第八話 合瀬中の吸血鬼②ー里奈視点
ミストに到着した私達は、黙々とドーナツをトレイに乗せて、会計を行い席に着く。
あまり食欲はない。手持ち無沙汰な私は、ちらちらと二人の様子を窺っていた。乃絵ちゃんはいつもと変わらない調子で、紅茶を美味しそうに飲み始めていた。
喉まで出かかってる言葉を何度も飲み込んでは、また出そうとする。
長い時間こんなことを繰り返している。実際は数分、いや数秒の間かも知れない。
何か話さないと……。そう決意した私は深呼吸を一回し、やっとの思いで勇気を振り絞る。
「あの……ごめんなさい」
その言葉に咲波ちゃんはテーブルに肘をついて手の平に顎をのせる。乃絵ちゃんはストローから口を離した。
「私……さっきの人達が言ってた通り……その……高校デビューってやつで……。実は漫画とかアニメが好きで……同じタイトルを何十周もしちゃうタイプの……。隠しててごめんなさい」
視線はずっとテーブルの上のトレイに向かっていた。けど、二人の返事がなく、不安になった私は、ゆっくりと顔を上げる。
「え? 何がいけないの?」
咲波ちゃんはそう言って、ストローで容器の中をかき混ぜるように回す。
「私も漫画見るよ。ドラマでやってた関東リベレーションズとか?」
乃絵ちゃんもそう言って笑顔を見せてくれた。
二人のその言葉が予想とは違うもので、私は口を結んでしまう。
すると、咲波ちゃんは、背筋を伸ばし、腰を引いて座り直した。そして何回か咳払いをすると。
「ていうかさ……んー、なんなら私も里奈と同じようなもんでさ」
咲波ちゃんはそう切り出すと、中学時代の自身を語ってくれた。
咲波ちゃんの中学は、地元では有名で荒れに荒れていたらしく、咲波ちゃんも今とは全く違う雰囲気だったみたい。
生徒の殆どはヤンチャで、窓を割る人、廊下で自転車を爆走させる人、すぐに殴り合いの喧嘩をする人がいたらしい。けれど、咲波ちゃんは人に迷惑をかけるようなことはしなかったとのこと。
だけど二年生の頃に一回だけ、事件を起こしたらしい。
友達が他校の三年生四人に一方的に暴力をふるわれているところに単身で飛び込んでいき、一人で四人全員を病院送りにしたとか。
最後に立ち尽くす咲波ちゃんの姿は、鼻血と切れた口の内側から出てくる血で、口周りが真っ赤に染まっていたらしい。
その事件をきっかけに、咲波ちゃんは合瀬中の吸血鬼と呼ばれ、周辺の中学でも恐れられるようになったとか。
まさか私の中学にまで名前が知られているとは思わなかった。
「まあ、それだけのことなんだけどね。てか、渾名? 二つ名? クソダサくない?」
最後に咲波ちゃんは冗談っぽくそう言って笑った。私もつられて笑みをこぼしていた。
「ま、そういうわけでさ。高校では普通にしたいなーと思って黙ってたんだ。言うことでもないと思ってたんだけど……。ごめんね?」
私は首を横に振る。
「ありがとう……」
「別に中学の時がどうとか関係ないよ。私たち、もう友達だしさ。だから、これからも仲良くしてほしいな」
乃絵ちゃんの指が私の手の甲に重なる。私は溢れる涙を腕で拭いながら、何度も頷いた。
「ほら、ドーナツ食おうぜ。久々にキレたらお腹すいちゃった!」
バシバシと私の背中を叩く咲波ちゃん。乃絵ちゃんは、ずっとその様子を温かく見守ってくれていた。
「うん!」
ただ嬉しかった。ずっと心の奥では中学時代の私を知られたくないと思っていたから。それを打ち明けられた今、二人が受け入れてくれた今、心が軽く、温かくなっていた。
高校デビューした姿が、似合ってるとか似合ってないとか、今はどうでも良くなった。今はこうして二人と仲良くなれたことが嬉しかった。
緊張の糸が切れたせいか、突然の空腹感が襲ってくる。
「里奈ちゃんはどんな漫画が好きなの?」
ドーナツに手を伸ばそうとした私に、乃絵ちゃんが質問をしてくれた。しかし話題が話題なだけに、私はスイッチが入る。
それからの私は、夢中で【俺になびけ】について語ってしまった。
ふと我に返った頃には、二人は口角をピクピクと振るわせ苦笑いを浮かべていた。
「ご、ごめん! 私、嬉しくってつい!」
「いや……里奈の新しい一面が知れて嬉しいよ……」
咲波ちゃんがそう言ってくれたものの、私は何度も頭を下げた。
※
「楽しかったなー」
帰り道の途中、私はそんな独り言をこぼしながら、帰り際に三人で撮った写真を見ようとスマートフォンを取り出す。画面には一件のメッセージが表示されていた。
『今日のゆいねこの配信、企画があるんだって! 面白そうだね。絶対リアタイで見ようね』
アオからのメッセージだった。
わざわざ教えてくれるなんて……アオにも心配かけちゃったかな。
まだゆいねこの配信まで時間はあるけど、私は家までの道を走って帰った。