第137話 プロキアの愚者②
吹き荒ぶ風となり祖国へと帰還したのは、帝国を発ってから十分後だった。
「プロキアの街が……!」
「襲撃は誠だったか」
留守の間に爆撃され、蹂躙された街を目にして絶句しかける。
だが、それよりも為すべきことがある。
すぐさまサリエラは城壁の外で戦後処理を行なっていたウォルター達の下へと着陸する。
「皆、よくぞ戻ってきてくれた……!」
「感動の再会と行きたいが……まだ終わってないんだ!」
「ん、マオは?」
「魔術が効かないため千里を駆けている。もうじき合流するだろう」
ミライの問いに返しながら、シロウは既に戦う力のない者たちを杖から下ろす。
だがウォルター達に協力していたヒノワ第一皇子シゲシゲが、草の上に寝かせられた者を見て絶句した。
「何……その老人は、まさか」
「パディス帝国が最高権威、グレイ・アルエ・マハムート。その人だ」
「なんと!?」
「それよりも、シノハラが復活しているではないか。どうなっている!?」
「帝国のエネルギーを吸い尽くして、それで」
状況を説明するよりも早く。
帰還を余儀なくされた現状が、プロキアとパディスを挟んだ山脈を呑みながら進撃していた。
「何だアレは。帝国の方から来ているぞ!?」
「……ジークだ」
「なっ!?」
朗らかな天才魔術師から漏れたモンスターの名を、ウォルター達は耳の錯覚だと疑いかけた。
青空と雲を毒色へと変え、道行く全てをチリへと還す巨神の異形。
まるで旅人のような出立ちを形作るのは、目と口のない無数の怨念。
黒よりも黒い絶望。間違いなく、アルテンシア史上最恐クラスのモンスター。
これを目にした瞬間、肝の据わった貴族も、感情をあまり見せない翻訳者も、皇帝の座に最も近い第一皇子も。
「アレを、どうしろというのだ……!?」
全員、全身の皮がひっくり返るほどの恐怖を覚えていた。
「身体の至るところにある遺物代わりの魔弾。これを同時に破壊しなければ、何度でも再生するだろう」
「……対処できるのか」
「皆、満身創痍だ。いま何とか動けるのは、ワタシとシロウくらい。アレを止めるに至るか否か」
「此方も、ミライしかロクに動けぬぞ」
「ごめん無理……最強装備と最終奥義のコンボで限界スレスレ」
「……っ!」
何もできない。こうしている間にも、絶望は一歩ずつ迫っている。
しかし、ヒロ達も魔力切れ。
「……いや、一人だけいる」
「む?」
「ほら、いま戻ってきた」
ミライが指をさした森から、まるで白い流星のように狼が飛び出し、華麗に着地する。
時速にして二百キロ程は出ていただろう。だが、彼女は全く汗をかいている様子もない。
「まだ動けるでしょ。アレを止められる?」
「モンスターの身体じゃ無理! 身体や魔力を上手く動かせないんだよ……」
(アレだけの速さと強さを見せて尚か?)
転移魔術にも匹敵するほどの走りを見ていたためか、サリエラが内心でドン引きする。
しかしミライは、彼女の言葉が決して偽りではないことを理解していた。
「なら、人の身体なら?」
「戻れるなら戻ってるよ! 邪魔されちゃったから今もモンスターやってるんだよ!?」
「だよね……」
「……人の身体であらば、アルテンシアの危機を脱せるというのか」
「っ、貴方は……!」
身体を震わせながらも、老練なる帝王が二本の脚で立ってみせた。
常人よりも圧倒的な力を持つ転生者たちが伸びている中で真っ先に意識を取り戻したため、その根性を受けたミライが思わず動揺を見せる。
「本来、転生者に手を貸すなど言語道断……しかし」
「アルテンシアを滅ぼされるのは、帝国の意に反する」
ウォルターの言葉に頷き、懐から八面体の金属を取り出す。
辺と核が翡翠色に輝いており、一見だけで中に甚大なマナが内蔵されているのだと認識させた。
「使うが良い、全能電子板の緊急用動力源だ。これだけでも帝国を半日動かせる」
「でも、これをどうやって……!」
「そうか。膨大な魔力を一度に与えて、遺物の在り方を矯正するのか!」
帝国で手に入れた大国宝の情報は、ヒロから共有されていた。
彼が交わした約束を守ってくれたことに感謝しながら、宮廷魔術師が世界の秘密の一つを明らかとする。
「……つまり、私が使うとモンスターになるかもってこと?」
「そうなるな。しかし、帝国の心臓部でシノハラが復活したとなると……これでは不足ではないか?」
「うーん……たしかに、数秒したら元に戻っちゃいそうだね〜」
「らしい」
「驚。よく其のモンスターの言葉が理解るな」
「血の繋がる者の考えを理解せずして何とするか」
「其の言葉は慎んだ方が良いぞ」
マオの意を解した侍へ、シゲシゲが少し圧をかける。
「しかし……たった数秒で、アレをどうにかできるわけがない」
「ああ。ワタシも、アレは万全でも対処できるかどうか……」
こうしている間にも愚者は、他国から王国を守る役割も担っている豊穣の森へ、片足を入れ始めていた。
「けど。マオなら、何とか足止めくらいなら」
「三秒」
「え、はい?」
反論しようとしたミライは、疲れによる翻訳のミスを疑った。
「人に戻れるなら。三秒もあれば倒せるよ」
「嘘でしょ?」
だがそれは間違いなどではなく。
狼の確信に満ちた瞳は、城山真央という存在が如何に最強であるかを雄弁に語っていた。




