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第107話 勇者の決意②

 パディス帝国によるプロキア襲撃から三日が経った。

 国王が殺され、城下町は荒廃し、プロキアの勇者は裏切った。

 さらに大国宝まで盗み出されてしまい、プロキアは国の自治権を失ってしまった。


「ヒロ、起きてる?」


「……」


 現在、ヒロは地下牢に投獄されている。

 クルトがマナへと還ってからの記憶は殆ど無く、気がついたら手足を縛られ、拘束されていたのだ。

 かつてバサナ共和国を率いてプロキアに攻め入ったキョウヤ・シノハラ。

 その人格を有しているだけでなく、目に見える全てを見境なく破壊せんとする装備も出すようになった。

 もはやヒロの評判は地に堕ち、殺されていないだけでも不思議とまで言われるようになっていた。


「ご飯、置いとく」


「……ありがと」


 ヒロ自身も同じ考えを持っていた。

 あれほど互いに笑い合ったクルトを、自我を失っていたとはいえ自らの手で葬った。

 そのため今まで奪ってきた命の分も合わせて、罪の重さが心にのしかかったのだ。

 いまやヒロは廃人のようになり、ただ地下牢で項垂れるだけの日々を送っていた。


「……知ってると思うけど、ジークは逃げた。パディスの軍隊と撤退した」


「……」


「生き残った人たちは、無事だった施設に避難して暮らしてる。ヒノワもバサナも襲われたらしくて、とくにバサナは滅びたって」


「……」


 ミライの言葉を受けても、ヒロは茫然と項垂れることしかできなかった。


「もともとジークが裏切らなければ、こうはならなかった。ヒロは悪くない。だから」


「悪くない?」


 彼女の言葉を遮るように、やつれた顔を少しあげて罪人が叫ぶ。


「悪い悪くないの問題じゃないんだよ。いくら言い訳しても、俺がクルトを殺した事実は消えないんだよ!」


「それでも、ヒロ」


 戦わなければいけない、そう言いかけたが。

 今のヒロに、そのような言葉をかけていいはずもなかった。


「もう、戦えない……戦いたく、ない……」


 人殺しにならないため命の線引きを作った。

 そのおかげで戦えてきたが、それを最悪の形で破ってしまった。

 今まで溜まっていたカルマが爆発したヒロに、もはや人としての生活をできるほどの余裕は残されていない。


「戦わないのは勝手だけど。ヒロを絶対に見捨てたくないって人は、沢山いる」


 それでも、ミライに彼を見捨てるという選択は存在しなかった。


「街は酷い有様だし、怪我人もいっぱい。だけど今、マオのおかげで何とかなってる」


「真央が?」


「魔力を分配して治療して、家だって能力で建て直してる。それに、殆ど休んでない」


 ヒロは直感で、自分のためにやってくれていると確信した。

 人殺しと呼ばれた幼馴染のため、モンスターの身で罪を清算しようと動いている。


「……」


 だがヒロは申し訳なさで一杯になった。

 ミライも察し、ボウルに乗せた茶色のスープをコトンと差し出す。


「この料理。誰が作ったかわかる?」


 それは、ヒロがよく作っていたカレーだった。

 バサナで肉の調理法を覚えてから、保存が効き大量に作れる、そして栄養満点な料理としてギルドの食堂で振る舞い続けてきたものだ。

 このレシピを知っている者はマオしか居ないが、彼女は料理が出来ないため誰が作ったのか皆目見当もつかなかった。

 そんな心の声を聞いたのか、ミライがヒロに応える。


「エリーゼが、ヒロの料理を見様見真似で再現したもの。皆を元気付けたいからって、必死に頑張ってる」


「嘘だ。だって、俺のこと、人殺しって」


「言ってた。それでも、ヒロならこうしているだろうからって」


 ヒロには信じられなかった。弟を殺した相手をリスペクトするだなんて、あまりに常軌を逸している。


「信じられないって顔してる」


「そりゃそうだろ。だって、俺は」


「それだけの人を救ってきた」


 今度はミライが強い口調で、ヒロの言葉を遮る。


「私を友達と呼んでくれた。エリーゼ達の命を助け続けた。そしてバサナからプロキアを守って、ヒノワでの大仕事も果たしてみせた」


「……っ」


「貴方は私たちの勇者。だから、私たちも貴方を助けたい」


 ヒロの心に陽光がさす。

 あれだけ焦がれていた勇者になれた、そう思っていた。

 だが、身近の仲間を殺してしまった。

 その時点で、勇者失格だと思っていた。


「……行かなきゃ」


 勇者は、なるものではない。

 誰かが求めるから、勇者たり得るのだ。

 仲間を殺した罪は消えない。一生背負わなければならない。

 その想いを刻み込み、多くの命を救う。

 これこそ、ヒロに課せられた義務なのだから。


「覚悟、決まったみたいだな」


 決意に応えるように、サリエラが地下牢へと降りてくる。

 指には鍵束が回されており、獣を解放しに来たと言いたげな様子だ。


「サリエラ、どうして」


「ヒロを解放しに来た。心配は杞憂だったか」


「一線の責任があるからね」


「なら、ワタシもだな」


 少年の閉じ込められた地下牢の前で、宮廷魔術師が神妙な面持ちを作る。


「転生者の真実を広めたのはワタシだ。後悔は無いが、責任はある」


「責務を果たしただけ、だもんね」


「だが、ジークの心を闇に堕とす原因を作ったのもワタシだろう」


「……転生者とモンスターは、同じ存在だもんな」


「だが、ワタシはヒロ達が好きだぞ? 最高の友達だ!」


 いつもの自信溢れる表情で、彼女は牢獄の扉を開けた。


「今のプロキアに、ヒロを、転生者を良く言う者は少ないだろう」


「当然だ。覚悟はしている」


「だからワタシは、ヒロ達が危なく無いことを証明する。暴れたら全力で止める」


「最高に頼もしいよ」


「ワタシは天才だからな!」


 そうだったな、とヒロは微笑みを返した。


「この罪を贖えるかはわからない。だけど」


「姿勢だけは見せなければな」


 こうして二人の少女は、一人の獣を地上へ解放した。

 貼り替えられたばかりの窓が、朝の日差しをよく通していた。

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