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第2話 灰の村①

「コイツは俺たちを助けてくれたんだ! 悪いモンスターじゃない!」


 ヒロは白い狼を庇うように立ちながら必死に叫ぶ。

 狼型モンスターがサル型モンスターと共喰いを繰り広げたからこそ、ヒロもエリーゼも生きていた。時間を稼いでくれたからこそ、ヒロは最強の装備を顕現できたのだ。


「……確かに、アタシ達を助けてくれたけど」

「エリーゼ?」

「でもさ、ソイツもモンスターなの。敵なのよ!」

「モンスターは見つけ次第通報か殲滅。じゃないと、生態環境にも影響を及ぼす」


 曰く、モンスターは人間だけではなく他の動植物も荒らし尽くし、生態系を壊滅させる恐れがあるらしい。

 そのせいで主力産業が壊滅して滅んだ国もあるようだった。

 そのため今のヒロがやっていることは、間接的とはいえ国家反逆にも等しい行動だったのだ。


「事情はわかった」

「わかったら早く退いて。それか貴方がソレを」

「死んでも嫌だ!!」それでもヒロは退かなかった。

「たとえ相手がモンスターでも、恩を仇で返す真似なんてしたくない。そんなことしたら、真央に顔向けできないんだよ!!」


 そう、仁王立ちをしながらミライに言い放った。ヒロの想いを受けてか、身構えていた狼の頭が上がり、ワオンと寂しげに鳴いた。


『燃えろ、凍れ』

「っ!!」


 目の前の少年を敵と判断したミライが能力を行使する。するとヒロの上半身が発火し、そして脚が凍結される。氷は熱で溶けるどころか、段々と凍る範囲が上半身へと広がっていった。

 心配そうに狼が吠える。しかしヒロは、思い切り叫んだ。


「逃げてくれ! 俺もいつまで持つかわからない。だから、誰の目にも届かないところに逃げてくれ!!」


 必死だった。命の恩があるモンスターを守ろうと切に願っていた。

 狼は、その懇願を一度は拒絶しようとした。しかしミライの攻撃を受けながらも仁王立ちを崩そうとしないヒロを見て、背を向けて走り去っていった。


「重大な法令違反を確認。これより、ヒロ・ナカジマをモンスターとして殲滅する」


 ミライは、魔法陣のような模様の中心に宝石が埋め込まれた手袋を装着し、ヒロのほうへと掌を向け直した。

 そして、エリーゼに逃げるよう促し、自身も2、3歩ほど後ろに足を進めた。


「ちょっと待って、ヒロセさんとは戦いたくない!」

「私は貴方を殲滅する」

「殲滅って、あれはきっと大丈夫なモンスターなん」

『灰塵と化せ』


 一言、そう呟くと同時だった。

 紅い鎧兜を着た戦士を中心として、日の沈みかけた森全体が白い光に包まれた。

 周囲を焼き尽くさんとする熱波が広がり、森の緑を枯らしてゆく。一拍遅れて、鼓膜を破壊するほどの爆裂音が鳴り響く。

 エリーゼはおろか、能力を使ったミライも遥か彼方へ吹き飛ばされていた。空中で体勢を立て直したミライは、エリーゼを脇に抱えて上手く着地する。

 光が弱まってきたため、エリーゼはヒロの居た場所に目を向ける。

 そこでは黒煙が天へと昇ってゆき、まるでキノコのような形を作っていた。


「なに、これ。魔術じゃないわよね」

「……何て言ってるかわからない」

「アンタふざけなさいよ!! 人間に向けてやることじゃないわよ、この森を一夜で滅ぼす気!?」


 エリーゼが怒号を浴びせると同時に、ミライは膝から崩れ落ちてゆく。


「ちょっと、何か言いなさいよ!」

「……さっきのモンスターの遺物ドロップアイテム、集めといて……」


 そう言い残すと、先ほどとは打って変わってエリーゼに抱えられながら気を失ってしまった。


「なんなのよ、なんなのよもう……!」


 急に落とされたこともあり、理解が追いつかないエリーゼは思わず泣きそうな声を上げていた。


〜〜〜〜〜〜


 ヒロが目を覚ました場所は、木造の小屋の中だった。土のついた農具が立てかけられ、麦わらで作られた布団をかけられ寝かせられていた。


「……ここは」

「農具庫」

「っ!!」


 ヒロは寝起きだったが、爆破してきた相手の声を聞いて咄嗟に警戒体勢をとる。

 そのままサル型モンスターを倒したときのように、鎧兜を発現させようとした。


「能力は使えない。私もだけど」

「何でだよ、だって俺たちは」

「燃料切れ、もとい魔力切れ。能力を使いすぎたせい」

「マジかよ……」

「それと。もう貴方を殲滅する気は無い」そう言い、敵意はないといった手振りを見せる。

「信用できないんだけど」

「貴方も私も、あの狼のモンスターに助けられた。エリーゼ達と一緒に、この『灰の村』まで運んでくれた。だから癪だけど、借りが出来た以上今回は見逃すことにした」

「……」


 見渡すと外は朝の日差しに照らされており、この小屋で一晩を過ごしたことを理解した。

 そして仏頂面で勝手な事を言うミライに、ヒロは苛立ちを混じらせた溜息を吐いた。


「納得がいかない。殺意丸出しで、あんな大爆発を起こされて『はい、そうですか』って納得するのは無理がある」

「なら手続きが終わり次第、早急にその幼馴染探しを手伝う。なんでもする」

「普通、こういうときに『なんでも』なんて言うものじゃ無いっての」

「これが私なりの誠意」彼女の眼差しは真剣そのものだった。

「……わかったよ。じゃあ、それでお願いするわ。さっさと王国の城下町に行って手続き済ませて、そっから真央を探そう」

「うん」


 ミライが小さく頷く。同時に、ヒロも警戒姿勢を解いていった。

 そこでようやく、2人はエリーゼが農具庫の入り口に立っていたことに気がついた。どうやら中に入るタイミングを伺っていたらしい。

 彼女は2人分のパンと山菜スープを持っており、ヒロとミライへと手渡した。


「おはよう。この後も用事があるんでしょ、ならさっさと食べちゃって。そのあと色々聞きたいこともあるし」

「ナカジマ。彼女は何て言ってたの」

「え?」

「昨日からそれなのよ。ヒロの言葉はわかるのに、私の言葉はわからないみたい」

「たしか能力が使えなくなってて、それでヒロセさんだけ指輪をはめてないから……もしかして、言葉を翻訳する能力とか?」

「むぅ」ミライは観念したように唸る。

「図星みたいだな」

「やっと合点がいった。魔術を一言で使えるように翻訳していたのね」

「え。翻訳の能力って、そんなことまで出来るの?」

「能力の解釈を広げて応用するのは、転生者の基本テクニックだから」ミライが澄まし顔で返す。

「にしても広げすぎだろ……」

「そうよ。あんなに多くの属性の魔術を使えるのもおかしいわ」

「それ凄いの?」

「めちゃくちゃ凄いわよ、アタシは水属性しか適性ないし。あと、ヒロは炎属性だけだったってさ」どうやら最初の洞窟で、寝ているときに検査したようだ。

「ああ、落ち込まないで。1人ひとつの属性が普通よ! 2つ適性を持っているだけで魔術師として大成が約束されるし、全属性なら数年に1度の逸材よ」

「数年って、なんかスケールしょぼくね?」

「え。私は全属性の魔術に適性があるけど」

「あ、数年に1度の逸材だ」

「むっ」どうやらミライの能力が戻り、エリーゼとの会話はしっかりと聴こえるようになったようだ。

「てか、あの爆発は何なのよ。魔術にしては規模がデカすぎるわ」

「……第六位魔術を翻訳して放った」

「第六位って、魔術にランクがあるのか?」

「え、ええ。でも、第五位までしか聞いたことないんだけど」

「秘匿されているから。普通は大陸戦争で、同じ属性の魔術師が100人ほど、3日3晩詠唱して放たれるもの」


 魔術は、呪文で大気中のマナに命令して様々な変化を起こす技だ。術者の身体や魔道具を媒体とし詠唱をトリガーに放たれるため、魔術適性や属性が人それぞれ異なってくる。

 魔術の階位が上がるほど、魔術行使に必要な魔力や魔道具が多くなり、また詠唱時間も長くなる。それに比例して威力も高まってゆくのだ。

 熟達した魔術師ほど身体を魔術用に改造し、質の高い魔道具を用意し、効率の良い呪文の研究を怠らない。そんな血も滲むような先人の努力を鼻で笑うような天才が、ミライ・ヒロセという転生者なのだ。


「つまり、あらゆる属性の魔術を、国家機密級の決戦兵器みたいな火力で放てるってことか? それも一言だけで」

「そうだけど。それが?」

「それが、じゃねえよ!? あの大爆発が一言で起こせるんだよ、『死ね』って言って人を殺せるようなものだろ!!」

「死んでないじゃん」

「そうだね、俺も何でかわかんないんだよね!?」

「あと、そんな能力はあり得ない。あったら国際問題になってる」

「俺はアンタの存在が国際問題レベルだと思うけどね!?」


 激しいツッコミを終えたヒロは頭を抱え、スープに浸していたパンを口に運んだ。対してミライは、両手でパンを持ちながら小動物のように前歯でガリガリ削り始める。


「村まで運んでくれてありがとな。それに、ご飯まで」

「アタシじゃないわ、もともと運動苦手だもん。ほら、見てないで入ってきなさい」


 そう促されると、農具庫を入り口から覗いていた少年が颯爽と入ってきた。

 顔つきに幼さを残しながらも引き締まった身体をしており、彼が2人を村まで運んだという話も頷けた。


「弟のクルトよ。あの狼と一緒にアンタ達を運んだの。この村じゃ、いちばん足が速いって有名で」

「本当に転生者だーー!!」


 姉が紹介を終えるよりも早く、彼は目を輝かせてヒロに詰め寄り、手を取った。


「うぶぇ!?」

「ん、んむっ!?」


 そのせいでヒロが飲んでいた山菜スープの器がひっくり返り、服にかかってしまった。

 また、ミライは驚いたせいでカリカリと噛んでいたパンを喉に詰まらせ、むせてしまう。

「なあ、どこから来たんだ? ジアースか、それとも他の世界か!? どんな能力が使えるんだ!?」

「え、えっと……」

「んんっ、んー!」


 戸惑い、息を詰まらせる転生者たちを見兼ねたのか、エリーゼが弟の首根っこを掴む。


「いい加減に、しろー!!」

「ぐえーっ!?」


 そのままバックドロップを決め込み、クルトの意識を刈り取った。


「ごめんなさいね。興奮しちゃうから、ヒロが転生者だって言ってなかったの」

「おぉう……てか運動苦手とはいったい」


 自称運動が出来ない少女のパワープレイにドン引きしながら、ヒロはミライに山菜スープを飲ませる。少し咳き込んだが、喉の調子は戻ったようだった。


「このブレスレットのおかげよ。筋力を上げてくれるの」

「それが魔道具。誰でも身につけるだけで力を与えてくれるし、魔術にも使える」

「へえ……誰でも使えるなんて最高じゃん!」ヒロは思わず目を輝かせていた。

「魔道具は、水晶に魔力を閉じ込めたものだから。転生者の能力も閉じ込めて使える」

「……ってことは、この指輪も!?」

「そう。翻訳の指輪は、私の能力を閉じ込めたもの。だいたいの言語は自動翻訳してくれる」

「超便利じゃんこれ! 世紀の大発明じゃん、ノーベル賞取れるよ!」

「実際めちゃくちゃ売れてる。儲かる儲かる」


 指輪を指差し興奮するヒロを見て、ミライは表情を崩さずに目を輝かせていた。


「ほら、与太話も済んだことだし、アタシも聞きたいこと聞けたし。そろそろ顔を洗ってきたら?」エリーゼは、床で伸びているクルトの頬をペチペチと叩いて起こした。

「ん……姉ちゃん、もう朝か?」

「なに寝ぼけたこと言ってんの、アンタも顔を洗ってきなさい」

「やだ。オレも転生者の話もっと聞きたい」

「お爺ちゃんに殺されるわよ」

「あはは……でもまず、泊めてくれた人にお礼を言いたいんだけど」


 ヒロが何気なく提案すると、突然ワァグナー姉弟の顔色が青白くなっていった。


「え。そんなまずいこと言った?」

「礼はいい。むしろしないほうがいいわ」

「特大級のトラップを踏んだぜ、今」

「そんなに!?」

「ここを貸したのも、お爺ちゃんなのよ。でも転生者が死ぬほど嫌いで、どうしても泊めるならボロ小屋にでもぶち込んどけ……って」

「会ったらマジにぶっ殺されるぜ。オレもアンタも、姉ちゃんも」

「ひぇ……」

「冗談。転生者が村人に負けるわけがない」

「そういうとこやぞ」慢心するミライに、ヒロが冷静にツッコミを入れた。

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