第103話 叛逆の意志③
先手を取ったのはジークだった。
桜色に光るヒロの剣を、雷を纏いし聖剣で叩き斬る。
「っ!?」
「お前は勇者じゃない。モンスターだ!!」
心身を憎悪で染め上げたジークの一撃は重かった。
雷鳴のように強く踏み込み、雷光の速度で刃を振るっていたのだ。
堅牢なプロキアの城壁すら破壊する勢いでヒロを吹き飛ばし、埃と煙の立ち込める空中へと追いやった。
「いい加減にしろ!」
「それは僕の台詞だ!!」
ヒロも抵抗しようとするが、宙にいるため力が上手く入らない。
そのままジークに押し負ける形で急降下し、時計塔の腹部に吹き飛ばされてしまった。
「ジーク、お前……!」
絆ノ装備のおかげで、落下によるダメージは大して入っていない。
だが土煙によって視界が塞がれ、そしてジークに上を取られたのがいけなかった。
振り上げた聖剣に黄金の雷が走り、天も正義の一撃へ味方せんとばかりに黒雲を広げていた。
「正気か!? そこまでして」
「雷霆ッッ!!」
その斬撃は町を割った。
放たれた最終奥義は金色の光を放ち、逃げ遅れた人々を炭に、灰に、そしてマナに還した。
その中心に居たヒロの身体にも、痛みと誇張するには生温い程の衝撃が走る。
「……これが、僕の覚悟だ」
太陽を集めたような輝きが収まると、ジークは失った魔力を補給するため故郷のポーションを口にする。
そして見下すと、桜色のモンスターは黒い炭と化して動かなくなっていた。
これが人類の敵のあるべき姿だと再認識し、思わず笑みがこぼれる。
「兄ちゃん!」
声のままに正義の勇者が振り向くと、不細工なヒノワ人から逃げるようにして愛する妹弟が駆け付けていた。
「ジーク、アンタまた無茶して!」
「ここは危険だから離れてて。この国は僕が守る」
「昨日休めって言ったばっかだろ! ヒロとウォルター様にも任せて、あんまり無理しないでくれよ!!」
「そうだ、ヒロ……ッ!?」
ジークは仕留めた獲物にトドメを刺すべく向き直した。
だがそこにあったのは、殺意を込めて裏切りの勇者を斬り伏せんとするヒロの姿だった。
「っ、この化け物が!」
「ヒロやめて! 相手はジークよ!」
「やっと追いつい……ヒロ、よもや裏切ったのでおじゃるか!?」
一部分しか見ていないエリーゼとモリモリが、ボロボロの身体を再生させている転生者に向けて叫ぶ。
だが、一番歳若く騒がしいはずのクルトだけは違った。
「……兄ちゃん、今なんて」
「クルト、エリーゼ。ソイツは敵だ、危ないから離れて」
「ヒロは化け物じゃない! 友達にそんなこと言ったらダメだろ!!」
クルトはかつて、ミライに向けて「化け物」と言い放ったことがあった。
そして酷く後悔した。ずっと助けてもらい、笑い合った仲間に最低な言葉を放ったことを。
そのときの傷があるからこそ、兄に向けて懸命に叫んでいた。
「誰が化け物と友達なんだ。ソイツはモンスターだ!」
「モンスターでも! マオは良い奴だろ!!」
絶対に折れない。
クルトの瞳には、憧れの兄にも立ち向かわんとするほどの勇気が宿っていた。
「……お前も頭がおかしくなったんだな」
「兄ちゃん! もう辞めようよ、こんなこと!」
もはやジークには弟の声など聞こえていなかった。
そして、ゆっくりと懐から鋭利な剣を取り出し、モンスターの間に立ち塞がる裏切り者へ向けて豪速で投げつけた。
「……!」
「危ない!」
ヒロがそれを見過ごすはずが無かった。
クルトを庇うように押し除け、投擲された刃を払い除けようと腕を振るう。
そう、剣身に触れた瞬間だった。
〜〜〜〜〜〜
『戦争で全部メチャクチャになって……でもワタシは何もできなくて……!』
『君たちは果実だ。新世界という樹を創る枝葉であり、果実となるのだよ』
『ねえお願い……一人に、しないで……』
『大丈夫。ぼくは礎として永遠に生き続ける』
『生命から造られるマナのおかげで文明は発展し、再生した地上に四つの大国が現れ、同時に異世界への境界が開かれた――』
〜〜〜〜〜〜
「これは、まさ――」
「聖遺物【罪断執行】!!」
ヒロが我に返ったときには、既に黄金の魔剣が腹を貫いていた。
意図せずしてプロキアの大国宝に触れてしまった。
世界規模の機密情報を明け渡そうと、その後殺せば全く問題ない。
彼の覚悟を受けて仰天が罪悪感へと変質してゆき、ヒロの身体を、脳を蝕んでゆく。
「罪状は殺人罪、国家転覆罪、そして生存罪!!」
「やめろ兄ちゃん!」
「本気でヒロを殺す気なの!?」
「それ以上は見過ごせないでおじゃる!!」
「爺さんの仇だ……!!」
極限の憎悪を込めてジークは魔剣を横に振り抜いた。
ヒロは上下に真っ二つとなり、最強の装備が花弁のような光となり霧散した。
「……そん、な」
「うそだろ……兄ちゃん、お前」
ボトリと重力のまま落ちたヒロだったものを目にし、エリーゼとクルトが力無く膝をつき、絶望する。
「……はは、は。やった、やってやった」
だが妹弟とは逆に、ジークは狂喜していた。
ようやく祖父を見殺しにしたモンスターを殺せた。
人の皮を被った敵を仕留められた。
「ヒロじゃない。僕が、永遠にプロキアの」
『くっ付け』
「勇者、だ――?」
ジークの表情が一瞬で凍りついた。
分かれた肉塊のうち一つから、マナではなく言葉が発せられた。
それも絶対にあり得ない、まるで『死ねと命じれば殺せるほどの覇気を持った言葉』が。
命令さえすれば、二つになった身体をも合体させられるほどの力を持った言葉が。
「ヒロ……いや、お前は……まさか」
「よォ。正義の勇者サマ」
そこに立ち上がっていたのは。
ヒロの姿をした肉食獣のような男――キョウヤ・シノハラだった。




