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第二話 初めての会話

 入学してから二週間が経った。最初こそ静かだったクラスの雰囲気は、いつのまにか賑やかになっていた。時間の流れとは不思議なもので、各々の交友関係というのは、自然と形を作っていった。


 里奈は里奈で友達を作り、俺は俺で気の合う人を一人見つけた。


 昔からの仲ではあるが、俺と里奈は常に一緒にいるわけではない。だから交友関係は、割と独立している。別にお互いそうしようと決めたわけでもないのだが、自然とそうなったのだ。


 ただ、登校するときや帰りの時間が合えば一緒に帰る。そんな具合なのだ。


 さて、一番肝心な凪野くんに似ている男子だが、この二週間ほど観察してわかったことが幾つかある。


 名前は神渚かみなぎりょう。容姿は本当に凪野くんに似ており、漫画の世界から飛び出してきたみたいだ。


 言うまでもなく、端正な顔立ちとスラッとしたスタイルを持ち合わせており、体育でも活躍を見せている。


 ここまでは凪野くんのままだと思ったのだが、一つ決定的に違うところがあった。


 それは彼の性格だ。凪野くんは俺様系。所謂、プライドが高い男子なのだが、神渚涼はその真逆だった。


 とても爽やかで、誰にでも平等に接する優しい人なのだ。既に多くのクラスメイトから慕われ頼られている。


 実際、このクラスの雰囲気を作ったのは彼と言って過言ではないだろう。


 里奈はこの点については、とても残念がっていた。とはいえ、漫画に出てくるような俺様系男子なんて、実際会ったら苦労するだろうから、俺としては安心できる点ではあった。



 委員会の活動が終わり、すれ違った先生の手伝いをしていたら、時刻は午後の六時を過ぎていた。


 昇降口からは、時同じくして部活を終えたであろう人が学校の正門を抜けていくのが見える。靴を履き終え、俺も帰ろうと足を進める。すると、後ろから誰かが勢いよくぶつかってきた。


 最初は誰だよ、やめてくれよと思ったが、声ですぐに誰がぶつかってきたか分かった。


「どーん!」


 振り返れば、まだまだ元気が有り余ってそうな里奈が、いたずらな笑みを浮かべていた。


「委員終わり?」


「そう。里奈は部活終わり?」


「うん! ね、一緒に帰ろ」


「いいよ」


 そう答えながら足を進めると、里奈は横に並ぶ。


 特に会話らしい会話をすることなく、ただ足を進めていく。


 正門を抜けたところで、俺は目だけを里奈に向けた。里奈は顔を少しだけ上に向け、空を見ていた。


 俺は、たまに里奈の横顔を盗み見てしまう。なぜだろう。普段はうるさいくらいに元気な里奈が、たまに見せる物思いに耽るような顔。俺はそれが好きだった。


「どしたの?」


「え? あぁ、いや何でもない」


 見過ぎだ。ふと、こちらを向いた里奈の視線から逃げるように、俺は視線を泳がす。そんな俺を逃さないと、里奈は俺の顔を覗き込むようにして見てきた。


「えぇ、気になるんだけど」


「本当に何もない。そ、そうだ。そういえば神渚くんとは話してみたりしたのか?」


 強引に話題を変えてみる。里奈が仲良くしてるクラスメイトは、所謂華やかな女子で、男子との交流も当たり前のようにある。つまりは、神渚くんとの交流もあるのだ。


「え! いや、私は特に……かな?」


「なんだ。話す機会はありそうなのに」


「いや……そんな話せないし」


 指先で毛先を弄りながら、里奈は口を尖らす。本当は話したいのだが、話せないのだろう。


 無理もない。俺も人のことは言えないのだが、互いを除いて、今まで異性との交流が極端になかったのだ。それがいきなりできるかと言われれば、難しいものであろう。


「でも、近くで見れるだけで嬉しいっていうかさ! んー、それだけでも満足なの」


「そっか。まあ、まだ始まったばっかだしな」


「そうだよ。でもさー、神渚くん、常に誰かと話してるからさー。この先も……無理かも」


 と里奈が諦め口調で苦笑いをした時だった。


「何? 俺の話?」


「えぇっ⁉︎」


 里奈の驚く声に驚いた俺は、里奈と一緒に振り返る。そこには、あの神渚くんがいた。


 彼は爽やかな笑顔で、さらっと自然に俺の横に並ぶ。


「あはは、びっくりさせちゃった?」


「ま、まあ。俺は里奈の声に驚いたんだけど」


 そう言って里奈の方を向くと、里奈は頬を紅潮させ、下を向いていた。


「あ、ごめん。もしかして邪魔しちゃった?」


 神渚くんが何を言わんとしているのかは分かる。きっと俺と里奈が恋仲だと思ったのだろう。俺と里奈が幼い頃からの友人であることは、互いを除いて誰一人知らないのだから。


 だが、ここで勘違いされるのは里奈にとってかなり不都合だろう。俺が誤解を解かねば。ごく自然に。


「いや大丈夫。その、俺と里奈は小学校からの同級生なんだ。今日はたまたま正門前で会ったから一緒に帰ってる……そんな感じ」


「小学校からかぁ。いいね、そういうの」


 そう言って神渚くんは微笑んだ。


 というか、これはチャンスじゃないか? 神渚くんと話すなら今しかない。


「そういえば、神渚くんと話すの初めてかも。里奈は話したことある?」


 会話のパスを渡すと、里奈は「えっ!」と声を上げて目を見開く。


「え、えっと……。ないかも」


 消え入りそうな声で言いながら、里奈は俯く。すると、神渚くんは顎に手を当てて視線を上に上げた。


「確かにそうかもなー。そういえば俺、瀧川と浅倉の声聞いたことないかも」


 苗字を呼ばれ、里奈はビクっと肩を震わす。相当、緊張しているらしい。


 チラっと神渚くんを見るはいいが、目が合うとまた俯いてしまう里奈。この状況は、あまり印象が良いとは言えないはずだ。


 何とかして俺が引っ張らないと……。


「里奈は……なんというか人見知りが凄くてな。特に男子と打ち解けるのに時間がかかるんだ」


「そっか。俺、てっきり嫌われてんのかと思った!」


「そ、そ、そんなことない……です……」


 里奈が消え去りそうな声で否定する。すると、神渚くんは、あははと嬉しそうに笑った。


「良かった!」


 本当に心からそう思っているのだろうと思える満面の笑み。男の俺でも、彼を魅力的だと思ってしまう。


 きっと里奈以外も彼を魅力的に思う人は出てくるだろう。既にいるかもしれない。でも、今こうして話せている間は、俺が里奈を支えなくては。


「だから、良ければだけど、里奈と沢山話してはくれないだろうか?」


「ちょ、ちょっと!」


 顔を真っ赤にして、困った顔をした里奈が俺の肩に手を置く。すると、神渚くんは少しの間キョトンとした顔を見せた。その直後、口角を上げて頷いた。


「俺で力になれるなら。浅倉、良いよな?」


 その問いに、里奈は口を結んでコクコクと頷く。


「決まりだね」


 そう言って神渚くんは、クシャッと無邪気な笑みを浮かべる。すると、そのタイミングを計ったかのように、後方から神渚くんを呼ぶ声が飛んできた。


「それじゃ、また明日な」


 手を振りながら去る神渚くんに、俺と里奈は小さく手を振る。里奈は、神渚くんが見えなくなるまで、その場で立ち尽くしていた。


 俺はそんな里奈を、ただ静かに見守っていた。

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