第116話 誰彼の記憶①
ミライ達が悪夢より帰還した頃。
パディス帝都の宮殿では、ネコの仮面を装着した側近の男が帝王へ作戦の報告を行なっていた。
「ゲリラ爆撃作戦は失敗。また、ヘルナンデス第六軍隊長の生命活動が停止したこと、ご報告に上がりました」
「本来の命令は爆撃のみ、撃墜されたら即撤退だったはずだろう」
「命令違反を起こし、転生者どもに攻勢を仕掛けたとの報告が……」
「なれば墓標へ名を刻む必要はない。今後その名を口にせぬよう」
「ははっ」
表舞台に座するパディスの日帝が、命令違反者の存在を抹消するよう指示をした。
顎を覆うほどの髭を蓄えた神の面を被った日帝グレイは、宮殿に使われる黒鋼のように冷徹な男だ。
目的のためなら手段を選ばないと言われているが、そのぶん成果を上げているため国民からの支持は根強い。
なにより二十年ほど前に玉座を手にしてより、一度も選挙で不敗を貫く事実がそれを裏付けていた。
「はぁ……」
しかしジークはパディスの意向を良く思っていないようで、ため息を漏らしながら睨みつける。
「いつまでこんな嫌がらせを続けるつもりなの」
「嫌がらせ、とは?」
「一気に攻め込めばいいでしょ。連中が飛行艇への対策を確立したらおしまいだ、それに転生者どもの成長速度は異常と言っていい!」
プロキアの勇者は帝王へ吼える。
だが、それでも黒鋼の日帝は揺るがない。
「これは、連中に攻め込ませるための作戦だ」
「攻め込ませる?」
意味がわからない、とばかりにジークが聞き返す。
「この忌まわしき不毛な地だが、防衛には非常に長けている。プロキアは険しき山脈を越えるか、飛翔魔術でも用いねば、パディスの地は踏めぬ」
「確かに罠や検問、さらに魔術対策も万全……」
「ですので、無謀な攻勢を仕掛ける理由など無いのですよ」
ネコ仮面の側近が日帝に付け足す。
対するサーベルタイガーの面を着けた勇者も、唸りながらも首を重く縦に振った。
「……わかった。ならばせめて、前哨地へ置いてほしい」
「それは許そう。決して奴らにパディスの地は踏ませぬよう」
「ああ。必ず、化け物どもの息の根を止める」
仮面の奥に憎悪を燃やす勇者を見送った側近は、国主へと問う。
「良いのですか? 直接乗り込む作戦も立てられているでしょうに」
「奴は周りが見えておらん。最前線に立たせると崩壊する」
「なるほど」
「利害が一致しているから良いものの、いずれ我々にも牙を向くだろう。であらば手柄は他の者どもに渡し、権威を削いでいけばよい」
「では手筈通りヴォルフガングの女を侵攻作戦に加えます」
「ヒノワの皇帝も派遣するよう。侵攻の助けとなるはずだ」
「ははっ」
こうして側近の背を見送ったグレイは、ふぅと深い息を吐き脱力する。
すると後ろに構えられた天蓋より、弱く細い声が漏れ出す。
「表の帝王も大変だな、グレイ」
「なに、全てお前から教わったことだ。ゼス」
「バサナに、私の居場所は、無かったからな……こうして、重用してくれた帝国に、報いようとしただけよ」
そう月帝ゼスが、病に蝕まれた身体を震わせ日帝を讃える。
その言葉を受けた黒鋼の男は、思わず表情が緩んでいた。
「……日帝に選ばれて早二十年。ついに、先祖の悲願である下界統一が成される日も近付いてきた」
「そうか……妻に、頼り切りだった甘ちゃんが、立派に、なったものだな」
「全てお前のおかげだ、お前から教わったことを成しているだけだ」
グレイの妻は天才と呼ばれた技術者だった。
愛する者の兵器で世界を統一する、そう再び決意を仮面に灯す。
「見せてやる。お前が生きている間に、我が祖国パディスの栄光を」
「もうちょい、頑張ってみるかぁ……」
日帝の成長を見たゼスは、少し嬉しげな様子で眠りにつくのだった。
〜〜〜〜〜〜
一方、側近から指令を伝えられたメリアは頭を抱えていた。
「月帝、まだくたばってませんでしたの?」
「……やめときなよ、聞こえる……」
彼女に獣人を思いやる気持ちなどない。
プロキア貴族らしく、同等以上の権力者以外は人間と見做さない。
そんな考えを改める気は無いため、ヒノワを裏切った皇帝バケバケに咎められる無様を晒してしまう。
「ま、まあ。なにやら不治の病にかかり、何度も峠を迎えかけているとか。でも、しぶといことで」
「……だからこそ、チャンスがある……」
「あら、そのチャンスを掴むのも私でしてよ?」
二人は野心に満ちていた。
手にした権力を更に広げようと。
「……プロキアを落とした方が、次期月帝になるはず……」
「あら、元より私のものですわ。なにせ、大国宝は我が手中にありますもの」
「……帝国に没収されたくせに……」
「再び取り返せばいいだけのことですわ!」
「……プロキアの勇者抜きで……どこまでやれるのかな……」
バケバケはワガママ令嬢に冷笑を送り、プロキアの準備を進めるのだった。




