第124話 悪魔の刻印④
「魔術由来の技術を使わないですと!?」
「どういう、ことですか」
エリーゼのボソリとした呟きに、ムネニクとレティシアが過剰気味な反応を見せる。
だが村娘の瞳には、確信めいたものが映っていた。
「刻魔弾を取り除く手術をします。この手で、アタシが」
「なっ!?」
彼女に舞い降りた天啓を耳にした瞬間、一番驚いたのはモリモリだった。
アイデアの元となる古い医学書を貸したのは彼だ。
だからこそ、それがいかに無茶なことか重々理解していた。
「あれは数百年以上前に廃れた技術、本で得た知識をその場で試すというでおじゃるか!?」
「いえ、異世界ではそれが主流みたいです。なのでミライに記憶を共有してもらって、弾を取り除きます」
「しかし!」
「良、朕の身体を使え!」
反対の姿勢を崩さない第六皇子を御したのは、魔弾を撃たれ苦悶する第一皇子だった。
「失敗しても良い……その後、他の者たちが、救われるならば!」
「シゲシゲ様……」
同時に撃たれた二人の兵士も、必死でモンスター化に抗っている。
生まれながら人の上に立つ者としての責務を果たす、いまのシゲシゲにはその想いだけがあった。
「……ムネニクさん。お願いがあります」
「ミライ殿に代わり、ウォルター殿への加勢ですな」
だからこそ、二人は目を合わせると同時に頷きを返す。
「委細承知! このムネニク、エリーゼ殿の覚悟を胸に刻みました。確実に、この地をお守りいたしまする!!」
藩主が外に待機させた武士たちを連れ、銃を有する軍兵たちへと吶喊していった。
「……絶対に帰ってくるでおじゃる」
「話は聞いた」
「速くないでおじゃるか!?」
「連絡してたから!」
まるで入れ違いかのようなタイミングで地下牢へと下ってくる。
「しかし、大丈夫でおじゃるか?」
「城壁は突破されたけど、何とかウォルター達が食い止めてる」
「突破されたって、なら飛行艇は!?」
「……かなり残ってる。だから、手早く済ませよう」
「お願い!」
「うん。未来のための情報網!」
促されるまま人差し指から煌めく糸を飛ばし、エリーゼの心臓へと結びつける。
刹那、アルテンシアの村娘へと流れ込んでくる、ジアースでの光景。
魔術のない世界で磨かれた歴史が、知識を魂で認知しようとするが。
「マスイ? なにそれ、知らない……!」
患者への激痛を想定していなかったエリーゼが、慌てふためいしまう。
「大丈夫、シビレグサとネムリコの薬で代用できる」
「睡眠薬なら持ってるでおじゃる!」
「シビレグサなら、痛み止め代わりに……!」
「ありがと、さっそく飲ませるわ!」
丁度よく持ち合わせていたヒノワの者たちから材料を受け取り、指示通り調合した麻酔薬をシゲシゲの口に流し込む。
そして髪と口を布で覆い、メスを握りしめた。
しかし、エリーゼの服を陽魔術で浄化している最中、ミライは違和感を覚えていた。
(胃の弱そうなモリモリはともかく、レティシアの痛み止めは減った痕跡があった?)
パンパンに膨らんだ患部に良いとは言えない顔色、そして全身の汗。
「レティシア、貴方もしかして」
「ぐぅううがああ!!」
咄嗟に仲間の無事を確認しようとした途端、掻き消すように放たれた魔術師の咆哮。
寝かせられたまま暴れるせいでガシガシと鎖が鳴り、そしてゆっくり、ゆっくりとモンスター化が進みつつあった。
「どうしよう、時間が無さすぎる……!」
持って数分。その間に、果たして弾丸を取り除けるのか。
「焦らないで。縫合は魔術で補える、だから!」
そうだ、仲間がいる。
そして、第一皇子は自分がどうなっても構わないと言った。
ならば全力で、それに応えるしかない。
(目を逸らしてはいけない。筋肉を貫通して、ギリギリ内臓に届いてる。だから傷つけないようにして、この金ピカを取り除けばいい)
そうは理解していても、開いた腹から姿を見せた弾丸を目にした瞬間、怖気付いてしまう。
悪魔の刻印から放たれる邪悪な念が、手術道具を有する手を震えさせる。
まるで、少しでもミスをしたら爆発する時限爆弾を解除するかのように、極限の集中力を求められていた。
(大丈夫。絶対、大丈夫)
深呼吸。弾丸を抑える。
深呼吸。周りの肉を剥がす。
また深呼吸。血が出ないように、ゆっくりと掴む。
「っがぁああああっ!!」
「しまっ」
「させません!!」
ピンセットで触れて剥がそうとしたが、浅かった。
残った肉が根のように這い宿主の内臓へ潜り込もうとした瞬間、周囲が領域に包まれる。
「これは……!?」
悶絶していたはずのシゲシゲは落ち着いていた。
代わりに、レティシアが苦痛で顔を歪ませている。
「レティシア、アンタその怪我で」
「私のことはいい! はやく銃弾を!!」
「っ、わかった!」
すぐさま根を断ち引き剥がそうとする。
ブチブチという音と共に地下牢を満たしたのは、レティシアから発せられた筆舌し難いほどの絶叫だった。
(持ってください……まだ、死ぬわけにはいかないんです!!)
「貴方やっぱり、っつぅ!!?」
少しでも苦痛を緩和させようとミライが糸を刺した瞬間。
(何これ、頭、おかしくなりそう……!)
あらゆる筋肉をミンチにされているかのような激痛が全身を襲い、脳内に危険信号が鳴り響いた。
「ミライ、どうして」
「私が心を読めるの……知ってるでしょ」
息を荒くしながら、レティシアに声を向ける。
「最終奥義……貴方も、支援系のものだったんだ」
「はい……ダメージの肩代わりです」
そう、微笑みを返す。
糸から含んだものを受け取っていたミライは、思わず首を横に振っていた。
「貴方……もう、助からないんでしょ……?」
「……バレちゃってましたか」
レティシアは能力を使い過ぎていた。
刻魔弾を撃たれてから安静にしていれば、転生者であれば身体が馴染み摘出も容易となる。
だが撃たれた場所が、能力を用いる腕から近かったこと。
多くの武士と共に領域で瞬間移動をしたこと。
これだけでも寿命を限界まで削っていたが、その状態で最終奥義を使ってしまった。
成長した悪魔の刻印が首元まで伸び、もはや生命活動は停止寸前だったのだ。
「ふざけろでおじゃる! なんで、黙っていたでおじゃるか!!」
「……そりゃ、言ったら牢獄の中で、終わりじゃないですか」
「だからって! エリーゼお願いじゃ、レティシアから先に弾丸を」
「やめて!!」
黒い血と共に覚悟が吐かれる。
もはや彼女の主は、ただ涙を流すことしかできなかった。
「……これで、私も……誰かを守って、逝ける」
「正直。これだけ私たちに協力してくれる理由、わからなかった」
ミライから痛みが引いてゆく。
レティシアから痛みの代わりに、前世の記憶が流れていた。
「……けど、今わかった。そりゃ、ヒロのこと守らなきゃだね」
「はい。私の存在を、守るために」
尋や未来よりも先の時代から転生した少女の願いに、ミライは涙で応えていた。
「……言ったら未来が変わるかもしれないし。墓場まで取っとく」
「ありがとうございます。だから」
糸を伝い、友へと存在が流れ込む。
「えっ――」
「殿とヒロのこと。お願い、しますね――」
身体中に力が巡る。
だがミライは、切れる糸を茫然と見つめ続けることしかできなかった。
「……ライ」
もう一本の糸から緊急信号が送られている。
「ミライ、金ピカ取れた。はやく魔術を!!」
「わ、わかった。『塞がれ』!!」
友の要請に応えるように、回復魔術を放ちシゲシゲの腹を治してみせた。
手術は成功した。あまりにも長すぎる三分で、エリーゼは成し遂げてみせた。
「やった。やったよミライ、レティシ――」
しかし、極限まで集中していたせいで気が付けなかった。
「――ねえ、なんで黙ってるのよ」
「……」
「なんで、糸が切れてるのよ……!」
「……レティシアは」
全身全霊でプロキアを支え続けたヒノワの転生者は。
「遺体と、なった……!!」
肩に憑いた悪魔と共に、命を使い果たした。
「……アタシの、せいだ」
掴んだ弾丸が落ち、震える手で額を覆い膝をつく。
「アタシが、もっと上手く、やっていれば」
「まだ終わってないッ!!」
怒号が響く。
言い放ったのは、鼻水と涙を垂れ流したモリモリだった。
「ワシは御主を許さぬ。じゃが、悲しみに暮れる暇など無い」
「……まだ、二人残ってる」
「うむ」
ずっと頼りきりだった従者を失った。
領主だって生きて戻って来れるかわからない。
「ワシは御主らを心より尊敬する。無理だと思っていたことを成し遂げた、英雄じゃ」
頭巾から覗く瞳には、情け無さ等とうに消えていた。
「だからこそ、レティシア死を無駄にしたら。御主は打首でおじゃる」
「はい……絶対、みんな助けます」
第六皇子の顔は、勇ましきヒノワ男児のものへと変わっていた。
見様見真似でも絶対に成功させてみせる、その決意が溢れていた。
「ミライ」
聖女が、友へと声をかける。
「プロキアをお願い」
「――任された!」
今度は自分の番だ。
そう決意を固め直したミライの心臓からは、小さな空色の光が灯っていた。




