第114話 悪夢の世界を④
前後から殺意を向けられた悪夢の主が、前から迫る篠原の子供たちの方へと逃げてゆく。
ダメージのない攻撃を喰らいながらも、傀儡たちへと号令をかけた。
「ここは任せるデス、ミーは逃げる!!」
「っ、待て!」
ミライも追おうとするが、響弥をはじめとした少年少女兵によって行手を阻まれてしまう。
「……これがシノハラだなんて、信じられない」
あまりにも雰囲気の異なる親友の宿敵に、思わず声を漏らしていた。
一方ヘルナンデスは、豪華な館から平凡な住宅へと移っていた。
「咄嗟に逃げてきたデスが、確かここはヒロ・ナカジマの夢……」
一階のリビングルームでは、四つの椅子に座った家族が談笑している。
そのため階段から二階に上がると、一つだけ埃の被った扉があった。
(何故かジアースの言葉がわかるデスが……ヒロは此処に居ないデス?)
それぞれ扉にはネームプレートが掛けられていたが、そこにヒロの名前はない。
だが汚い扉からは人の気配がする。
そっと開けてみると、暗い部屋の中から青い光と電子音、そして皮脂の腐ったような臭いが漏れ出した。
「クソッ、ジジイもババアも兄妹も、全員俺のこと見下しやがって……!」
その中では、牛のように脂肪を張り付けた男が独り寂しくブツブツと悪態を吐いている。
「ゲームみてえにアイツらブッ殺せねえかな、クソ、クソッ」
(あんなウシ野郎、あの中に居たデスか? 別の誰かを巻き込んだデスかね……)
一瞬、プロキア貴族のウォルターでも巻き込んだかと考える。
だが、標的の『ゲームが好き』という情報から、彼が『マオ・シロヤマの居なかった世界線のヒロ』だと確信した。
(誰も死なせたくない。だから俺は、この力を振るう!)
「勝手に俺を産んだんだ、ツケくらい払ってんだ、クソッ」
「……いやアレはモンスターか何かデスよ」
それでも聞いた話と離れすぎており、ヘルナンデスの脳は疑問符で埋め尽くされていた。
「ま、まあいいデス。ウシ野郎はアルテンスの教えで駆逐してもいいとなってるデスし」
「人種差別とは感心しないね」
「ゲェーッ、またデスか!? あのヤベー奴らからどうやって逃げたデスか!!」
『飛べ』
「だからぁ、そんなチンケな攻撃は!」
細い魔術が夢魔へ延びるが、容易くそれをかわしてみせた。
また、その延長線上にはゲーム中の醜男が。
「おっとぉ、デブに当たっちゃったデスねぇ。しかも効いてなさそうデス」
「構わない。貴方を倒せれば」
「あぁ!? うっせえぞ誰だてめぇら!!」
「おっと、面倒ごとは任せるデスよ!」
部屋の化け物が食べ物のゴミを投げつけ狂乱し始めたところで、ヘルナンデスは廊下の窓から脱出した。
そのまま悪夢の中継地点へと舞い戻ったが、少しばかり焦りを感じていた。
「いい加減、なにか決定打を見つけないとデスね……ここまでして何の戦果もなく撤退はあり得ないデス」
聖遺物の魔力も無限ではない。
このままでは確実に魔力切れを起こして共倒れ、または形勢逆転を許してしまう。
「いちど本国に戻る……いや命令違反している時点で戦果が無いと殺されるデスよね」
何処へ出てやろうかと思案を巡らせ、まずは簡単そうなエリーゼから仕留めようと決断したが。
本拠地に起きた異変に気付いたのは、それからだった。
(光が無い? これじゃ、何処にも出れないデス!?)
星のように散らばっていたはずの出口が、全て閉じられていたのだ。
このままではまずい、そうパニックになっていると。
「あはっ」
鈴のように綺麗な少女の笑い声が常闇に響く。
だが、それは根源的な恐怖を煽るようで。
「はぁあああああああっっ!!?」
「あれっ」
オーバー気味に気合を入れ、襲撃者の一撃を防いでみせた。
人の形をした狩人は再び闇へと消える。
ヘルナンデスは恐れを抱いていた。こんな奴は知らない、悪夢に招いた者たちを洗い出す。
ヒロ、ミライ、サリエラ、エリーゼ、キョウヤ、ミエコ。
眠らせた人間はコレだけで、脅威はサリエラだけのはず……。
「っ、あの白いモンスターがコイツ!?」
「あはっ」
巻き込んでしまった、マオと呼ばれているモンスター。
大切な幼馴染を忘れた彼女は、モンスターよりも化け物のような存在と化したのだ。
その一撃一撃が悪夢の主を殺し切ることはないが、それでも衝撃は痛覚に伝わっていた。
「殺されないけど殺せないデス、なんなんデスかコイツ!!」
「ねえねえ、わたしの頭の中知らない? ポッカリ穴空いちゃってさ、刺激が欲しいんだ」
「知らないデスよ、なんなんデスかアンタ!!」
「なんだろね。わたしにもわかんないや」
「発狂してるデス!?」
狂気に満ちた笑みを浮かべるマオに恐れ慄き、黒く細長い人型を無数に呼び出して襲わせる。
「ええい、行け悪夢の獣たち。あの人の皮を被った化け物を喰いつくすデスよ!」
「うわっ、お化けって本当に居るんだね〜」
なおもジアースの狂人は止まらない。
誰かのために鍛えた鼓舞術で、人型を一瞬で一掃してみせた。
「ま、退治できるなら怖くないけどね」
「嘘デスよね!?」
「あはっ、じゃあ死のっか!!」
間合いを詰め、地を強く踏み、握りしめた拳を構える。
しかしヘルナンデスに走馬灯が見えた、そのとき。
「そこまでだよ、マオ!」
闇の天蓋を切り裂くようにして、上空からミライが降り立った。




