第四話 商店街へ①
放課後。委員会活動を終えた俺は、正門前で里奈を待っていた。
「おまたせ! ごめんごめん、部活長引いちゃった」
「大丈夫。ゆいねこ見てたから」
「あー! あの子、マジでゲーム上手だよねえ。手元配信とかヤバくない? 指の動き早すぎ」
「だね」
そう言って微笑むと、里奈は「行こっ」と言って俺の前を歩き出した。
今日は、里奈の母親から、帰りに買い物してきてと頼まれている。だから、待ち合わせをしてまで一緒に帰っているのだ。
その道の途中、俺は何度も聞こうとして出かかっていた質問を里奈に投げた。
「あのさ……。その、みんなと上手くやってる?」
友人関係の話を振りたかったけど、聞き方が分からなかった。それでも長年の付き合いのおかげか、里奈はすぐに言葉を返してくれた。
「うん、やれてる……かな? でも大変だよ。みんなアニメとか漫画あんまり見ないって言うし。たまに話ついてけないんだよねぇ……」
そう言って里奈はため息をついた。無理もない。里奈の今の友人は、中学の頃とは全く違うタイプの人だから。
「そっか」
「でもね、楽しいよ。咲波ちゃんもも乃絵ちゃんも優しくてね!」
そう言って里奈は今一番仲良くしてるクラスメイトの話をしてくれた。俺は、楽しそうに話す里奈にずっと耳を傾けていた。
「でもさ、たまには漫画の話とかもしたいよ。ねえ、今度の週末さ、どっちか遊びに行こうよ」
俺はその言葉が嬉しかった。里奈と週末に遊ぶなんて久しぶりだから。
「うん。いいね」
それから里奈と会話しながら、買い物を済ませたのだが、俺はずっと週末のことばかり考えていた。
※
そして待ちに待った土曜日がやってきた。
朝の十時に里奈の家に迎えに行き、電車に乗って商店街までやってきた。
色々な店を横切って歩いていき、里奈が行きたがっている場所を目指す。
「あれ? メイトってこの先を右だったっけ?」
「いや、もう一つ先だよ」
「あれ? そうだっけ? 忘れちゃった」
こうして里奈と遊ぶのはいつぶりだろうか。最後の記憶は半年前くらいかもしれない。
俺は記憶を探りながら、里奈の横顔を見つめていた。
すると、曲がり角を右に曲がってすぐのところで里奈が勢いよくこちらを向いた。そして、肩をバシバシと激しく叩く。
「ちょ、ちょっと! あ、あれ、ゆいねこじゃない?」
「え?」
里奈が指差す方を見てみると、そこには黒色のツインテールにピンクのフリルブラウス、黒のフリルスカート、そして黒色のショートブーツを履いている女子と目が合った。
しかし、彼女は俺と目が合うと、すぐに後ろを向いて逃げるように歩き出した。
正直、あの一瞬では、ゆいねこかどうかは判断できない。とはいえ、俺と同じくらいゆいねこをよく見ている里奈がそう言うのだ。可能性は十分にある。
そうだ。ゆいねこだって同じ国の人間なんだよなぁ。だから、ここにいてもおかしくはないのか。そんなことを考えていると、里奈がまた肩を叩いてきた。
「ねえ! 追ってみようよ! もしかしたら写真とか撮らせてもらえるかも!」
興奮した口調でそう言うと、里奈は前を早歩きし始めた。
確かに、ゆいねこと写真が撮れたりなんかしたら、一大イベントになる。彼女のプライベートを邪魔してしまうのではという懸念はあったものの、好奇心には勝てなかった。
俺も里奈に続くようにゆいねこと思しき人を追いかける。そして、里奈が先に彼女に声をかけた。
「あ、あの……! すいません!」
恐る恐るといった様子で里奈がそう言うと、ゆいねこと思しき人はピクッと背筋を伸ばす。そして、ゆっくりと様子を窺うように振り返った。
俺は驚いた。里奈がゆいねこだと言っても半信半疑だったのだ。だがしかし、目の前には紛うことなき、あのゆいねこがいた。
「あ、あの! ゆいねこ……さんですよね?」
里奈も興奮しているのか、両手の拳を強く握りしめている。
「え……あぁ……はい」
そう言ってゆいねこは気まずそうな笑顔を見せた。俺と里奈は目を輝かせながら、彼女の顔を凝視する。
画面越しで見るより、本物は圧倒的に可愛かった。しかし、ゆいねこはなぜか居心地悪そうに顔をあちこちに向け、目を合わせてはくれない。
「私、動画見てます! あの……ゲームはしないんですけど! 配信とかも全部見てます! と言っても横の人の影響なんですけど……!」
そう言って里奈は次は俺の番だよと視線を送ってきた。
「は、初めまして。俺もいつも見てます! 特にAnexis Legendsの配信はいつも参考にしてます! それに雑談もずっと面白くて――」
気が付けば俺は熱くなっていた。伝えたいことをただひたすら口にしていた。ゆいねこは「ありがと〜……」とか「そうなんだぁ〜……」とひたすら相槌を打ってくれていたが、その途中で里奈からストップがかかった。
「喋りすぎ。ゆいねこさん困ってるし、ドン引きしてるよ」
「ハッ?! ご、ごめんなさい。本当に嬉しくて」
自分でも意外だった。こんなに喋り散らかしてしまう一面があるとは。
本当に申し訳ないと何度も頭を下げる。すると、ゆいねこは「だ、大丈夫ですよ」と気まずそうに言ってくれた。
一瞬の沈黙が流れる。するとそれを打ち破るように里奈がスマホを取り出し、一つの提案をした。
「あ、あの! 写真とか大丈夫ですか?」
「え! しゃ、写真?! あ、いや〜……ごめんなさい。ちょっと写真は……」
慌てた様子でゆいねこは手を前に突き出した。
「そっかあ。分かりました。あ、そのありがとうございました! 会えてとても嬉しかったです!」
残念そうにしていた里奈だが、最後はまた嬉しそうな笑顔を見せた。
「俺も嬉しかったです。最高の一日になりました」
「そ、そんな、大袈裟かな〜なんて? そ、それじゃあ、また動画見ねて〜」
ゆいねこはそう言い残すと、足早に俺たちの元を去っていった。
俺と里奈はその後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと彼女を視線で追っていた。
「すごかったねえ……」
「うん」
余韻に浸りながら、俺と里奈は呟いた。
「てかさてかさ! まさか、ゆいねこと地元同じってヤバくない?」
「うん」
「もー凄い親近感! ますますファンになっちゃった!」
「うん」
里奈の言っていることに同意しかできない俺は、まだ興奮が収まらなかった。
なんせ一番会ってみたい人だったから。色んな芸能人や有名人よりも遥かに。
「あ、そうだ! メイト行かなきゃ! もう開店しちゃってるよ!」
ほとぼりが冷めたのか、里奈は俺の腕を引っ張る。俺はまだ幻に包まれているような気分だったけど、フラフラと里奈に引っ張られるままにメイトを目指した。