第141話 天上の教皇国①
ヒロが転生したアルテンシアは、いま崩壊の危機を迎えていた。
(最初にやることは一つだ)
世界に混沌をもたらしている、天上の教皇国アルテンス。
全ての大国の頂点に立つ至上の大国であり、行き方は誰もわからない。
否、玉座に座する者以外は。
「グレイ日帝」
少年はパディス人が収容されている、貧相な仮設小屋が散りばめられたエリアへと足を運んでいた。
その最奥にて、藁の上で胡座を構える古き者。
神を模した仮面の下は、歩んできた帝王道を語らんと彫られた深いシワでいっぱいになっていた。
「転生者が何の用だ」
衰えを知らない眼光と重い声が敵国の勇者を捉える。
だがヒロは決して怯まず、真っ直ぐとした瞳で答えた。
「単刀直入に言います。アルテンス教皇国を止める手段を探るため、現実攻略本を貸して欲しいです」
「不可能、としたら如何する」
「貴方からアルテンスへ行く手段を聞き出します。各大国のトップは、行き方を知ってるはずですから」
プロキア、バサナ、ヒノワの王は居ない。
だからこそ、つい数日前まで暴虐の限りを尽くしていたパディスに頼らざるを得なかった。
しかし、帝王は決して首を縦に振らない。
「化物に話すことなどない」
「そしたら仲間に頼むまでです」
帝王を守護するパディス兵たちも、楯突く小僧を引き剥がしたい気持ちはある。
しかし、彼自身は敵兵を殺そうとしなかった。
加えて有利な状況でも、停戦の訴えを徹頭徹尾貫いていた。
なにか大義がある。想像できるからこそ、ヒロへ向けた銃口が自然と震えていた。
「何が貴様をそこまで駆り立てる」
「もう大切な人たちを失いたくないだけです」
ヒロは散って行った仲間を想い、俯く。
どうすれば救えたのか考えても、考えても答えが出なかった。
しかし、だからといって何もしない理由にはならない。
「このまま何もせずアルテンシアの滅亡を待つなんて、考えたくない!」
その声には、まさしく不退転の想いが。
祖国だけでなく、世界を背負うという信念が込められていた。
「そうか」
低く、そして穏和な声が響く。
そして護衛に銃口を下すよう命じ、立ち上がると。
「すこし場所を変えようか」
そう呟き、曇天の方と足を進め始めた。
パディスの象徴である仮面は付けていない。身なりだって簡素なものだ。
「グレイ様!」
「なぜ、ソイツと……!?」
それでも、グレイはパディス人から畏敬の念を抱かれていた。
だからこそ転生者と共に外を出歩くなど、彼らには信じられなかったのだ。
「とても慕われているのですね」
「有難いことに、パディスの皆は私を望んでくれているからな」
「じゃあ、これは何ですか。国民を裏切るようなものじゃないですか」
「そうかもな」
吐き捨てるような自嘲。
その真意を探ろうと、ヒロは周囲の人々を観察する。
(……皆、痩せてる。食糧の配給が行き届いていないのか)
否、プロキアやヒノワの人々は食えている。現に、エリーゼ達の顔色は普段と変わらなかった。
つまり、パディス人に物資が行き渡っていない。
確かに各国を侵略しようとはした。だが、これでは怨恨の連鎖は断ち切れない。
「……おなか、すいた」
「ごめんねぇ、もう婆ちゃんのパンも、無くてね……」
枯れ木のような身体の少年と老婆。
それだけではない、もはや立っている人のほうが少ない状態だ。
「……すみません。少し、お時間をいただきます」
そんな人々を、ヒロは見捨てられなかった。
すぐさまマオを呼ぶと、幼馴染の意を理解していたかのように、野菜と干し肉、そして大麦をドッサリ詰めた白い袋を携え、疾風の如く駆けつけた。
「ちょっと待っててくださいね。すぐに栄養満点のスープを作りますから」
有無も言わせず大鍋をマオの袋から取り出し、魔導装備を用いた炎魔術で火をつける。
そのまま白い狼へ水や調味料の調達を指示し、熟練した手つきで食べやすいよう野菜をカットしてゆく。
「確かに、料理が得意と聞いていたが」
「飢えて今にも倒れそうな人たちを、見捨てることなんて出来ませんから」
十数分もすると、湯気と共に涎が溢れるほどの匂いが一面に漂い始めた。
数日も食っていない者たちだ、自然と手が伸びそうになる。
「……転生者の料理など」
「いや、しかし」
だが、それを作っているのは転生者だ。
幼少の頃より悪魔と教え込まれた者の作る飯など死んでも口にしたくない。
そう、国民が渋っていたとき。
「っ、日帝様!?」
グレイが率先して小皿を取り、ヒロの鍋からスープを掬って口に入れた。
毒が入っているかもしれないのに。当然、国民たちは仰天するが。
「良い腕だ。美味い」
「ありがとうございます」
帝王の賞賛を耳にしてしまったことで、国民の理性が崩れた。
まるで土砂崩れでも起きたかのように鍋へと雪崩込み、われ先にと眼前の馳走へ身体を投げ出さんとしていた。
「ワゥアウ!!」
「真央、ここは頼んだ!」
こうなることを予測していたヒロが現場を幼馴染へ任せ、先ほどの老婆と少年へ歩み寄る。
そして膝をつき、優しい目を向けながらスープをコッソリ差し出した。
「ほら、温かいよ。腹いっぱいお食べ」
「いいの?」
「もちろん。お婆さんの分も、ほら」
「お、おぉ……」
貧窮して乾き果てようとしていたその一家は、仮面越しに心からの感謝を目から流していた。
(……まさか、このような転生者が居ようとは)
見返りを求めない善意。それも、社会的な弱者へ与えるものだ。
帝王は震えかけた心を鋼鉄のように固めなおし、笑みを浮かべていた赤髪の少年の名を呼び、為政者としての眼を向けた。
「いま一度問おう。飾らぬ本心からの真実のみを告げよ」
それはまるで、心の奥底まで試すようだ。
「君は、何のためにアルテンシアを救う」
「……僕の。いや、俺のエゴを通して良いのであれば」
だからこそ、ヒロも本音を曝け出す。
「真央に誇れる男になりたい。それだけです」
「……フッ」
少年の曇りなき青臭い想い。
帝王は吹き出し、それを皮切りに大きく笑い始めた。
「私と同じだよ、ただアリーシャに認められたかったから我が道を進んできただけの私と!!」
「え、グレイ日帝も……!?」
キョトンとした様子の少年へ、日帝が懐から何かを差し出す。
「持っていけ」
聖遺物によってカプセル状に収容していた分厚い本だった。
表題は、現実攻略本。
「よろしいのですか?」
「如何なる事があろうと、パディスは転生者を認めない。いつ暴走するかもわからない不安定な力など、信用できん」
「……それは」
「だが。私個人の話であらば、君だけは信頼しよう。君はその力を以て、他人を、国を想い、行動できる器だ」
「……!」
「アルテンシアを頼んだぞ、色男」
「っ、はい!」
かつての敵国の首相からの称賛。
それを受けたヒロは頬を赤らめて大きく、そして元気よく頷いた。
「ヒロー、そろそろお薬の時間だぞー」
が、護衛の制止も振り切り、銀髪の少女がポーションを片手に乱入する。
少年も彼女を止めるべく駆け寄ろうとしたとき。
「……ぉお」
「お?」
帝王が目尻に涙を浮かべながら、まるで赤子のように手を差し出して歩み寄り始めた。
「そこに……そこに、居たのか。我が妻、アリーシャよ……!」
「ワタシはサリエラだぞ!?」
戯言に意表を突かれたサリエラが、全霊でボケ老人を止めようとする。
しかし、ヒロは別のことを考えていた。
(やっぱりそうだ。グレイ日帝が起動した女神像も、何処となくサリエラに似てた)
間違いなく、アルテンスと大国宝には深い関係がある。
もしや、アルテンシア崩壊を止める鍵となるかもしれない。
(大国宝に出てくる『エリサ』って子にも似てるし……サリエラ、君は一体……?)
彼女が抱いた、エリサを知りたいという感情。
ヒロの頭は、彼女のことで満ちかけていた。




