終えた。
「……結局、テメェもダメだったか」
吐き捨てるような愚痴に呼応するように、魂の朽ちた身体が光の粒子となる。草木も枯れ果て空気が渇く。
そして、木材、石材、レンガなどで作られた家屋がヒビ割れ、ガラガラと崩れ去ってゆく。
「……や、ゃ」
「なんだよ、なんなんだよ、おい」
祖父たちの、そして生まれ故郷の死を目の当たりにしたエリーゼとクルトが、嗚咽混じりに絶望を吐露する。
ヒロもまた、目の前に広がる残酷な所業に、息を詰まらせていた。
「きょーやぁ。終わったぁ?」
空中に舞うマナと共に生まれ変わった廃村へ、パタパタと少女が近づいてきた。
綺麗に切り揃えられた黒い髪をツインテールで結んだ、幼げな印象を抱かせる白い肌の少女だった。その娘の趣味なのか黒い薔薇を模したゴスロリで着飾り、弱々しそうな笑みを浮かべていた。
「着いてきてんじゃねェよ美恵子。危ねェだろ」
「にへへぇ。きょーやはさいきょーだから、みぃはだいじょーぶ」
ゴスロリの少女が最凶の転生者に、馴れ馴れしく甘えている。
対するキョウヤも呆れながら、慣れた様子で頭を押して突き放そうとしていた。
「え?」
何の前触れもなく、ヒロは音も立てずに飛び出していた。
能力から逃れたエリーゼ達が気づいたときには、既に遅かった。
「――スゥ」
幼馴染の真央を奪われ、師匠のゲオルクを奪われ、そして故郷とも言える灰の村を永遠に奪われた。
その顔には、虚無を表面に貼り付けた極限の殺意が。
そして脳内には、あらゆる死を司る神の装備のイメージが展開されていた。
「シノハラァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
地獄の怨嗟とも取れる咆哮と共に展開されしは、夜を切り取ったようなフード付きローブと、数多の骨を編み組んだ大鎌。
命を刈り取る神を模した装備が、ここに顕現した。




