第九話 生配信
晩御飯と風呂を済ませた俺は、ゆいねこの配信に備えていた。
自分の部屋に入り、スマートフォンを手に取る。画面を確認すると、里奈からの返信が表示された。
『通話しながら見よー』
無意識に笑みを浮かべてしまう。俺は、いつ里奈から着信が来ても良いようにスマートフォンを目に付くところに置き、パソコンの電源を点けた。
そして、配信予定時間の五分前に里奈から着信が来た。
「早っ!!」
「いや、たまたまだよ」
勢いでワンコールで応答ボタンを押してしまい、俺は気恥ずかしさを覚える。
「企画って何かな? ゆいねこっていつもゲーム配信しかしないから謎だね」
里奈の言う通り、ゆいねこはチャンネル開設時から一人でゲームしてる動画を投稿、配信してきた。だから今日の企画とやらには、相当な期待感を抱いている。
恐らく他の視聴者もそうなのだろう。配信待機している人数はいつもより目に見えて多かった。
そして、時間がやってきた。時間がくるなりすぐに画面が切り替わる。
相変わらずの可愛さだ。血色を感じられないメイクは、まるで人形のようだ。服装はハイウエストでゆったりめの灰色のブラウスだった。
コメント欄は、読みきれないスピードで流れてく。
『聞こえるー?』
ゆいねこがそう問いかけると、コメント欄は更に加速的に流れ始める。
ゆいねこは『こんばんわー』と挨拶を返したり、コメントを読み上げたりしていた。
『あ! ツブ貝さん、ギフトチャットありがとー。えー、【ゆいねこ愛してるー。】私は愛してません』
といつもの返しを一通りすると、ゆいねこは咳払いをした。
『はい、今日は告知もしたけど、新しいことしよっかなーって。ちょっと一戦くらいしたら、内容言うねー』
そう言ってバトルロワイヤルFPS、Anexis Legendsのマッチングを開始させた。
そしていつものように雑談をしながら一戦を終えると、ゆいねこはカメラを目で捉える。
その様子にコメント欄は、またざわつき始める。
『はい、じゃあ言うねー。えーっと、今日は視聴者参加型にして、遊んでみよっかなーと思ってます!』
その発表の後、コメント欄は今までに見たことないくらい湧き上がる。投げ銭の数もいつにも増して多い。
『じゃあ、参加方法なんだけど、ツリッターに問題出すから、返信形式で答え書いてください。正解者にはダイレクトメッセージするから、受け取れるようによろしくお願いします。あ、早い者勝ちで』
「里奈、聞いた?」
「うん! 凄いね〜」
里奈は何やら他人事の様子だ。
「いや里奈! こんなチャンスないぞ! 早くゲームを起動するんだ!」
「え、いや、私全然やってないし、下手だからいいよ」
「あのゆいねこと遊べるんだぞ! 問題に挑戦するだけでもさ? しない?」
「んー、分かった」
遠慮気味であるが了承してくれた。
もし、ゆいねことマッチできたら……里奈もテンション上がるだろ。俺が当選しても里奈に譲ればいい。チャンスは二倍だ。俺はツリッターを開き、ゆいねこのページを何度もリロードした。
すると、ゆいねこつぶやきが更新された。
『クイズは全部で三回の予定です』
『クイズ1
この前の土曜日の午前中、私はどこにいたでしょー。
なんとなくの場所で良いよ!
例:蕎麦屋 とか』
この問題を見た時、心臓がドクンと高鳴った。
え、これって俺と里奈にとっては、かなりのラッキー問題じゃないか。
「ねえ! この問題!」
里奈も察してくれたのか、声色が弾んでいる気がする。
「ヤバい……。早く答えよう!」
そう言うと、里奈は「でも」と語気を弱める。
「いいのかな。なんかズルしてる気分」
俺はその言葉に一瞬言葉を詰まらせる。それでもここは行くべきだと思った。
「きっとさ、んー、俺らの熱意が届いたんだよ」
冗談ぽく笑う。すると里奈は「なにそれ」とからかうように笑った。
俺と里奈は、ゆいねこの返信欄に"商店街"と記載して送信した。
他の人の返信全てを確認できてはいないけど、どちらか通ってくれと祈る。すると、画面上のゆいねこが『一回目、締め切りまーす』と言った。
そして、ゆいねこはキーボードで何やら操作を行う。その直後だった。ツリッターの俺のアカウントに、ダイレクトメッセージが一件届いた。
ゆいねこからだった。内容は正解おめだとうという記載とAnexis LegendsのIDを送ってくださいとのことだった。
「里奈! 俺のところにゆいねこから来た!」
「私も! ど、どうしよー」
里奈は嬉しさと戸惑いが混じった様な声を出していた。
取り敢えず、久しぶりにゲームを起動した里奈を誘導する。するとゲーム内にて、ゆいねこからフレンド申請が届いた。
『今回は一緒に遊ぶ用にフレンド申請するけど、遊んだら削除します。そこはご了承ください』
ゆいねこからの注意喚起に少し落胆してしまった俺は、ゆいねこからのフレンド申請を承諾。するとすぐにパーティに招待された。
「ア、アオー! ゆいねこの横に、私いるー!」
「信じられない」
ゲーム画面には確かに【yuiii_neko】の文字が。俺は抑えきれない心臓の鼓動を感じていた。
『では、よろしくお願いしまーす』
ゆいねこはそう言うと、マッチングを始める。マッチングが終わり試合が始めると、ゲーム内ボイスチャットにてゆいねこは再び『よろしくお願いしますねー』と言った。
「よ、よろしくお願いしまふ!!」
声は裏返り噛んでしまう。里奈は緊張しているのか、言葉を発することはなかった。
ゲーム中、俺は変なミスを起こさないように必死だった。里奈は殆どこのゲームを触ったことがなく、ゲームもそこまで得意ではなかったため、すぐノックダウンを食らっていた。
その度、里奈は「ごめんなさい!!」と命でも取られそうなのかと思う勢いで謝っていた。しかし、さすがはゆいねこ。『どんまーい』とか『ナイスファイトー』と言葉でのフォローを入れると、一人で敵を蹴散らしていた。俺は里奈の蘇生をしながらゆいねこの邪魔にならないようにサポートに徹していた。
最後は複数の部隊に囲まれて俺たちは全滅。結果は二十チーム中、四位。だけど、悔しさとかは微塵もなかった。
ただただ感動していた。あっという間の時間ではあったが、あのゆいねこと共に戦えたのだ。
余韻に浸っていると、ゆいねこは『ありがとうねー』と言ってパーティから抜けていった。そして、二つ目の問題へと移っていた。
「すごかったな……」
「うん! でも、もう夢中で何も覚えてないかも。でも、すっごく楽しかった!」
放心状態の俺とは対照的に、未だ興奮した様子を見せる里奈。そんな里奈の言葉に俺は我に返る。
「楽しかった?」
「うん!」
「良かった」
里奈に元気が少しでも戻ればと思っていたが、それ以上に俺が楽しんでしまった。
その後、俺たちはゆいねこの配信を最後まで見ていた。一時間半ほどの時間だったが、いつも以上に短く感じた。
配信終了後、反省会のような会話をする。次第に、少しずつ沈黙のインターバルが短くなり、里奈との通話も終わりそうだなと思っていると。
「アオ、ありがとね」
「うん」
「気、遣ってくれたんだよね? わざわざメッセージしてくれて。あのね、もう大丈夫だよ」
「良かった」
里奈の声音でなんとなく分かる。心のどこかに引っかかっていた棘のようなものが抜け落ちた気がした。




