第六話 相談
週明けの月曜日。里奈はいつもと変わらない学校生活を過ごしていた。
友達の話を聞いて笑ったり、スマホの画面を見せ合ったりと楽しそうにしていた。ただ時折、思い詰めたような表情をしているような、そんな気がした。
土曜日のことがあったから、余計にそう見えてしまうのだろうか。
俺はただ、そっと見守ることしかできなかった。
※
「なぁ、昨日のゆいねこ見た?」
「え? あー見た見た」
昼休憩の時間。俺は鳴神の声でハッと我に返った。返事をすると共に、止めていた箸を動かし、お昼ご飯を再開する。
「あ、そうだ。土曜日さ、生でゆいねこ見たよ」
弁当を食べながら軽い気持ちで話すと、鳴神は威圧的な口調で「は?」と一言だけこぼした。
弁当から鳴神に視線を移す。彼は口をポカンと開けたまま固まっていた。
「すまん。もう一回頼むわ」
「あー、その……商店街にゆいねこがいたんだわ」
「は、はあ? マジで? いや、教えろよ! 写真とか撮った?」
鳴神は椅子を勢いよく引いて立ち上がると、鼻息を荒くし顔を近づけてきた。鼻と鼻がくっついてしまいそうだ。
「いや、写真はNGだった」
「ふざけんなよ〜。俺も見たかったわー。可愛かった?」
「うん」
「許せねえ〜!! てか地元一緒なのかよ!」
鳴神は顔を天井に向けてそう言った。あまりの声の大きさに、教室は少しの間静まり返る。
俺は苦笑いを浮かべながら、誰とも目が合わないように下を向くのに精一杯だった。
※
放課後、今週は委員会活動がないので帰ろうとすると。
「あ、あの、瀧川くん」
呼び止められた。顔を向けると、結根さんがいた。俺は背負いかけていた鞄を机に下ろす。
「どうしたの?」
「あ! その……委員会のことなんだけど、次の集まりっていつだったかなーって……」
困り眉で申し訳なさそうにする結根さん。
「あれ、なんかそういう連絡ってあったっけ?」
記憶を辿ってみるが、先生からそんな話があった覚えはない。目を瞑って「んー」と唸っていると。
「あ! ごめんなさい! 勘違いだったかも」
「そっか。俺も不安だから帰りに先生に聞いてくるよ」
「あっ! い、いいの! 私が聞いてくるよ!」
何やら慌てた様子の結根さんの気迫は凄まじく、俺は「じゃ、じゃあよろしく」と顔を引き攣らせてしまった。
話が終わったと思い、鞄に手を伸ばす。すると、結根さんは自身の指を絡ませ、落ち着かない様子で別の話題を振ってきた。
「きょ、今日のお昼、鳴神くん、大きな声出してたけど、何かあったの?」
そう言って唇を真っ直ぐに結んだ結根さんは、上目遣いで俺の様子を窺っている。
「あー、ごめん。うるさかったよね」
あれだけ大きな声で叫んでたのだ。迷惑をかけてしまった。後頭部をかきながら謝ると、結根さんは首を大きく横に振った。
「あ! 別にそういうのじゃなくて……。盛り上がってて楽しそうだなって……」
「あ、そういうことね。良かった。まあ、大した内容じゃないんだけどね」
「うん」
相槌を打たれてしまった。軽く流れる話題だと思っていただけに、少しだけ驚いた俺は一息つくと話を続ける。
「俺と鳴神さ、共通のフューチューバーが好きでさ。土曜日にその人を偶然見かけたって話したら羨ましいって言われて。それだけ」
オチも何もない。俺は恥ずかしくて「あはは……」と苦笑いを浮かべる。
ただ、思い返せば凄いことだった。あのゆいねこに会えたのだ。最高の一日だと思った。
でも……。その後のことを思い出してしまった。あれさえなければ……。
「瀧川くん?」
「え? あー、ごめん」
結根さんが不思議そうな目で俺の目を捉える。
「何かあったの?」
「まあ、そんなとこ」
適当に誤魔化そうとする。しかし、結根さんは心配そうな顔をしていた。
「あ、あの! 私でよければ相談に乗るよ! 瀧川くんには助けてもらってるので!」
「え! いや、大丈夫大丈夫!」
咄嗟に遠慮してしまった。でも、すぐに気持ちは変わった。
「……やっぱ、聞いてもらおうかな」
そう言うと結根さんは口角を少し上げて頷いてくれた。
ずっと立って話すのもなんだしと思い、俺は椅子を引いて座り、結根さんにも横の椅子に座ってもらうように促した。
どう切り出せば良いか分からない。少しの沈黙が流れたが、結根さんはずっと待っててくれた。
「その……友達がちょっと落ち込んでて……。なんとかしてあげたいなって」
凄くざっくりとした相談内容になってしまった。こんな相談では、答えようがないのにと申し訳なく思ってしまう。
「土曜日にさ、その友達と商店街で遊んでてさ。奇跡的に憧れの人に会えたり、欲しいもの買えたりと楽しんでたんだけど……最後に会いたくない人に会って嫌なことがあってさ……」
と相談内容をなんとか伝えると、結根さんは悲しみと心配が混ざったような複雑な表情を見せる。
「そっか……。んー、私もよく落ち込んだりするんだけど……そういう時は、好きなことをひたすらするの! といっても友達が気を遣ってくれて、誘ってくれるんだけどね。無理してでもやるぞっ! って」
そう言って結根さんは脇を締めて笑顔を見せる。
「ひたすら好きなことか」
「はい! そのお友達は何が好きなの? その……瀧川くんと共通のものとか……」
「そうだなー。漫画とかアニメかな。あと、さっきも話に出たけど、好きなフューチューバーの動画の話とかさ。あ、友達って鳴神じゃないよ」
最後は冗談ぽく笑うと、結根さんは小さな笑みをこぼす。
「ふふ、そうなんだ! その……ちなみに……そのフューチューバーさんって誰……?」
結根さんは、恐る恐るといった具合に質問を投げた。
「ゆいねこって人なんだけどさ。知ってる?」
「え〜っと……聞いたことないかも。ごめんね」
そう言って結根さんは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
「いや、謝ることじゃないよ」
逆に申し訳ないと思い、軽く頭を下げる。すると、結根さんはスマートフォンを取り出して、何やら操作をし始めた。
「あ、この人かな? あ! ついさっき、ツリッターが更新されたみたい」
結根さんは「確認してみたら」と言いたげに小さく首を傾げる。
ポケットからスマートフォンを取り出す。そしてツリッターを開き、ゆいねこのつぶやきを確認してみた。
【今日の夜の配信は、新しい企画を考えてまーす! 視聴者のみんなと楽しく! そして元気になれるような企画です! お楽しみにー】
企画? なんだろうか。今までのゆいねこの配信スタイルは、雑談をしながらゲームをするものだ。それ以外はない。
もしかして他の配信者とのコラボ? それとも案件とか?
何にしろ今までと違うことをやるとなれば、里奈もいつも以上に楽しんでくれるのでは。俺はすぐさま、里奈にメッセージアプリETALKでメッセージを送信した。
「何か企画って書いてあるね。瀧川くんたちはいつも、この人の配信リアルタイムで見てるの?」
「うん、見逃したことはないよ」
「そっか! 楽しみだね」
そう言って結根さんは歯を見せて笑った。
「ありがとう結根さん! 相談に乗ってくれて。ごめんね、長いこと付き合わせちゃって」
「ううん、いいの! そのお友達が元気になるといいね! 私も頑張る!」
「え? 頑張る?」
「あ、その……! 今日は聞くことしかできなかったけど、他にできることがあったら何でも言ってねって意味!」
「ありがと」
改めてお礼を言うと、結根さんは優しい笑みを浮かべてくれた。
委員会は一緒だったのに中々話す機会がなかった結根さんが、こんなに親切な人だったとは。
今まで気まずい思いをさせて申し訳ないと思いつつ、他力本願ではあるが、里奈が今日のゆいねこ配信で少しでも元気になってくれればと思った。