第112話 悪夢の世界を②
廃工場へと逃げ込んだエリーゼとミライ。
そんな二人へ、弾丸の速さで火球が飛来する。
「感動の再会デスねぇ」
「っ、しつこい……!」
その方を見ると、フクロウの仮面を外したヘルナンデスが小馬鹿にするような笑みを浮かべてバーナーを構えていた。
「その様子、ある程度は思い出しちゃったデスか」
『吹き飛べ!』
距離を詰めようとする敵に対し、ミライは掌を向けて魔術を放とうとするが。
「翻訳できない……?」
「いや、魔術自体が使えない!」
同じく魔術の行使を試みたエリーゼが、焦りを混ぜて叫ぶ。
「聡明デスねぇ。そう、いまのコミュ障女は能力も魔術も使えないゴミ!」
「っ、逃げるよ!」
「記憶だけじゃなくて、こんな厄介なことまで……!」
「だからこそ今のうちに狩る必要があるデスよ!」
咄嗟に二手へ別れるが、パディスの追手が横一閃にバーナーを一斉掃射する。
二人とも肩や腹部を撃ち抜かれるが、歯を食いしばりながら通路へと逃げ込んでいった。
(ま、正確には魔術は使えるデスけどね。大気、そして個々人のマナ量が少なすぎて使い物にならないだけデス)
ヘルナンデスは内心でほくそ笑む。
ミライが能力を使えないことを知った上で。
(一先ずヒロ・ナカジマとミライ・ヒロセを始末したら撤退デス。あとは白いモンスターも見つけ次第デスねぇ)
女軍隊長はバーナーの燃料メーターに一瞥する。
パディスにとって魔術は古く、再現性の高い『技術』へと昇華していた。
夢の世界においても効力を持つパディスの兵器は、もはや生命線といっても過言では無い。
(サリエラ・ヴァイスハイトだけが厄介デスが、それ以外は悪夢を見ることになるデスよ)
ヘルナンデスは勝利を確信し、悪い笑みを浮かべていた。
〜〜〜〜〜〜
廃工場を脱した二人は、近くの荷車へ紛れ込み街を離れていた。
運転手にバレかけて転がり込んだ先は、手入れのされた林の中。
すぐに夢の世界の主が追ってくるだろうが、人混みで汚れた空気を吸い続けるよりはマシだった。
「……日が落ちない」
「この世界がおかしいのは今さらでしょ」
「それもそっか……むっ、人の気配」
ミライが足を止める。
その先には、木々に囲まれた村があった。
「っ、ここって」
エリーゼには、その風景に見覚えがありすぎた。
何故なら、そこは生まれ育った場所にそっくりで。
たとえ異形の巣窟とわかっていようとも。
「クルト……?」
エリーゼは、弟に良く似た人型へ向かう足を止められなかった。
「おっ、姉ちゃん。その人は?」
「……覚えてないんだ」
少し寂しげにミライが呟く。
「てか、どうしたのよ。その怪我」
「ああ、爺ちゃんが酷くてさ。ちょっと帰るのが遅くなったくらいで逆さ吊りだもんな」
「そりゃ誰だって心配するわよ」
「だからってさぁ」
「ほう? ならばモンスターに喰われたいというわけだな」
「うげっ、爺ちゃん!?」
村の仕事をサボっていたクルトを、祖父のゲオルクが締め上げる。
「……懐かしいな、この感じ」
現実では滅びた風景を目の前にして、エリーゼは思わず目を潤ませていた。
「モンスターは人類の敵だ。変な真似をするとたちまち喰われるぞ」
「変なこと言うなよ! うちは誰も喰われてなんてないだろ!?」
「はっ?」
だが、弟は聞き捨てならない言葉を発していた。
エリーゼの両親は幼い頃、モンスターによって喰われている。
そのためジークは転生者もろとも、心の底から憎悪しているのだ。
「ねえ、クルト。ジークはどこに居るの?」
だからこそ問わねばならない。
「は? 誰だよそれ、伝説の転生者とかか?」
だが、弟は兄を覚えていなかった。
あれだけ憧れていた勇者を。
「お父さんとお母さん、そこに居るの?」
それでも、姉は問いを続ける。
「変なこと言うなよ。ここに居るだろ」
当たり前のようにクルトが指差した方に目を向けた二人は、ヒッ、と声を上げてしまった。
「おオ、エリーぜ。お父サんだヨ」
「ごハんできてルわヨ。お母サんの料理ヨ」
「っ、私の後ろに隠れて!」
姿を現したのは、二体の細長い不定形。
腰の抜けかけているエリーゼの前に、翻訳の転生者が躍り出る。
こんな化け物、知らない。
そう嘆きたくなる気持ちを抑え、震える声で更に問い詰めた。
「クルト、お爺ちゃん……アンタたち、誰なの?」
絞り出した質問に返ってきたのは。
「――お前の、敵だよ」
考えうる限り最悪の答えだった。
同時に、灰の村の皆が異形へと姿を変えてゆき、鋭利になった腕を二人へと伸ばす。
ミライはエリーゼを抱えながら、何とか紙一重でかわし続ける。
「逃げよ、ここも危険すぎる」
「――ううん。待って」
「どうして!」
裂けた服の一部から血を流す転生者が、村娘へと投げかけるが。
「確かに皆んなはマナに還って混ざった化け物かもしれない。だけど、クルトは違う」
その答えを耳にし、ハッとする。
ゲオルクも、他の村人たちも、ミライの父のようの異形となった。
だがクルトは身体の一部が黒く変色しているだけで意識を保っている。
それどころか、他の人々には見られなかった『大切な人の忘却』も起こしていた。
だからこそ、二人は彼に向き合わなければならない。
大切な人を守り、果てた仲間へと。
「クルト。アンタは、ジークを守ってナニカに殺されたの。心の底から憧れていた兄を守って」
「ヒロとジーク、覚えてるよね。いま、二人とも大変なんだよ。とくにヒロは、貴方を殺してしまってことに、負い目を感じて無理してる」
「なに言ってんだよ。妄想もいい加減に」
「本当にそう思ってんの!?」
そのままミライの腕から脱し、弟へと歩み寄る。
途中で異形に身体を刺されても構わず、愛情を込めた腕を伸ばす。
「お姉ちゃん、全部わかってるから。アンタが本気で二人に憧れて、ずっと頑張ってきたこと」
だがクルトは戸惑い、足を後ろにずらしていた。
そんな茶番を空から見物していたヘルナンデスが、ケラケラと嗤いながら銃口を向ける。
「無駄無駄ぁ。これは悪夢、奇跡は起こらないデス!!」
「そんな攻撃!」
放たれた数発の弾丸は、容易くかわされ土を抉る。
「武器が火球砲だけと思ってたデスか?」
だがそこから異形のような黒く鋭い枝が生え、獲物を目掛けて一斉に飛び出した。
「あっ……」
「しまっ、エリーゼ!」
既に身体を刺されていたエリーゼは、すっかり枝先に囲まれてしまう。
能力を封じられたミライも追いつけない。
万事休す。死を覚悟し、目を瞑る。
「――やめろーーッ!!」
二人は身体に強い衝撃を受け、倒れていた。
だが刺されたような痛みでは無い。何かに打ち付けられたかのようだ。
瞼を開く。何が起こったか理解しようと。
「クルト……そんな」
二人を助けたのは、眼に光を取り戻したクルトだった。
トップスピードでタックルし、二人を異形のいない方へと吹き飛ばしたのだ。
その代償として、無数の裂傷を負うことになろうとも。
「いつつ。アンタ、大丈夫か?」
「やめてクルト……もう、アンタは」
「えっ。オレたち、初めて会ったはずだろ」
「――っ!」
クルトは姉を忘れた。
言葉の詰まった相棒の代わりに質問する。
「クルト、どうして……!」
「決まってんだろ、ミライ」
まるで当たり前かのように、クルトは返す。
「ヒロもジークも、知らない人でも困ってたら助けるだろ?」
「……でも、貴方は」
「わかってる。オレ、マナになったんだろ」
二人は全て理解した。
クルトは死んでからまだ時間が経っていない。マナへと還り無数の魂と混ざり切っていない。
だから、ゲオルク達のようにヘルナンデスに使役されなかった。完全にマナとして還り切っていないから。
そして身を挺して呼びかけ続けたことで、大切な人の順序はエリーゼがトップとなった。
よって姉のことを忘れた代わりにヒロとジークを思い出し、生前のような行動を取ったのだと。
「意識も長くないからさ。一つ頼まれてほしい」
「うん……何でも言って」
「オレの力をやるからさ。この人のこと、よろしくな」
「……わかった……!」
「ったく、二人とも泣いてんじゃねえって」
「……うん……必ず守る、から」
大切な友達が消えかかる。
ミライもエリーゼも、目から流れる激情を止められなかった。
「……さんきゅ。あと、二人にもよろしく言っといてな」
「……うん……!」
そしてクルトは親友に身体を託し、消えた。
酷い芝居を見せられたとヘルナンデスは苛立ち、改めて銃口を向け直す。
「ああもう、役者は役者らしくアドリブ禁止で演じていればいいのデス。こうなったら、ミーが自ら手を下して」
『吹き飛べ』
「っっ!?」
翻訳者の言葉に力が戻った。
突風が敵を吹き飛ばし、地面へと不時着させる。
「ミライ、アンタ能力が!?」
「馬鹿な、ここは悪夢の中デスよ!?」
「クルトが私に力をくれた。マナとして、貴方を倒すための」
「シット……あのアドリブ野郎が、そんな奇跡を起こすなんて」
『黙れ!』
「っ!?」
土魔術で造られた腕が、敵の口を締め上げる。
その言葉と瞳に宿るは、尋常ではないほどの怒気。
「奇跡なんて呼ばせない。させたくない」
エリーゼも、否、アルテンシアの誰もが、ここまで怒りを露わにしたミライを見たことはなかった。
「お前はクルトを侮辱した。最期まで皆を想ってくれた、その遺志を!!」
「んぐごご……ぷほぁ、それはコッチの台詞デスよ転生者ァ!!」
「絶対に許さない。これより、冒涜者ヘルナンデス・ヴァル・ザハンを殲滅する!!」
反撃が始まる。
悪夢の世界を、終わらせるために。




