第110話 勇者の決意⑤
パディスの軍歌は三つの意味を持つ。
自軍の士気を上げ、敵軍を爆音で威圧する。
そして帝国以外の国々に、最新兵器のトラウマを蘇らせる。
プロキア国民の中には、失禁する者さえ現れ始めていた。
「拙はウォルター殿の支援に回る!」
「承。朕も馳せるとしよう!」
シゲシゲとシロウは阿吽の呼吸で、ヒノワの同胞が集う闘技場の方へと一斉に飛び立つ。
一方プロキア兵たちも、飛行艇へ向けて矢や魔術で迎撃を試みていたが。
「効かないか……!」
「距離もあるし、何より対魔術加工がされていてもおかしくない」
「空飛ぶ戦艦でも、きょーやなら……!」
「物騒すぎること言わないでよ!!」
ミエコがチラチラとヒロへ向ける視線を、エリーゼが割り込んでブロックする。
また敵艦もやられてばかりではなく、お返しと言わんばかりの一斉掃射でプロキア軍を吹き飛ばしていった。
「何か手段はある!?」
「ワタシ達も空を飛ぶしかないが、そしたら弾幕にやられて終わりだ……!」
「確かに、アレじゃ狩人装備を出しても蜂の巣になるだけだな……」
「なら、どうしよう?」
「今はパディスの者たちをどうにかせねば。あの軍歌と共に歩兵が攻め入る、これがパディスの常套手段だ!」
サリエラは持ち前の好奇心から、他国の文化や戦術も多く学んでいた。
だからこそ、歩兵の上陸や蹂躙を警戒すべく地上へ注意を向けていたが。
「いや違う、あれはまずい!」
「きょーかしょでしか見たことないよあれぇ!」
飛行艇から落ちてゆく黒い塊が人型ではなく、多くの人を焼き焦がすためのものだと察したヒロは、すぐさまマオと共に前へ出る。
「魔導装備!!」
「ゥオオオオ……!」
「魔力充填完了、我が街を包み込め……第五位土魔術!!」
そして建物や人々の頭上に岩石のドームを作り、空爆から防いでみせた。
「なっ、爆発だと!?」
「サリエラが知らないのも無理はない。降りて来ないのを見るに、狙いは空爆!」
「今までパディス軍が歌ったときは、歩兵が無双していたと聞く。それを逆手に取ったか!」
すぐさまサリエラ達も水魔術で防衛に入る。
だが空爆に加えて銃弾の嵐を受け、すぐさま防壁が壊されてしまう。
その度に直してはいたものの、このままでは魔力切れから全滅という恐れすら出てきてしまった。
「くそっ、このままじゃ……!」
焦るヒロの脳内で、巣食う悪魔が囁きを入れる。
(情けねェな)
「出てくるな。お前の居場所は無い!」
必死に抵抗しようとするが。
(これはお願いだ。さっさと変われ)
「お前、なに、言っ――」
宿敵の「お願い」を受けたヒロは、チカチカと意識が反転してゆく。
「ごめ、ん……逃げて……!」
「だめだ! アレを出したら、また!!」
「――また、何だって?」
「ッ、貴様シノハラか!!」
ヒロの姿をしたキョウヤが獣のような笑みを見せ、拘束しようとするサリエラを言葉で吹き飛ばす。
邪魔者の居なくなった捕食者が、爪を立てた掌を上に向け、スゥと息を吸うと。
「叛逆、装備」
重低の言葉を大気に響かせ、その身体を血色の獄炎に包ませた。
差し出した腕を振るうと、恐竜のアギトを模した血色のフルアーマーが姿を現す。
「はっ、はぁっ、はっ」
祖父と弟の仇を目にしたエリーゼが息を詰まらせ、うずくまる。
「こりゃあ良い、目の前全部オレだらけ。殺したくなってくるじゃねェか!!」
「きょーやぁ! やっちゃえー!!」
「黙っていろ、この魚糞女郎!!」
目に見える全てがキョウヤに見える、殺戮の装備が顕現されてしまった。
「おっと、オレがコッチにも居たか。けど」
狂戦士が向け直した空の先には、キョウヤの顔で騒ぎ立てる飛翔体。
「飛べ」
獲物を見つけた恐竜が背中からブチブチィと音を立てて翼を生やし、足元を噴火させて飛び立った。
「何だ、何が起きている!?」
「隊長! 未確認の飛翔体が急接近中で――」
突進、わずか五秒で一機撃墜。
「おい、どうした!? おッ!?」
そのまま急降下して操縦席の前に足をめり込ませ、兜越しに愉悦を浮かべる。
「うるさい害虫は駆除しねェとなァ!!」
紅色から赤く、金に、そして白熱した拳を全力で真っ直ぐ打ち出す。
すると飛行艇内部からボコボコと膨張してゆき、最後には大爆発を起こして乗員を全てマナへと還していった。
「馬鹿な、素手で飛行艇を堕とすというのか!?」
「退避、退避いいいい!!」
残り一機。怖気付き、緊急脱出を図ろうとするも。
「貫き、壊せ」
頭から尾翼まで悪魔の尻尾で貫かれ、そのまま地面へと叩きつけられて大破。
プロキア国民に大事はなく、殆どの飛行艇乗員が死を迎えた。
だが、それでも『キョウヤ』は残っている。
いま降りようとしている地上で、罵詈雑言を浴びせている。
「跡形も無く消しとばしてやる」
狂った戦士は止まらない。
シメと言わんばかりに右腕を天に掲げ、地獄の炎熱球を浴びそうようとした、そのとき。
「尋くん、いい加減にして!!」
「あ? 邪魔すんな城山、テメェから――」
キョウヤの中から覗くマオの声に引っ張られるようにして、元の人格が宿敵を抑え込む。
「っ、真央ごめん、はやく装備を……!」
「大丈夫、理性が戻ったなら!!」
そして幼馴染がマナを吸収すると共に、キョウヤの人格は沈静化していった。
(クソ、また身体奪ってやる……!)
「お前はいつか、必ず殺してやる」
脳内へと戻っていった悪魔へ宣告すると、フゥと息を吐いて目を伏せる。
「ヒロ、大丈夫か!?」
「ああ……かなり疲れたけど、何とか」
「よかった……乗っ取られてヒヤヒヤしたよ」
仲間たちの中でも村娘が心の底から安堵し、力なく腰を抜かしていた。
「俺も。気付いたらみんな死んでたら、どうしようかと」
「ええ。それは悪夢デスね」
だが安心するのも束の間、上手く飛行艇から脱したと思しきフクロウの仮面が、黒煙から突然姿を表す。
「誰だ!」
「悪い夢見るのデス。聖遺物【永眠郷】」
そして掲げしは、糸で吊るされた一枚のコイン。
そこから放たれる波動を受けてしまったヒロ達は、一瞬にして意識を刈り取られてしまった。
「さすがヘルナンデス隊長、一瞬にして能力者を無力化されるとは!」
「小娘から貰った遺物で作ったデス。月帝候補にもならなさそうなら仲悪くしておく意味も無いデスからね」
生き残った仮面軍も、ヘルナンデスと呼ばれた女のもとへと集結してゆく。
そして無防備な者たちへ銃を構えようとするが。
「やめるデス」
「何故ですか!」
「実験で直接殺そうとしたら起きられたデスからね。工夫が必要なのデス」
「では、どのようにしろと」
兵たちが首を傾げるが、軍隊長は仮面越しにギザギザとした歯を見せ笑みを浮かべる。
「連中の夢に入り込んで直接手を下すデス。お前らも今のうちに撤退の準備しとくデスよ」
「しかし隊長!」
「これで良いんだ新兵。元より作戦は空爆のみだ、無駄にリスクを負う必要はない」
格上の軍兵がヒヨッコを抑える様子を横目に、ヘルナンデスは両手を上げて舞台役者のようなわざとらしさで宣言した。
「さあ、これにて舞台は整ったデス。醒めない地獄をご賞味あれ」
そう告げたフクロウが糸の切れた人形のように倒れ込み、夢の世界へとダイブした。




