第139話 プロキアの愚者④
白い狼の真の姿を目にしたサリエラは、身体の全細胞で感じ取った。
(ワタシは、役に立たない)
生まれて初めて覚える、自らが足手纏いとなる無力感。
それほどまでに、対峙し合う異形と全能が規格外だったのだ。
「戦士装備」
宙を舞う一糸纏わぬ姿の少女が、一言つぶやく。
瞬間、ルビーのような輝きがマオの身体を包み込み、真紅の鎧兜、そして剣と盾を顕現させた。
「ズッ、ッッ」
なおも愚者は歩みを止めない。
豊かな大地も険しい山脈も、通った跡は塵の平面と化す絶滅の足が、少女を潰そうと振り下ろされる。
「はぁっ!」
「ズッッ!?」
そんなことは戦士に関係ない。
剣先で巨神の足裏を突くと、その巨体めがけて根のようなヒビを入れ、そして爆発四散させる。
「ブフ、ズズッ」
だが、爆散したはずの無数の肉片がボコボコと隆起し、歪な犬や鳥といった動物へと姿を変えてゆく。
無数に埋め込まれた刻魔弾がコアとなり発生した冒涜の生命体が、空の青色を喰らい、飛来する。
「狩人装備」
それも想定内と言わんばかりに、マオは黄昏の光と共に狩人の装備へと換装する。
そのまま弓矢を構えると、少女の背後に光が凝縮したかのような矢が、無数に発生した。
「フッ!!」
放たれた矢と無数の閃光は、目にも留まらぬ速さで魔獣の心臓部を貫く。
砕けた刻魔弾が星のように輝き混沌を照らす。
しかし全ての核を砕くには至らず、再び巨大な人型へと合体してマオを蹴り飛ばそうとする。
「癒師装備と死神装備の機能はデフォで持ってるし……魔導装備っと」
なおも少女は余裕を崩さない。
深海のような蒼と共に魔術師の装備を顕現させると、魔術書を開き瞳に宇宙を宿す。
『万物合成。絶滅せよ』
魔術詠唱の翻訳と真理への命令。
これらを合成し、禍々しい黒の愚者を虚無色で染め上げてゆく。
『第零位無魔術』
ブゥン、というノイズと共に、巨神の膝から上が消滅した。
アルテンシアでない世界の言葉で例えるなら、ブラックホールによる消滅。
(……何だ、これ)
サリエラは、ここまでの《《一秒半》》を目で追うことが精一杯だった。
(たった一瞬で……数百年くらい魔術を進めたというのか!?)
第零位などという概念も、無属性という概念も存在しない。
いま彼女が目にしていた光景は、まさしく理外の所業。
途方もなく先の時代に解明され、開発されるであろう魔術を軽々と扱う様は、まさしく『チート』としか敬称しようがなかった。
(ニホン語を学んでいてよかった)
未知を好み、既知へ、そして衆知へ変えることを理念とする宮廷魔術師は。
(マオ・シロヤマをジアースの言葉で喩えるなら……『魔王』だ!)
無垢な狼少女に心の底から畏怖を覚え、震えていた。
「ッ、ツッ、ッッ!!」
「っと?」
残った両足が混ざり合い、目の生えた拳へと変化する。
そしてマオ目掛けて突進し、捉え、打ち抜いた。
「陽狼」
はずだった。
大地を割るほどの勢いで吹き飛ばされたはずの少女が、残像と共に巨大な拳の背後へと回り込む。
「ちょっと本気出すかぁ」
混乱しつつも再びロケットのように爆進する巨大な怪物。
そろそろ人形を保てなくなってきたこともあり、マオは握った両手を合わせる。
「ツ……ッ!?」
親指の方から天へと延びる、純白と漆黒の螺旋。
混ざり合い、名称しがたき滅びの権化と化し。
「聖魔超神斬」
〜〜〜〜〜〜
(僕は、正義を成さなければいけないんだ)
勇者だったものが歩みを進める。
もはや彼には、善も悪もわからなくなっていた。
道行く生命を喰らい、肥大し、力を増し続ける。
それだけの存在と化してなお、新世界へ目掛けて足を動かしていた。
(……光が、見える)
何処ともわからない暗闇に刺す一筋の光明。
(ヒロ……そうか、僕は勇者に)
そこから覗き込んだ世界に居たのは、赤髪の勇者ではなく。
白い髪を持ち両手で混沌を振るう、魔王とも言うべき狼少女だった。
(はっ?)
段々とモンスターへ戻りゆくソレを目にし、ジークの魂は首をフルフルと震わせる。
(ヒロやシノハラなんて比較にならない……あれは、何だ?)
死の間際、ゆっくりと進む時間の中で、マオという超常を目にしてしまった。
勝手に仲間へ嫉妬していた自分が馬鹿らしくなるほどの、アルテンシアの人々が一生を賭けても勝てない天災を。
(僕は……え?)
死は想っていた。
マナへと還ることは理解し、祖父や両親、弟に叱責されるだろうと覚悟していた。
だが、マオにそんな常識は通用しなかった。
(嘘だろ!? い、いやだ!)
強大なる無にて絶たれた魂は、循環せず、ただ滅びゆくのみ。
(いやだぁああああああっっ!!)
それは輪廻を善しとする倫理観を持つアルテンシア人にとって、極刑をも超えるほどの罰だった。
〜〜〜〜〜〜
最終奥義の名と共に、迫り来る滅びへ、一振り。
拳は二つに割れ、魔弾は砕け、混沌が更に黒く、そして小さくなってゆく。
(本当に、三秒で倒した……!)
極刑を済ませた瞬間に狼へと戻ってしまったマオの背の方にて。
プロキアもパディスも裏切った愚者は、跡形もなく消滅していった。




