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第140話 プロキアの愚者⑤

 ヒロの朧げな視界には、見知らぬ焦茶の天井が映っていた。

 どれくらい寝ていたのだろうか、鈍った頭と身体が全く働かない。


「……ここは」


「気がついたのね」


「エリーゼ?」


 動かぬ顔の代わりに眼球を向けると、金髪の少女が毅然とした様子でベッドの横に座っていた。

 手は赤く腫れ、顔に疲れが見える。どれくらい心配をかけたのだろうかと少年が憂いを見せていると。


「四日。ヒロ、ずっと眠ってた」


「じゃあ戦争は……プロキアは」


「……」


「っ、まさか」


「戦争は、終わった」


「じゃあ何で、みんな居ないんだよ。ミライにサリエラ、ウォルター達は!?」


 勢いのまま起き上がると、包帯の巻かれた身体が軋み、神経に痛みを伝える。

 だが彼が動けると判断したエリーゼは、表情を変えずに小屋の外を指で示す。


「……話すと長くなるから、いちど外に出よっか」


「?」


 促されるまま、壁伝いに歩く。

 道中、木材のささくれに手を痛めながらも陽光の差すまま戸を潜ると。


「なんだよ、これ」


 地平線の彼方。

 前方の山脈が、右手の森林が、そして左の平野が、全てマナの光と化しつつあり、消滅しかかっていたのだ。


「見ての通りよ。いま、アルテンシアは滅びようとしてる」


「はぁ!? 何だって、こんなことに!?」


「アルテンス教皇国」


 その名を聞いて、ヒロは思考を巡らせる。


「教皇国って……確か、アルテンシアの秩序を担っているとかいう」


「そう。五大国最上位にして、法の最高権威。天上におわす至高の国、アルテンス」


 ヒロはウォルター達から少しばかり聞いていた。

 各国の法だけでなく、異世界召換術式の管理も指揮している国。

 雲の上に存在するといい、秩序が乱れしときに力を見せる、と。


「じゃあ、まさか」


「下界の秩序が乱れたから平定、だって。プロキアとヒノワは焦土と化し、バサナも滅亡した。パディスも……」


「あのパディスをも壊滅させたのか? 教皇国は」


「っ、それは……」


「いや違う。ジークだ」


「えっ?」


 起きた仲間を目にし駆けつけたサリエラが、震えて口籠るエリーゼに付け足す。

 それでも意味がわからなかった。プロキアの勇者は祖国を裏切り、帝国に付いたはずだ。

 だが、その帝国軍の凶弾からヒロを守り、そして呪言を置き土産にしたところまでしかわからない。


「ジークは、何て」


「彼ならもう居ない。マオが全て片付けた」


「……そっか」


 畳むように膝を折り、クシャクシャになりそうな顔を抑え込むように手の甲を押し当てる。

 指の間から漏れる溜息を耳にしたサリエラが、予感は正しかったのだと再認識した。


「知ってたんだな。マオの強さ」


「……ずっと、守られてたわけだし」


「……」


 万能の天才と呼ばれてきた少女も、いまの彼にかける言葉がわからなかった。


「とにかく、各国は壊滅。それに大国宝に刻まれたメッセージは流出して、均衡を乱すほど強力な転生者も現れた」


「だからリセットって? アルテンスは他国を、命を何だと思ってんだよ!!」


「……人とも、思っていないのだろう」


 そう告げ、目の前に広がるプレハブだらけの光景に手を向ける。


「ここは大陸の中心部……各国から難民が逃げ込んだ避難地だ」


「なら、暫くと持たないな……」


「お察しの通りよ。パディス人はすっごい差別されてる」


 壊滅した祖国から逃げた仮面の民は、いまや世界中から恨みを買っている。

 世界の有事とはいえ、配給食や寝床を与えない、などの嫌がらせも散見されているという。


「グレイ日帝は何処に?」


「それを聞いてどうする」


「そうよ、責任を問いただしても」


 二人の声に対し、首を横に振る。


現実攻略本リアルペディアって聖遺物サルベージアイテムを借りる。それで教皇国へ乗り込む方法を探って、アルテンシアの消滅を喰い止める」


「はぁ!?」


 思いもよらない考えを示されたエリーゼが、驚嘆の声を上げて肩を掴みかかろうとする。

 だがサリエラはわかっていたかのように、村娘を右腕で静止して問いを続ける。


「それは、マオのためか?」


「確かにマオもだけど、何より皆のため」


 そう、懸命に今を生きる人々を見渡し。


「そして最後に、俺のためだ」


「……ははっ」


 右拳で自身の心臓を打ったヒロを見て。

 少女は含みのある笑みを皮切りに、胸の内に溜まった感情を吐露する。


「どうして、そうやって前に進めるんだよ」


「……」


「前に進んだら失った。自信も、親友も……そして」


 その顔には憂いがあった。

 ずっと己を天才だと確信していたが、それ以上のナニカを目にしてしまった。


「これ以上進んだら、ヒロまで、失いそうで……!」


 息が詰まる。

 言葉の代わりに涙が出る。


「ワタシ……何も出来ないんじゃないかって、また独りになるのは嫌で、それで」


「大丈夫」


 ヒロは優しい目で、それを拭う。


「俺も子供の頃は、何でも出来ると思ってた。けど、大人になるにつれて、何も出来ないんだって気付いていった」


 無力の辛さはよく知っている。

 もし装備の名前通りに最強なら、クルトを、レティシアを失わずに済んだはずだから。


「だからって、何もしない理由にはならない。現に、俺は凄く後悔している……もっとジークと、腹を割って話しておくべきじゃなかったのかって」


 憧れた勇者を助けるため、最後は何も出来なかったから。


「だから……俺は後悔しない選択をする。アルテンシアを、この世界の人たちを助けるために」


「……っ!」


 勇者の瞳に燃ゆる炎が、天才だった魔術師にも伝播する。

 震え、毛穴が開き、身体がカッと熱くなる。


「……ろ」


 あまりにも真っ直ぐとした純粋な心から目を背けたくなる。

 いや、背けてはいけない。


「ヒロ! 改めて話しておきたい!」


「っ?」


 顔を上げ、想いを伝えなければならない。

 等身大のハッキリとした言葉で、理解者ともだちに向けて。


「マオは凄まじい力を持っていた。それこそ、数千年前の伝説として名を残している原初の転生者、ハルマ・キサラギに匹敵するほどの力を!」


「……うん」


「当然、教皇国もソレを狙っているし、アルテンシアにとっての脅威ともなる。この先、きっとヒロには最大の試練が待ち受けているだろう。だから!」


 サリエラの頬にピリピリと電気が走る。

 頭を真っ白にして目を瞑りながらも、腹の奥から声をひり出していた。


「ワタシは全てを投げ打ってでも、ヒロを守る。側にいる!」


「っ、は、え?」


「これ以上……大切な人を、失いたくない。だから」


「ありがとう」


「〜〜っ!?」


 暴走した彼女を包み込むように、額を合わせて抱擁する。

 まるで炎魔術ブレイアでも唱えたかのように体温が上がり、色の薄い肌が真っ赤に染まってゆく。


「俺も、もう誰も失わせない。真央に頼ってばかりじゃなくて、大切な人を守るために、これからも進み続ける」


「あ、えと」


「だから、本当に嬉しい。一緒に、アルテンシアを救おうな!」


「そ……当然だ! ワタシの義務だからな、うん!」


「……」


 少年の無邪気な笑みを目の前で向けられた少女は、目を回しながら手を振り払い、そっぽを向いてしまった。

 その様子を白い目で眺める村娘には気にも止めず、顔を両手で覆い。


(な、何なんだ。この、もやむしゃって感じは! 嬉しいような、もどかしいような……!)


 これから祖国を、そして世界を救わなければならないのに。

 サリエラは内に生じた初めての感情に、戸惑いを隠せずにいた。


〜〜〜〜〜〜


 一方、全ての国の頂点に立つ至上の国では。


「いつ以来でしたっけ。下界の平定」


 暗く、そして白い大理石で造られた部屋の中で、円卓に座する人型が掠れた声で語りかけていた。


「俺に聞かれても困るんだけど。興味ないし」


「だいたい一千年振り。最高記録とは行かなかったね」


 金の髪に黒いメッシュの入った少年が、クスリと不敵な笑みを浮かべている。

 その様子を見た黒髪の青年が、物臭そうに溜息を吐きながら席を立つ。


「もう寝ていいよね。ニグアス」


「駄目に決まってるでしょ、ハルマ・キサラギ。ぼくたちは新たな四大国を作り直さなきゃいけないんだから」


「面倒くさい……」


「しょうがないよ。それに」


 ニグアスと呼ばれた少年の瞳に、プロキアを支えし少年少女の姿が映る。


フォタァザの新たな依代が見つかったしね」


 その口角を上げて瞼を見開いた笑みからは、幾星霜もの感情が重なり誰も真意を掴めなかった。

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