第100話 惨劇の開幕⑤
プロキアの勇者ジークが裏切った。
数秒の間、その事実をシンヴァとサラは受け止めることができなかった。
「な、ぜ……」
「二度も言わせないでよ。モンスターは殺さなきゃ、でしょ?」
そう不敵な笑みを浮かべながら、剣を縦に振るい、ライオンの王を引き裂いた。
シンヴァはそのまま地に伏し、動かなくなった。
「いいぞ人間!」
「やっちまえ!!」
あろうことか、獣人たちは助けに来たはずの元王にも罵声を浴びせていた。
同胞がモンスターと化していながらも、憂国の戦士に助けてもらいながらも雑言を浴びせるバサナの民に腑を煮やしながら、サラは勇者に吼える。
「テメェ――血迷ったのか、アタシらは味方だろ!!」
「いや? 転生者はモンスターの同類、つまり敵だ」
「っ……!」
「残念無念ンン! アナタ方が信じた勇者ジーク・ワァグナーはア」
勇者を睨み歯噛みする転生者を煽るように、ヤギ仮面はクルクルと回りながら前へ躍り出る。
「転生者とモンスターの存在を許さない、そんなパディス帝国の理念に共感してくださったのですウウ!!」
「うるせぇッ!!」
そして身体を海老反りにしながら両指でジークを指すと同時に、サラが拳を構え、地を蹴った。
そのまま殴りかかろうとするが、激情に任せた攻撃がジークに当たるはずもない。
「なんで灰の村を焼いたの?」
「黙れ、この裏切り者が!!」
それでも殴り続けた。その度に空を切った。
「勇者ジーク。これにて転生者を断つのデス」
「ああ」
返事のままに黄金の杖から隠し刀を抜く。
「聖遺物【罪断執行】」
彼が愛した聖剣ではなく、帝国の軍隊長が携えた魔剣を構える。
「罪状は暴言、傷害致死、そして生存罪」
そして転生者の罪状を読み上げると、同時だった。
「判決は死刑のみ。その首を断つ」
サラ自身も気付かぬうちに鬼の形相を浮かべた首が飛び、残された身体が前のめりに転がっていった。
〜〜〜〜〜〜
その頃、プロキア城下町の劇場は、朝っぱらにも関わらず観客が席を埋め尽くしていた。
プロキアにはテレビもラジオも無い。娯楽という娯楽は、ニュースペーパーや賭け事、そして演劇しか無かった。
「いやー、休日最高だなっ!」
「マジそれ! と言っても、俺は晩飯頼まれてるんだけどね」
「他の人が聞いてたらどうする、ギルドの食堂に行列ができるぞ!?」
「何気にサリエラも欲張りじゃん」
ヒロはクルトとエリーゼ、そしてサリエラと合流した後、チケットを見せて予約していた指定席に座り、談笑していた。
周囲の人々も同じく、幕が開けるまで世間話に花を咲かせていた。
「プロキア文化、お手並み拝見でおじゃる……!」
「私たちの目的は午後の部ですよ」
その中には、ウズウズと興奮している二十代後半の子供皇子と、その付き人も見受けられた。
「レティシア達も居るじゃんか。マオは仕方ないとしても、ミライとウォルターも来ればよかったのに」
「競馬らしいわよー。全く、ギャンブルの何が良いんだか」
「重要なレース? らしいぞ。確か、エスフォーミュラだか、クナイサックスがどうだか言ってたな」
「ミライの言葉なのに全然わかんね……おっ、始まるみたいだな!」
舞台の幕が上がり、王宮の中を模ったセットを背にし、雌羊の仮面を着けた修道女が一礼をした。
題目は『プリエール』。教会の祈り手を務めし幸薄い少女が、ひたむきに神へ祈り奇跡を起こし続ける物語だ。
「……サリエラ」
「ああ。何かまずい」
本来であらば、開幕と共に主人公が壇上に立ったと思うところだが、ヒロとサリエラは違った。
その演者から放たれる異様な雰囲気を感じ取り、娯楽を楽しむ心を殺して警戒を強めていたのだ。
「なんだよ、トイレ行き忘れたのか?」
「せっかくの休日なのよ? 楽しまなきゃ損でしょ」
村出身の姉弟は気付いていなかった。だが前方に座っていたレティシアも、モリモリをいつでも庇えるような体勢を取っていた。
「ならば祈りましょう。いつ如何なる時であろうとも、私は祈り続けましょう」
プロローグも終盤に差し掛かり、修道女が王宮の女神像を背に跪く。
そして次の瞬間。
突如立ち上がったかと思うと、一瞬のうちに二丁の銃を袖から取り出し、客席へ銃口を向けた。
「そして、世に平穏が訪れんことを」
「ッ、伏せろ!!」
劇場は喝采ではなく、悲鳴と絶叫で埋め尽くされる。
これが、プロキアに襲いくる惨劇の開幕となった。




